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ランチ:会計

「…あなたたち、いつもあんなことしているの?」


 まだ呆然としている範子に代わって、貴巫女が二人の食べさせ合いについて追及した。


「はいっ♪」


 無邪気に答えるサーニャの口の周りは、色取り取りに――特にコーヒー色に――汚れていた。


「いつもじゃない。時々だ」


 楽人は彼女の返答を訂正しながら、ハンカチを取り出して、彼女の口の周りを拭う。


「ありがとう、ガクト♪」


 サーニャもハンカチを取り出して楽人の口元を拭ったが、殆ど汚れていないので直ぐに終わってしまった。


「ありがとう、サーニャ」

「どういたしまして♪」


 貴巫女は彼らにとっての日常を目の当たりにして、砂糖を吐きそうな錯覚に陥ったが、それでも何とか疑問に思ったことを口にした。


「いつもって家の中よね? あまり外出しないみたいだし」

「はいっ♪ お義母様たちもしてますよ♪」


 ギギギッ


 貴巫女は建付けの悪いドアのような硬い動きで、楽人の方を向いた。


「…そっちも時々だ」


 楽人はそっと目を逸らした。


(サーニャが来る前は滅多にしてなかったから、独り身の俺に配慮してたんだろうなぁ…)


 楽人は記憶を遡ってみたが、ここ数年は両親のそれを見た覚えが無い。

 その代わり、サーニャが彼に一度してからは、


(週に一度は見てるなんて、言えるわけが無い…)


(どちらが先かは知らないけど、家庭の問題となると言っても無駄ね……しかも、サーニャさんには全然その気(・・・)が無いし…)


 貴巫女は色々と察して諦めた。

 サーニャは会話が止まったので、両手で可愛らしくグラスを持って水を飲み始めた。

 ランチタイムはまだ一時間ほど残っているけれど、既に店内の客は減り始めていて、空席を待つ客の姿も無い。


「…急ぐ必要は無さそうだけど、これからどうする?」


 昨日、楽人が貴巫女と約束したのは、カラオケに行くことだけ。

 待ち合わせの時間から昼食も一緒にとは考えていたけれど、その後のことについては何も聞いていなかった。


「そうね……須磨君たちさえ良ければ、エイオンに行ってプリクラしない?」


 エイオンは全国展開をしているデパートで、この月凪市のエイオンはショッピングモールとなっていて、学生たちにとっては定番のデートスポットである。


「プリクラっ?!」


 貴巫女がプリクラと言った途端、衝撃的な光景に固まっていた範子が復活した。


「のりっちさんたちとプリクラですか?」


 サーニャも目を輝かせた。


「おっ、サーニャんも乗り気じゃーん☆」


 貴巫女が楽人に視線を向けると彼は肩を竦めた。


「サーニャさんはプリクラの経験はあるの?」

「はいっ♪ これです♪」


 サーニャはグラスをテーブルに置いて、小さな鞄からスマホを取り出すと、誇らしげにその背面を貴巫女に見せた。

 そこには彼女が楽人たちとの家族デートで撮った、三枚のプリクラが貼られている。


 一つは、普通に彼女と楽人が並んだツーショット。

 一つは、そこから彼女が楽人の頬にキスをして、彼が驚いた瞬間。

 そして最後の一つは、二人の後ろに義父母が並んだところ。

 いずれも、彼女の可憐さと楽人への思いが伝わって来る逸品だった。


「てっ、てぇてぇ…」


 貴巫女の横から覗き込んだ範子は、直角で見たにも関わらず、プリクラに写ったサーニャの可愛さに中てられた。


(ぐっ、また砂糖を吐きそうになった。範子は気付いてないの? それとも気付いているのに折れないの?)


 貴巫女はサーニャのスマホに付いているストラップを見た。

 それは楽人のスマホとお揃いの、天の逆さ十字(あんちくろす)のストラップ。

 勿論、範子もそれには気付いていたけれど、貴巫女とお揃いの物を買ったことのある彼女は、あまり深く考えていなかった。


 ――範子にとってのサーニャは、好きになった相手(がくと)と既に結ばれていた友人だ。

 楽人は好きでも、彼女を傷付けたいわけではない。

 楽人と恋仲になりたいことを、彼女を傷付ける免罪符にできるほど身勝手でもない。


 そう、範子はバカなのだ。

 超が付くほど真っ直ぐなバカだからこそ、恋敵のサーニャとも本音で仲良くできるし、道を踏み外した(・・・・・・・)貴巫女とも仲良くなれたのだ。


「範子も復活したことだし、そろそろ出るか」


 楽人は何となく突っ込まれそうな予感がしたので、全員を見渡して、店を出ることを提案した。


「はいっ♪」


 サーニャは賛成すると、スマホを鞄に片付けた。


「そうね。あんまり長居しても何だし」

「おけい☆」


 範子は居ても立っても居られず、直ぐに立ち上がった。

 楽人が伝票の挟まったバインダーを持って席を立つと、サーニャと貴巫女も続き、彼らはレジに向かった。

 その様子を見たウェイトレスも、狭い通路を後ろからレジに向かう。


「ご馳走様。お会計お願いします」


 楽人が伝票を差し出す。

 伝票を受け取ったウェイトレスが、手慣れた様子でレジに注文を入力していく。

 知らない人が見れば二度手間に見えても、店主が一人で厨房を預かるこの店にとってはそれが最適解なのだ。


「―――千六百十三円になります。お支払いはどうなさりますか?」

「QRコード決済でお願いします」


 ウェイトレスがレジを操作すると、隣に置いてあったオールインワン型の決済端末に、金額とQRコードが表示された。

 彼女が端末を両手で丁寧に差し出し、楽人はスマホを翳してQRコードをスキャンする。


 チーンッ


 設定されていた会計完了の電子音が鳴った。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 ウェイトレスが深々と頭を下げる。


「ごちっ☆」


 範子が軽く手を挙げ、


「ごちそうさまでした♪」


 サーニャが勢いよく頭を下げ、


「ご馳走様」


 貴巫女が軽く会釈をして、彼らは“喜びに至る道”を後にした…。

ごちそうさま

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