迷惑店員
「こちらになります。御入用の際は内線でお呼びください」
堀江は客を個室に案内して模範通りの対応をすると、そそくさと退室して、厨房に向かった。
途中、物陰でポケットから、スマホと盗撮用の小型カメラを取り出し、カメラの映像がスマホに映っていることを確認する。
「へへへ。調子は順調。こいつも楽しみだな。さあてドリンクでも持っていくとしますかね」
彼は注文のあったワンドリンクを用意すると、意気揚々と先程の部屋に戻った。
コンコンッ
「ドリンクお持ちしました」
堀江はノックをして声を掛けてから部屋に入り、一瞬立ち止まった。
(なんで立ってるんだ?)
椅子に座っているのは、足を組んでいる少女が一人だけ。
残り三人はタブレットを持って、歌う順番などを話し合っていた。
(まあそういうこともあるか)
彼は色々なバイト経験で変わった客を散々見てきたので、深く考えずにドリンクを配った。
まず、唯一座っている胸の薄い少女――貴巫女――の前に、彼女の注文したABCレモンの入ったグラスを置いた。
彼は仕事は出来る男なのだ。
「あら、ありがとう」
少女が礼を言ったので、彼は会釈を返した。
他の客はどこに座るか分からないので、他のドリンクはテーブルの中央に纏めて置いた。
(やっぱ、こっちだよな)
堀江は座っている少女をチラリと見た。
彼は最後のドリンクを置いて立ち上がる時、わざと胸ポケットからボールペンを床に転がした。
「あっ、申し訳ございません」
彼は屈んで、ボールペンを探す振りをした。
そして立ち上がる時、先程の小型カメラをテーブルの裏に、座っている少女の方へ向けて設置した。
――理由は単純、少女のワンピースはミニスカートで、足を組んでいたからだ。
反対向きだと、最悪、男と【リアライザー】のロングスカートしか映らない。
テーブルの横に付けると、今度は足が邪魔で誰のパンツも撮れない可能性が高く、欲張って床に上向きに置いたら、蹴られて見つかりかねない。
彼はやっとボールペンを見つけた振りをして立ち上がり、もう一度客に頭を下げてから部屋を出た。
バタンッ
「ゲヒヒ、さあてお宝映像を拝見といきますか…」
堀江は客の部屋を出ると、ホールに戻る道すがら、早速スマホで小型カメラの映像を表示した。
「んん?」
しかし、カメラには椅子しか映っておらず、先程まで座っていた少女の姿が無い。
「どうせ録画してるんだ、後の楽しみにとっとくか」
少女が映っていない理由は幾らでも思い浮かんだので、彼は今直ぐ彼女の痴態を見ることを諦めた。
バイトをサボって首になったら、給料もお楽しみも無くなってしまう。
どこの店だって人件費は抑えたい。
だから店員が客の歌に聞き入ったり、イケメンや美少女を覗き見したり、防犯カメラを鑑賞したりしている暇は無いし、していたら首が飛ぶのだ。
彼はスマホをポケットに仕舞って、ホールに戻って行った…。
* * *
「よっ」
堀江はホールに戻ると、カウンター内の藤田たちに声を掛けて横に並んだ。
藤田も鈴木も特に何も言わない。
怪しまれないため、戻るのは早くも遅くもなかった。
「ガキたちがやるか賭けようぜ」
ガキと言うのは、当然先程の四人組のことだ。
「やる」
藤田は面倒臭そうに言い捨てた。
「ははっ、それじゃあ賭けにならないだろ」
堀江が笑い飛ばす。
先程の客は、ワンドリンクを直ぐに持って来るように言っていたし、コンビニのビニール袋やクーラーバッグを持っていた。
藤田たちは経験上、追加注文の可能性は低いと考えた。
学生らしい節約だけか、或いは邪魔されたくないか、もしくはその両方。
(2時間でクーラーバッグ持ち込む時点で、歌う方だと思うけどな)
藤田は単に邪魔されず歌いたいだけだと思ったが、堀江の相手が面倒なのでネタ潰しをしただけだった。
ブルルッ
「! ごめん、電話してくる」
鈴木のスマホが、振動で着信を知らせた。
彼女は同僚たちに断ると、慌ててカウンターの奥にある控え室に姿を消した。
「相手誰からだろうな? 鈴木ちゃん彼氏いたっけ?」
堀江が名前で呼ばないのは、以前に名前で呼んで怒鳴られたからだ。
「居なかったはずだ」
藤田は記憶を遡ってみるが、鈴木はあまり化粧もしないし、あまりナンパもされないし、浮いた話も無い。
真面目なバイトの先輩という印象しか無かった。
バタンッ
控え室のドアが、先程より大きな音を立てて開いた。
「さっきの部屋行って来る」
「どうしたんだ?」
鈴木が血相を変えて飛び出そうとしたので、藤田は不思議に思って尋ねた。
「店長から電話があったの。あの部屋機械が壊れてて、時々放電するから使うなって」
「げっ! 俺危なかったのか…」
「いや、お前より客だろ」
「うん! だから客を移動させて、部屋は鍵掛けとけって指示された」
(カメラを回収して、引っ越し先に付け直すか)
「鈴木ちゃん、危ないから俺が行くよ」
「ううん、私が行く。案内した人が行っても怒らせるだけだから」
鈴木はそう言うと、もう話している暇は無いとばかりに、カウンターを飛び出して行った。
「気落ちするな」
「…下げてなんかねーよ」
思いやる藤田に、堀江は投げやりに答えた。
(どうせ俺が行っても怒られて面倒なだけだし、カメラは後で回収すればいいさ)
――数分後。
客の移動を済ませた鈴木が戻って来て説明した。
「あの部屋、鍵掛けて掃除中の看板も掛けてきた。店長が業者呼ぶまで、誰も案内しないように注意してね」
「わかった」
「おっけえ」
鈴木は二人の返事を確認すると、スタッフ用に注意書きのメモを作り、レジの横と控え室の掲示板に貼り付けた。
(ちっ。カメラ一つ当分使えなくなった。回収しに行ったら怪しまれるし後にするか)
堀江は内心舌打ちをした。
彼は小型カメラの心配をしていない。
今までにも、他の店員が部屋を片付けた後に回収したことは何度もあったし、カラオケの機器を直したり交換するのに、テーブルの下を調べるはずも無い……そう、高を括っていた。
――数時間後、堀江は逮捕された。
店長が店に着いて間も無く、彼の呼んだ業者……もとい警察官が現場を調査したからである。
小型カメラから堀江の指紋が出てきて、彼は逮捕されて留置所へ。
当然家宅捜索も行われ、スマホやパソコンから、写真や脅迫まがいのメールなどが見つかり、以前のバイト先でも同様のことをしていたことまで発覚。
警察は盗撮、及び脅迫されていた被害者にも、事情聴取を行った。
翌月に刑事裁判が行われ、常習性のある撮影罪と、不同意性行等罪などの併合罪として、実刑判決が下る。
堀江は不服申し立てをしたが、当然判決が覆るはずも無く、塀の中で20年以上を過ごすこととなる。
無論、カラオケボックスのバイトは懲戒解雇。
また、盗撮がニュースになって炎上。
カラオケふくだぬき本社は、堀江に高額の損害賠償を請求。
堀江は自らの浅はかな行為によって、多額の借金と長い刑期を背負い、後の人生を棒に振ったのである。
――後に、インタビューされた店長はこう答えたと言う。
「何故内密に済ませなかったかだって? 君は冗談が上手いね、犯人を隠すのは犯罪だよ。それに、愛する人を傷付けられて黙っている甲斐性なしなんて、この世に居るはずがないだろう?」
と。
盗撮ダメ、絶対!




