プリる
範子は外部モニターの前に立つと、手慣れた様子でスマホ決済や人数設定を済ませた。
《撮影ブースに移動してね》
電子音声のアナウンスが流れ、範子たちは美麗な印刷の施された暖簾を潜って撮影ブースに入った。
撮影ブースの中は意外と広い。
幅は女子なら四人は並べ、高さは男子バレーの世界選手でも問題が無いほど高い。
側面と背面の壁は、色被りを避けるために真っ白。
正面の壁には、撮影用のレンズと液晶モニターが縦に並ぶ。
背面近くの足元には、後列が前列に隠れないための段差がある。
「背景はベージュっと」
範子は撮影ブースに入って直ぐに、背景カラーを選んだ。
今日の彼女たちの服装は範子が白系、貴巫女が藍色系、サーニャが水色系。
周囲の壁が白からベージュに変わると、液晶モニターに映る彼女たちを引き立たせた。
…楽人は黒系なので特に影響は無い。
「まずはあーしとサーニャんが前ね☆」
範子は有無を言わさず、サーニャの手を強く引いてステップの前に立つ。
サーニャは引っ張られて、少し前のめりになりながらも、被っていた鍔広帽子を脱いで手前の台に放った。
フワ~リ
帽子は軽やかに宙を舞うと、壁に当たって綺麗に台の上に落ちる。
その頃には、彼女自身は範子の横に並んで姿勢を正していた。
楽人は帽子の軌道を見て落ちないと確信してから、サーニャの後ろのステップに乗った。
女性陣の小さいバッグは、お洒落の一部なので肩から下げたままだ。
しかし貴巫女だけは、小さいとは言えクーラーバッグは邪魔ので、手前の台に置いてから楽人の隣に並んだ。
《10…9…8…》
間も無くして、撮影のカウントダウンが始まった。
「最初はピースにしよ?」
範子は横ピースをして、隣のサーニャや後ろの楽人たちに振り返る。
サーニャたちは頷いて同じポーズを取ると、正面の液晶モニターを見ながら微調整をした。
《…3…2…1…》
パシャッ
《…10…9…》
カウントダウンが終わるとシャッター音がして、また直ぐに次のカウントが始まった。
「次は…」
その後も、色々なポーズを取ったり、場所を入れ代わったりしながら撮影を続けた。
十数枚ほど撮影すると、再びアナウンスが流れる。
《落書きブースに移動してね》
「一度出て次は隣っ! 急ぐよサーニャんっ!」
最後の一枚の撮影時、出入り口に近い場所に陣取っていた範子がサーニャの手を引く。
「はいっ♪」
サーニャは範子に手を引かれながら、台に置いていた鍔広帽子を拾って被りながら続いた。
急いで撮影ブースを出る二人とは逆に、貴巫女はのんびりと台の上からクーラーバッグを回収して、肩に掛けて彼女たちに続き、楽人は最後に、忘れ物が無いことをしっかり確認してから撮影ブースを出た。
落書きブースに入る楽人の背中から、声が聞こえた。
「――使用中じゃん」
* * *
隣の落書きブースは撮影ブースよりも一回り狭く、撮影用のレンズも段差も無い。
その代わり、先程撮影した写真データを加工するために、タッチパネルになっている大きめの液晶モニターと、二本のタッチペンが用意されていた。
「さぁ、落書きタイムだよ! まずは見ててね☆」
範子はタッチペンを持って、写真の加工――盛り――を始めた。
「最初にみんなを囲って……っと」
タッチペンが画面に写る範子の顔の周りを走ると、その範囲が点線で囲まれた。
範子は同じように他の三人の顔も点線で囲んだ。
「次に写真の写り。これはキラキラと普通とフワフワ」
次の画面に進むと、画面の下半分に写り方の見本が表示された。
見本には《きらきらアイドル》と《ナチュラルなわたし》と《ふんわりヒロイン》と書かれていて、文字通りの印象を与える加工がされている。
範子は自分の顔をタッチした後、《きらきらアイドル》をタッチ。
続けて他の三人分も同じようにタッチした。
「後は弄りたいとことアイコンを交互に、ちょんっ、ちょんっ、ちょんっ……っと」
次の画面に進むと、画面の下半分に、顔の部位や加工効果を現すアイコンが表示された。
範子が直感的にレタッチを繰り返すと、見る間に画面上の写真が変わっていく。
「後はフレームを選んで、テキトーに落書きして……終わりっと☆」
次にフレーム選択の画面で額縁みたいなフレームを選択。
最後に手書きで文字を入れると、範子は満足げに画面を見た。
《すまっちガールズ》
「おい馬鹿止め…」
「サーニャん! 時間無いっ! 速攻っ!」
楽人は慌てて消しゴム機能で修正しようとしたが、範子のサーニャを急かす声で踏み止まった。
範子は急かしたけれど、実はそんなに切羽詰まっていない。
このプリ機の落書きタイムは二百秒。
全部の写真を加工する必要は無いので、気に入った写真に絞れば十分な時間だ。
一枚に十秒掛からない範子なら、全ての写真を盛るのも可能だが。
「はいっ! …えっと…」
サーニャは返事こそ勢い良くしたものの、最初に何をすれば良いか分からず戸惑った。
液晶モニターには、範子が加工した写真が表示されたまま、左上の数字が刻一刻と減っていく。
「まずこの写真選択をタッチして」
貴巫女が横から手を伸ばして、画面の《写真選択》と書かれた部分を指差した。
「は、はいっ!」
サーニャが《写真選択》をタッチペンで触れると、画面が最初の写真選択画面に切り替わった。
「次に気に入った写真を選ぶの」
「えっ、えっと、これ? うっ、ううん、こっち? でもなくて、えっと…」
サーニャはどれも選べなくて涙目になった。
「慌てなくてもいいわ。サーニャさんが、一番スマホに貼りたいと思うのはどれ?」
「…これですっ♪」
貴巫女に選ぶ指針を与えられると、サーニャはスマホを取り出し、その背面のプリクラと画面を見比べて一枚の写真を選んだ。
「後は順番にやりましょう」
「はいっ♪」
「範子みたいに全部弄らなくてもいいの。手伝ってあげるから、気になった所だけ弄っていきましょう」
「ありがとうございます♪」
サーニャは貴巫女のお陰で落ち着きを取り戻した。
スマホをバッグに仕舞うと、その後も貴巫女の助けを借りながら、楽しそうにプリクラのデコレーションをしていく。
(まるで姉妹みたいだな……そう言えばメスリンは今、範子のとこだったか)
楽人はサーニャたちを見て、彼女の妹のメスリンを思い出した。
彼は範子からのコネクトや、角刈りの黒服からの電話で、メスリンの近況は把握していたが…。
――――――――――――――――――――
範子は海の後、メスリンを家へ連れ帰り、両親に紹介して同居を求めた。
しかし、両親は彼女を騙した男が【リアライザー】だと知っていて素直に頷けない。
【共生者】である若頭の兵藤も、事情を知っているので右に同じ。
そんな状況を打破したのは、当事者のメスリンの言葉。
『初対面だよね? もしかしてあたしを誰かと重ねてる?♡』
両親と兵藤は固まった。
無論、兵藤も誰も、メスリンに範子の元カレの話なんてしていない。
『狂犬に噛まれたから犬は全部許さない、みたいな?♡』
久谷弦之介の目が据わる。
もし娘の前でなければ、躊躇い無くメスリンに殴り掛かっていただろう。
『それってきょーりょーだよね、ノリコ?♡』
話を振られた範子が「そうなの?」と両親に尋ねた。
範子は真一郎が【リアライザー】だったことを知らない。
メスリンは範子が連れて来た。
親馬鹿である両親には、メスリンを追い出すことも消すこともできない。
勝負ありだった。
弦之介は「好きにしろ」と言って席を立ち、鏡花は「よろしくね、メスリンちゃん」と彼女を認めた。
メスリンはその後、範子と一緒の部屋で寝起きし、一日中範子や組の者たちとゲーム三昧の日々を過ごしている。
弦之介は立場があるので謝れないが、その分も、鏡花が彼女を可愛がって甘やかしている。
つまり、兵藤のマンションに居た頃と同じ引き籠り生活だ。
戸籍登録の審査は受けたけれど、まだ結果は返って来ていない。
――――――――――――――――――――
「――できました♪」
サーニャの嬉しそうな声で、楽人の頭からメスリンのことが搔き消された。
「良かったな、サーニャ」
「はいっ♪」
サーニャは満面の笑みを浮かべ、タッチペンを持つ手に左手を重ね、楽人の下に駆け寄った。
「須磨君はどうする?」
サーニャに手取り足取り教えていた貴巫女が、楽人を振り返る。
液晶モニターに表示されている時間は、残り四十秒を切っていた。
「お先にどうぞ」
「ありがと。須磨君も準備してて。直ぐだから」
楽人の返事を聞くが早いか、貴巫女はサーニャが悩んでいる間に目星を付けておいた写真を選択し、テキパキと写真を加工していく。
その間に、楽人はサーニャからタッチペンを受け取った。
貴巫女はやたらペンを動かしている割りに、範子と大差ない時間で終わる。
「須磨君っ!」
貴巫女は《写真選択》のアイコンをタッチしながら横に避けた。
楽人は画面に並ぶ縮小された写真を見て一瞬止まったが、直ぐに写真を選択して落書きを始めた。
「早っ!」
貴巫女は横から彼の手元を見て驚いた。
彼が愛して止まないサーニャの原作“ミレニアム戦記”は、ソシャゲの中でも細かい操作とタイミングが要求されるゲーム。
授業中でもスマホの小さい画面で片手間に熟してきた彼の器用さは推して知るべし。
ピピピピッ
落書きタイム終了のアラームが鳴った。
「ガクト、間に合った?」
サーニャが少し心配そうに楽人に駆け寄ると、彼は笑顔で応えた。
「一応。写真は盛った四枚で良いんだよな? データはどうする?」
「データはあーしが会員だから、後でダウンロードして送るよ」
プリクラの撮影データは直ぐサーバに送られて、アプリでダウンロードできる仕様が一般的。
【リアライザー】問題が溢れ返る昨今、大手ほど情報管理は厳しくなっている。
それは製造会社であるクズリューは元より、プリ機を置いているエイオンモールとて例外では無い。
プリ機内へのアクセス権は店員やバイトには与えられておらず、責任者が業務終了後に空写真を乱写して、プリ機内の客の写真を上書きしている程だった。
「分かった」
ピッ
《プリを印刷してるよ。外に出て受け取ってね》
楽人が液晶モニターの印刷アイコンをタッチすると、印刷が始まってアナウンスが流れた。
「それじゃあ出るか。忘れ物するなよ」
「はいっ♪」
「だいじょぶ☆」
「…ん」
楽人が全員を見渡すと、それぞれが自分の荷物を確認して返事をした。
撮影ブースの場合と違って、誰も手荷物をその辺に置いていない。
出入り口に近いのは楽人とサーニャだったので、彼は迷い無く、先に暖簾を除けて外に出た。
《忘れ物にご注意ください》
彼らは今日三度目の忠告アナウンスを聞くのだった。
盛るの楽しいよね




