鉢合わせ
――時間は少し遡る。
エイオンモール内の中央通りを歩く、四人の男女が居た。
「九条君、今日はプリクラしよう!」
ロングヘアの少女、瀬戸川統子が少年の手を取って引っ張る。
「ははは。構わないけど、今日もの間違いだろう?」
背の高いイケメン、九条透哉は嫌味の無い爽やかな口調で確認する。
「あたし何のことかわかんなーい」
ゆるふわウェーブの少女、桜井媛菜が九条のもう片腕に抱き付きながら惚ける。
「ボク、“ハルカナソラ”がいいな」
ストレートボブの少女、小室幸恵が口に指を当てて希望を口にした。
彼らは皆、月仰高等学校二年B組の同級生。
少女たちは特別美少女というわけでは無かったけれど、人より少しお洒落に興味があり、人より少し楽に自尊心を満たしたい、どこにでも居るごく普通の少女たち。
だから、学校一のイケメンと同級生になれたことに狂喜乱舞し、取り巻きになったのは自然な流れだった。
そのイケメン九条透哉は、月仰高校が誇るイケメンである。
無造作ヘアと言ったら名前詐欺になりそうな、毛先がはっきり見えるように作り込まれた髪型に、脱毛スキンケアの行き届いた肌、書くのではなく切り揃えた細い眉毛、一重なのに下手な二重よりぱっちりした目元。
服装も特別な物を着ているわけでは無く、単色の普通の量産品をコーディネートしているだけ。
それらは全て、弛まぬ努力による賜物。
どこにでも居る少しばかり顔の整った少年が、誰もが認める校内一のイケメンになった陰には、十年に及ぶ歳月の積み重ねがあったけれど、それは取り巻きの少女たちにとってはどうでも良い話だった。
「早く早くっ」
プリクラコーナーが見えてくると、気が急いた統子は振り返り、九条の手を引っ張って急かす。
「ははっ。そんな引っ張らなくても、プリクラは逃げないぞ」
「だってぇ……あっ!」
甘えながら前を向いた統子の視界に、お目当てのプリ機の落書きブースへ入っていく少年の背中が見えた。
「ズルいっ!」
統子がその場で地団駄を踏む。
「あ~あ、男のせいで待たされるなんてサイッテー。男はプリクラ禁止でしょっ!」
媛菜は九条の腕に抱き付いたまま不貞腐れた。
「まあここは別に、男性を禁止していないからね。媛菜がそんなに嫌がるなら俺も諦めるよ」
九条は少し残念そうな顔で、彼女の意思を尊重してみせた。
――現実問題として、男性のプリクラを禁止している場所は少なくない。
その主な理由が、男性による盗撮や置き引きなどの犯罪やナンパの防止であったため、多くの男女から突っ込まれた。
曰く、男女差別。
曰く、モテる奴は禁止しない。
曰く、店内で同性に撮られたのに出禁になってない。
曰く、自意識過剰。
曰く、窃盗犯の四割は女性。
曰く、忘れなければ置き引きされない。
曰く、ナンパは店の管理不行き届き。
等々。
過激な意見もあったけれど、概ね事実であったため、そういう人間が少ない場所から順に男性禁止は廃止されていった。
『狂犬が噛んだから全ての犬を危険視しろ』という考え方は、近代法の基本原則である『疑わしきは罰せず』に反する、公平性や多様性から著しく掛け離れたものなのである。
「九条君は別! 他の男とは違うもの」
「彼も女性と一緒かもしれないし、あんまり言うものじゃないよ」
媛菜の物言いに、九条は苦笑しながら宥めた。
彼女に比べたら、まだ男性全員禁止を叫ぶ方が一貫しているだろうとは、思っても口には出さない。
「待つのやだなあ。今日はハルソラの気分なのに」
幸恵は興奮する二人を気にせずマイペースにぼやく。
「出て来るの遅くない?」
せっかちな統子が一分も経たずに愚痴った。
「はんっ! ブスだから盛るのに必死なんでしょ」
媛菜が鼻で笑う。
「そんなこと言うものじゃないよ。俺だったら、君たちが綺麗になるならいくらでも待つよ」
偶然か必然か。
九条が歯を見せて笑うと、その歯が照明を反射してキラリと光った。
「「「キャーーーッ!」」」
三人が黄色い悲鳴を上げる。
* * *
パサッ
間も無く、楽人が暖簾を開けて撮影ブースから出てきた。
「ソシャゲ君?」
楽人が声のした方向を見ると、出てきたプリ機の撮影ブース前に固まっている、四人組の姿が目に入った。
一人は彼を指差している、先程の声の主、黒髪ロングの統子。
一人は彼を嫌そうな目で見ている、ゆるふわウェーブの媛菜。
一人は彼を気にせず、撮影ブースの暖簾に印刷されている見本を見ている、ストレートボブの幸恵。
最後の一人は、統子と媛菜に両手を掴まれている九条。
しかし悲しいかな。
(ソシャゲ君て久しぶりに聞いたな。イケメンは分かるけど他は誰だっけ? クラスメイト?)
…楽人は彼らの名前を憶えていなかった。
それどころか、女子三人に至っては顔もうろ覚えで、仇名で呼ばれたことによって、辛うじてクラスメイトと認識している始末。
トンッ
「きゃっ」
楽人が急に立ち止まったので、直ぐ後ろのサーニャがその背中にぶつかり、その拍子に鍔広帽子が上を向く。
「ごめん。大丈夫か、サーニャ?」
「うん…」
楽人が振り返って心配すると、サーニャはぶつけた鼻を両手で可愛く抑えながら返事をした。
「ソシャゲ君に彼女?!」
「気取った服着て、どうせブスでしょ」
統子たちからは楽人が邪魔でサーニャの顔が見えなかったので、避暑地のお嬢様風の服装から当たりを付けた。
「…須磨っち、そろそろ…」
「ああ、済まない」
範子に手書きブースの奥から言われて、楽人は右に避けて出入口の前を空けた。
「「「「―――っ!?」」」」
九条たちは、サーニャが視界に入った途端絶句した。
サーニャの鍔広帽子は上を向いていて、顔が隠れていない。
【リアライザー】の中でも美少女に分類される彼女は、九条たちが今まで見た誰よりも美しく、それ故にクラスメイトと居る姿に言葉を失った。
「?」
サーニャが不思議そうな顔をしながら手を伸ばすと、楽人は振り返りもしないで少し脇を広げ、彼女はその腕に抱き付いた。
一切無駄のない自然な動き。
彼らの関係は、誰の目にも明らかだった。
――しかし、現実は非情である。
「…騒がしいけどどしたん?」
サーニャが楽人に寄り添って空いたスペースから、範子が出て来た。
「…マジ?」
範子に匹敵する脊椎反射な統子が、思わず呟く。
範子は流石に【リアライザー】にこそ及ばないものの、世間一般では相当な美少女で、ギャルで、陽キャで、当然の権利の如く学校カーストの上位。
九条の取り巻きになることで粋がっている統子たちとでは、そもそもの格が違う。
そんな彼女が、ソシャゲ君と呼ばれる楽人と一緒のプリ機から出てきたのだ。
範子は彼女たちと同じ土俵だからこそ、サーニャの時よりも衝撃が大きかった。
「ととりん?」
範子も驚いたが、こちらは何の忌憚も無い純粋なもの。
彼女はクラスメイトを差別しない。
クラスカーストを知らないわけでは無いが、そんなものは気にしていない。
馬鹿で天然で本物の彼女には、そんなものはどうでもいいことなのだ。
「…何かあった?」
貴巫女が範子を左に押し退けながら、手書きブースから出て来た。
範子も抵抗せず、素直に左に流される。
「あら九条君じゃない。今日はデート?」
貴巫女はあまり興味も無さそうに、社交辞令を送った。
(そうだ九条! …透哉。確かそんな名前だった)
楽人はその言葉を聞いて、漸く九条の名前を思い出した。
貴巫女は女子三人を見ていなかったけれど、彼女たちはそれどころではなかった。
貴巫女は範子ほど誰にでも気安くはないが、普通にギャルであり、物腰の柔らかさもあって、男女問わず人気がある学校カーストの上位。
当然、学校で楽人との繋がりなんてものは無く、彼女たちにとっては範子以上に想像を超える組み合わせだった。
「やあ、綾波さん、奇遇だね。君たちもデートだったとは驚きだよ」
九条は逸早く我に返り、片手を上げて貴巫女に挨拶を返す。
すると貴巫女はサーニャと楽人の前を通り、楽人の右手を握ってその隣に並んだ。
「そうよ」
ピシッ
統子たちの表情が固まった。
「貴巫女っちずるいっ!」
範子が貴巫女に詰め寄ると、貴巫女は範子に楽人の右手を譲ってその場を離れた。
範子は一瞬呆けたけれど、直ぐに満面の笑みを浮かべて楽人の横に並んだ。
(…何だこれ?)
何となく九条たちの方を見ていた楽人は困惑した。
彼の左腕に抱き着いているサーニャが小首を傾げる。
「須磨君も隅に置けないなあ。女子に興味無さそうなこと言ってたのに三人もだなんて」
九条が屈託の無い笑顔で言う。
そこには奇異も衒いも、嫉妬も皮肉も無い。
だからこそ彼は本物のイケメンなのだ。
「俺は興味無い女に興味が無いだけさ」
だから楽人も肩を竦め、明け透けな答えを返した。
「ふふふっ。なるほどねえ」
九条も納得して、鼻の奥で笑う。
(【リアライザー】みたいにそう設定されたわけでも無いのに、あれを嫌味なく出来るのは凄いな。相当な努力をしたんだろうなぁ…)
楽人は彼の評価を上げた。
才能や偶然の一言で片付けるほど、彼の評価は即物的では無い。
しかしそうでない者たちも居る。
統子たちだ。
彼女たちはプリ機の前に並ぶ楽人たちを見て、当の楽人以上に困惑した。
特に気の強い媛菜は、下に見ていた楽人に見せつけられている被害妄想に囚われ、気が気でない。
だから彼女は楽人を睨んで、グチグチと誹謗中傷を口にした。
「…ふんっ。ソシャゲ君には【リアライザー】がお似合いよ。お家で偽も…」
ジャキンッ
姫奈が暴言を吐き始めると、貴巫女が範子たちの後ろで、折り畳みナイフを取り出して、大袈裟に手を振って刃先を展開した。
「「「「――っ!」」」」
姫奈たちが目を見開いて固まる。
「ん?」
楽人と範子が金属音に振り向くと、貴巫女はナイフを持った手を後ろに隠して素知らぬ顔をした。
彼らが首を傾げながら媛菜に向き直ると、貴巫女はナイフを顔の前に持ち上げて、姫奈を見ながら刃を根元から先まで舐めた。
「ひっ!?」
媛菜の顔が恐怖に歪み、今にも泣きそうになる。
(あれ? 何でこんなに怯えてるんだ?)
楽人が不思議に思って彼女を観察すると、彼女の視線は彼から微妙にズレている。
バッ
楽人が今度は全力で振り返った。
貴巫女は安全を優先し、折り畳みナイフは動かさず、舌を仕舞って逆手を顔の前に持ち上げた。
「何?」
貴巫女が不思議そうな顔で尋ねる。
「いや、綾波さんこそ何しているんだ?」
「爪切り」
(ナイフで爪切りってどこの世紀末ヒャッハーな女傑だよ! …まあ納得の理由だったけど)
楽人の脳裏に、ビキニアーマーと棘付き肩パッド姿の貴巫女が、廃墟で瓦礫に腰を掛けて、ナイフで爪を研いでいる姿が浮かんだ。
彼は彼女の胸の本当のサイズを知らないので、妄想の中では実物より二回りほど大きかったけれど、それでも範子より二回り小さい。
(…悪の女幹部や女王様も似合いそう)
実際、彼女の脅しが堂に入っているのは、パパ活のコスプレイの賜物。
楽人は妄想を振り払って、統子たち三人を見渡して忠告した。
「はぁ…。お前らが俺らをどう思おうと構わないけど、九条が好きなら馬鹿な真似は止めておけ」
考えることが苦手な統子たちは怪訝な顔をした。
「同級生の周りで問題が起こればどうなるか? お前たちも花畑の件は覚えてるだろ?」
統子たちは当時を思い出し、憎々しい感情がぶり返して顔に出た。
花畑鰾巳が逮捕された直後、マスコミは学校を囲んで過剰な取材を行った。
当然、その後警察に通報されて収まったが。
「同じクラスってだけで迷惑だった!」
「しつこかったよね」
「そうよ! あいつのせいで家にまでマスコミが来たのよ!」
媛菜は九条、花畑鰾巳は化身配信者という違いはあっても、好きな相手以外に偏った思想が同じ彼女たちは仲が良かった。
彼女はそのせいで、マスコミに狙い撃ちされたのだ。
「同じことだ。お前たちが馬鹿をやれば九条に迷惑が掛かる」
「「「!」」」
統子たちは目を大きく見開いて固まった。
何故気付かなかったのかと、目から鱗が落ちる気持ちになる。
「勿論、俺や彼女たちの身に何かあった場合も同じだ」
楽人が左を振り向くとサーニャが、右を振り向くと範子と貴巫女が頷いた。
「俺らがいがみ合っても喜ぶのは赤の他人だ。自分たちが苦しんでまで知らない誰かを喜ばす暇があったら、好きな男とイチャ付いてる方が建設的だぞ」
楽人が九条に視線を向けると彼も頷いた。
「俺も君たちが誰かを傷付けるより、俺を愛してくれる方が嬉しいな」
「「「九条君…」」」
統子たちは九条を囲んで、思い思いに彼を見つめる。
「はぁ…」
楽人はそれを見て溜め息を吐いた。
左腕に抱き付いているサーニャを見ると、彼女は優しく微笑んで頷く。
右を見ると、プリ機の前方から写真を撮り出した貴巫女がそれを振って見せた。
彼らはそれ以上何も言わず、写真を持ってプリ機から離れるのだった。
どっちもリア充爆発しろ!




