プリクラへの道
「うわぁ~…」
建物の中に入って直ぐ、サーニャは視界に飛び込んで来た光景に、感嘆の声を漏らした。
四人が手を広げても尚、端まで届かない広い道。
道の遥か先まで左右に並ぶ、どれ一つとして同じ装いの無い店。
道を見上げれば吹き抜けになっていて、三階とは思えないほど高い天井からは、夏の日差しも斯くやと言わんばかりに光が溢れている。
――無論、“ミレニアム戦記”にも大きな建物は登場する。
荘厳な神殿もある。
広さだけなら、エイオンモールなど足元にも及ばない建物もある。
しかし、それはどこまで行っても、ゲーム画面として作られた映像に過ぎない。
熱量と質量、そして空気を伴ったリアルには遠く及ばない。
目の前の光景は、自然の絶景や、ウォルフデスティニーのテーマパークに通じるものだった。
(久しぶりに見るとやっぱり凄いな。ゲームの画面も綺麗だけどこれには遠く及ばない。例えフルダイブのバーチャルリアリティが開発されても、完全に五感に対応しない限り、本当の意味でこれを超えるのは難しいだろうなぁ…)
久しぶりにエイオンモールへ来た楽人もまた、その光景に身震いした。
完全な五感への干渉とは、現実と虚構の最後の壁を取り払うこと。
即ち、人間の全てを騙せることに他ならない。
(…まあ違法になるだろうけどな)
楽人はその危険性を正しく理解していた。
そして仮に開発に成功したとしても、本物の有力者は警戒して、早々使わないだろうことも。
「めんご、ちょっちトイレ」
範子が小さく手を挙げて、トイレを希望した。
昼食の水分摂取量は、彼女が一番多かった。
(好きな男の前でも平気で言えるのは、強みなんだか弱みなんだか…)
「どうせだから皆で行きましょう。プリクラの最中に催したら困るし」
「いいですよ♪」
密かに女の子同士の連れションに憧れていたサーニャは、喜んで誘いに応じた。
「俺も構わない」
楽人はむしろ、サーニャが一人でトイレに行かないことを歓迎していた。
(人が多いと万が一が怖いからな。それに女子の連れションって、元々そう言う理由だったはず…)
――元々、女の子の連れションは自衛手段だった。
戦後間も無い頃に起きた、一人でトイレに行った女児が襲われるという痛ましい事件。
それを知った当時の母親や教師が、女の子に一人でトイレに行かないよう注意したのが始まりである。
今更時代錯誤と考える若者も多いけれど、それは違う。
女装男装の質が向上して見分け難くなり、ジェンダーフリーを振り翳す人間が増えた今の方が、当時よりもトイレに異性が隠れやすいのだ。
「須磨っち、また後で☆」
範子は楽人に手を振ると、サーニャたちと一緒に女子トイレへ入って行った。
(俺もさっさと済ませるか。サーニャたちが絡まれたら嫌だからな)
男子トイレと女子トイレは数メートルしか離れていない。
女の子が一人で立っていたら、知らない男に声を掛けられる可能性は否めない。
楽人は万が一を避けるため、トイレを早めに済ませると、向かいの壁に寄りかかってサーニャたちが出て来るのを待った。
* * *
「フウーッ、スッキリした☆」
用を足した範子は、満足した顔でトイレの個室から出て来た。
洗面台の一つでは、彼女より後に個室へ入ったはずの貴巫女が、水を出しっぱなしで何かを洗っている。
「貴巫女っち、何してんの?」
「ペットボトルを洗っているの」
範子が横から覗くと、貴巫女は小さめのクーラーバッグを横に置き、カラオケの時に飲んだペットボトルを洗っていた。
範子は貴巫女がそんな真似をするところを初めて見た。
「まだ残ってなかった?」
「夏の雑菌を甘く見ないで。…と言うのは半分で、もう半分は須磨君が嫌がるからね」
貴巫女がペットボトルを洗っているのは、楽人がサーニャを大切にしていることを意識してのこと。
本来、開封して口を付けたペットボトルなんて、数時間と置かず雑菌の温床。
その後クーラーバッグに入れても遅く、あまり意味が無い。
(【リアライザー】が変な病気になったという話は聞かないけど、注意するに越したことは無いでしょう)
「須磨っち、ゴミ出しに厳しいんだね」
「…確かにペットボトルは洗って捨てる決まりだけど、そういうことじゃなくて…」
「そういうことじゃなくて?」
(これで【リアライザー】と付き合ってたって言うんだから、いつもながら範子には驚かされるわ…)
貴巫女は範子の天然っぷりに呆れたが手は止めず、最後のペットボトルを洗い終えて軽く水を切ると、蓋をしてクーラーバッグに戻した。
ガチャッ
「あれ? わたしが最後ですか?」
貴巫女たちが噛み合わない会話をしていると、サーニャも個室から出て来た。
彼女が遅かったのは、横の壁に付いているタッチパネルが須磨家と違うので、面白がって遊んでいたせいだ。
“ミレニアム戦記”には、トイレについての細かい言及は無い。
当然、ウォシュレットはおろか、使い捨てのトイレットペーパーなどという贅沢品も無い。
そのため、サーニャは当初、凄いカルチャーショックを受けた。
最初の内は面白がってウォシュレットを使っていたけれど、義母から洗い過ぎの弊害を教えられて以降、ウォシュレットの使用を最小限に留めてトイレットペーパーで拭き取る形に落ち着いた。
「皆揃ったし、サーニャさんが手を洗ったら一緒に出ましょうか」
「あっ! あーしも洗ってないっ!」
範子は思い出したように洗面台に向かい、手を洗って、リップクリームを塗り直した。
貴巫女はそれを見て小さく溜め息を吐くと、クーラーバッグを肩に提げて洗面台を離れた。
彼女たちは化粧をナチュラルメイクくらいしかしないので、外出先で化粧をすることはあまり無い。
…無論、貴巫女がパパ活をする時は別だ。
知り合いにバレないよう、ガッツリ化粧をしている。
貴巫女が洗面台を開けたので、サーニャは何となくその洗面台を利用した。
* * *
楽人が壁に寄り掛かって待っていると、範子たちが揃って女子トイレから出て来た。
先頭の範子は、楽人を見つけると手を挙げて駆け寄った。
「須磨っち、お待たせっ☆」
「早かったな」
楽人は化粧直しを想定していたので素直に驚いた。
「じゃあ行こっか。サーニャん、約束通り案内してあげる☆」
「お願いします♪」
範子の先導で一行は出発し、彼女は道すがら、よく利用する店舗や施設をサーニャに説明した。
まず歩き出して直ぐに右前方を指差し、
「あれはバラエティショップ。かわいい物とかよく使う物が売ってるとこ」
「百均みたいな所ですか?」
「う~ん、もっとかわいいもの中心かな」
範子はギャル語に疎いサーニャに説明するため、ギャル語を話さなくなった。
少し歩くと、今度は逆方向を指差して、
「あれは今度こそ百均。かわいい物はさっきのとこより少ないけど、安いからいっぱい買えて便利」
「あの看板、見覚えがあります♪ 前にガクトと行きました♪」
「おっと、サーニャんももうDAIMO経験者だったか」
「はいっ♪ 経験者ですっ♪」
サーニャが元気よく人聞きの悪い返事をしたので、近くの客が何人か彼女たちを振り返った。
鍔広帽子を被っていなければ、もっと大騒ぎになっていたかもしれない。
「のりっちさん、あれは何ですか?」
「アスレチックだよ。登ったり潜ったりぶら下がったりして遊ぶやつ」
「楽しそうですね♪」
「帰りに寄る?」
「止めろ。スカートだ」
自分もミニスカートなのに誘う範子を、楽人が窘める。
同じくミニスカートの貴巫女も、無料で見せる趣味は無いので彼に同意した。
サーニャも楽人以外に見せる趣味は無いので丁重にお断りした。
「噴水もあるんですね♪」
「下から光って、色が変わるよ」
「見たいです!」
「少し休んでいくか」
広場の椅子に座って、水中からのライトで色の変わる噴水を、二周ほど見物した。
「あーしあそこで七段アイス食べたことある☆」
「凄いです!」
「でも食べてる途中で落としたわよね」
「勿体ないです…」
サーニャの目が輝いたと思ったら悲嘆に暮れた。
壁に多数のポスターの貼られた、中の見えない店に興味を惹かれて、
「あれは何ですか?」
「あれは映画館ね。今度面白そうなの上映している時にでも、一緒に見に行きましょうか?」
「はいっ♪」
貴巫女が日時未定の約束を取り付けたり、
「あれ、水着のお店ですか?」
「ランジェリーショップ……下着のお店ね」
「下着!」
「あんま大きいサイズ無いよねあそこ」
合うサイズのブラジャーが無さそうでサーニャが落ち込んだり……としている内に、お目当てのプリクラコーナーに到着した。
エイオンモールは広い!




