エイオンモールへ
「須磨っち、ごちっす☆」
「須磨君、ご馳走様」
イタリア料理店“喜びに至る道”を出ると、範子と貴巫女は楽人に礼を言った。
「ガクト、ごちそうさま?」
サーニャは小首を傾げた。
家での彼女は料理を作る側であり、家族で外食をすれば支払いは義父。
楽人に「ごちそうさま」を言う初めての機会に、サーニャは少し戸惑った。
「んふっ。どういたしまして」
楽人はサーニャの成長を喜んで微笑み、彼女もそれで納得して笑顔になった。
「でも、結構高くなかった? 大丈夫?」
彼女たちの中で唯一まともな金銭感覚の貴巫女は、楽人の懐を心配する。
「そうだっけ?」
範子は能天気に尋ねた。
彼女は奢りと聞いてから、メニューも支払いも金額を見ていない。
「範子の感想は聞いてない」
「ひどっ!」
貴巫女が辛辣に言い捨てると、範子は驚いた顔で後退った。
「…あの量からしたら良心的な価格だと思うけどな」
楽人は自分の舌に自信が無かったので、味についての言及は避けた。
「もしかして、須磨っちってお金持ち?」
範子が目を輝かせて楽人を見る。
彼女は本物のお金持ち――反社会勢力だけど――なので、普通の女性みたいにお金に惹かれた訳では無く、単純に好きな相手の意外な一面に感動しただけ。
「人並」
楽人はサーニャの何か話したそうな様子に気付いて、範子に素っ気なく答えた。
サーニャという最愛の恋人が居る彼には、他の女性にアピールをするつもりは更々無かった。
「そんなぁ~……」
範子が眉尻を下げて肩を落とし、それを見た貴巫女が深々と溜め息を吐いた。
「エイオンってどんな所なんですか?」
ずっと話すタイミングを伺っていたサーニャが、ここぞとばかりに楽人に話し掛ける。
「エイオンはショッピングモールだな。通称エイオンモール」
「ショッピングモール?」
サーニャが興味津々に聞き返したので、楽人は気を良くして、聞き齧りの知識を披露することにした。
「普通の百貨店は高い建物だけど、エイオンモールは横に広い。この月凪市のエイオンはそのエイオンモールで、高さ四階建て、商業施設の面積は八万平方メートル近くもあるんだ」
最も大きなエイオンモールの場合、商業施設の面積は二十万平方メートル近くにも及ぶ。
八万平方メートルというのは、エイオン全体で見ても上位二割に入る広さだった。
「すごく広いんですね♪」
「広いだけじゃないぞ。入っている店舗数は二百店舗以上…」
「――っ! あれですね!? ネットで見ました! おっきな建物の中にお店がいっぱい並んでいて、道があったり上から下まで吹き抜けになってたり!」
サーニャは楽人から聞いた説明が、ネットサーフィンで見た記憶と繋がって、嬉しくなって燥いだ。
「その通りだよ、サーニャ。建物の中に街があるんだ」
サーニャは両手を合わせ、宙を見ながら目を輝かせる。
「――サーニャん、エイオン行ったことないの?」
「ないです…」
範子に問われて、サーニャは悲しそうな顔になった。
月凪市のエイオンモールは月凪駅の北側にあるため、駅の南側に住んでいる須磨家の面々にとって行く機会が少ない。
しかも最近まで、サーニャを気遣って人混みを避けていたこともあり、彼女は今までエイオンモールに行ったことが無かった。
「え? マジ? エイオン行かないって人生10%損してるよ!」
「…範子、それは言い過ぎ」
それまで黙って事の成り行きを見守っていた貴巫女は、サーニャの事情を慮って範子を窘めた。
しかし、実際のところ、範子の言い分も大袈裟と言う程でも無い。
月凪市は中核市とは言っても、都市圏に比べると遊べる場所は限られている。
そのため、自由になるお金の少ない中高生にとって、エイオンモールは定番の遊び場の一つ。
特に女子の場合、プリクラやスイーツ、ウインドウショッピングなどを目当てに、友達と月に何度も通う者が多い。
――そして何より、エイオンモールは学生にとって格好のデートスポット。
プリクラ、映画館、噴水、広場、屋内アスレチックなど遊ぶ場所が多く、食事も欲しい物も何でも揃っていて、屋内なので天気も気にしなくて良い。
これでデートに活用しなければ嘘と言うものだろう。
尚、範子は最近金欠なので、貴巫女と遊ぶ時は彼女の家でゲームをしたり、公園でお喋りすることが多い。
範子の家で遊ばないのは、貴巫女に迷惑を掛けるのを嫌ってのこと。
貴巫女が気にしなくても、範子の両親やその部下にその気が無くても、極道の屋敷に頻繁に出入りしていれば、有らぬ噂は避けられない。
人の口に戸は立てられないのである。
「わかった! そんじゃあ今日はあーしが、サーニャんにエイオンを案内したげるよ☆」
範子は貴巫女の忠告を斜め上に解釈した。
「本当ですか!?」
サーニャが範子に期待の眼差しを向ける。
ポムッ
「まっかせて☆」
範子がピチTの胸を叩いて見せると、柔らかい音を立てて豊かな胸が弾んだ。
「はいっ♪」
サーニャが笑顔で返事をすると、範子は彼女の手を取って歩き出した。
サーニャは一瞬体勢を崩しかけたけれど、直ぐにバランスを取って、範子と並んで歩き始めた。
「急ぎ過ぎて転ぶなよ」
楽人はサーニャの運動神経を熟知しているので、心配して彼女の直ぐ後ろに続く。
しかし、現実は非情である。
「無理」
範子は振り返って、悲痛の表情で楽人の心配を否定した。
「え?!」
(どういう意味だ? 俺が気付いていない何かがあるのか? それとも外的要因か?)
楽人は慌てて周囲を見渡した。
まだ“喜びに至る道”を出て直ぐの場所。
表通りでは無いので道は広くないが、車やバイクは走っておらず、突っ込んで来る自転車も無い。
精々、遠くを歩く通行人が見えるくらいのもの。
駅近くなので周囲の建物は大半が商業ビルであり、どのビルもクーラーを付けているのか、窓は空いておらず、怪しい人影も無い。
楽人は範子の真意が分からず、警戒を解かずにもう一度彼女を見ると、彼女が沈痛な面持ちで理由を口にした。
「…お腹がキャパくて走れない」
貴巫女が残念な親友から目を背けた。
「………」
楽人も心配させられた怒りで、我知らず拳を握り締めていた。
「のりっちさん、そんなに食べていましたっけ?」
そんな二人とは裏腹に、サーニャは心底不思議そうな顔をして小首を傾げた。
範子と貴巫女が信じられないモノを見るような目で彼女を見る。
昼食に注文した料理は有機野菜サラダ、生ハムサラダ、チーズの盛り合わせ、リゾット、アクアパッツァ、カルボナーラとボロネーゼ、マルゲリータ、カルパッチョ、ペスカトーレ、ピゾーロの十品。
それぞれが一品で軽食以上のボリューム。
それに全員分のジェラートと飲み物。
控え目に言って、四人で食べる量では無い。
範子は注文した料理の大半を三分の一ずつ食べている。
リゾットはエビとムール貝だけ。
ピゾーロは満腹で食べられなかった。
ジェラートは四種セットを食べている。
普通の大食い女性の一食を上回る量だった。
それに対してサーニャは、十品全部三分の一ずつ食べているのに、範子と違って全く平然としている。
表情だけの話ではなく、お腹も全く膨らんでいない。
「…海の時は気のせいかと思ったけど、どう考えてもおかしいでしょ…」
貴巫女は何とか言葉を絞り出した。
皆で海に遊びに行った時は、大柄なアル・ラクスが居たので、彼女はサーニャの食事量を見間違いだと思っていた。
(気持ちは分かる。俺も最初はそうだった。“ミレニアム戦記”の公式設定には無かったし、やはり裏設定か何かなんだろうか?)
楽人も当初は気のせいだと思っていたけれど、【蜘蛛男】を見た後だと、それが単なる気のせいや大食いとは言い切れなくなっていた。
「まあ、美味しい物は幾らでも食べられるからな」
「ほんと、美味しかったですよねえ~♪」
楽人が雑にフォローすると、サーニャは昼食の味を思い出して、両手で頬を抑えてはにかんだ。
「範子なんて、腹いっぱいとか言いながら、ジェラートはクワトロで食べてたしな」
「「………」」
その言葉で、貴巫女たちもこれ以上は野暮だと納得した。
彼女たちもまた、『甘い物は別腹』と嘯いた経験は少なくない。
「あのアイスも美味しかったです♪ 今度は違う味も食べて見たいです♪」
夏の日差しに負けないサーニャの笑顔を受けて、彼女たちはエイオンモールへと向かうのだった…。
食欲は無限大!




