迷惑客
二時間前。
カラオケ業界大手のチェーン店、カラオケふくだぬき月凪駅前店は、今日も繁盛していた。
月曜日の午前中にも関わらず、夏休みを最後まで満喫しようと訪れる学生は多い。
「やっと一区切りかよ」
そろそろデパートが開く時間とあって、客足も落ち着いてきた頃、茶髪の男性店員はカウンター内に戻ってきて愚痴った。
「堀江、黙って立ってろ」
フロント担当の男性店員が彼を窘める。
「へいへい」
堀江はぞんざいに謝ると、藤田と女性店員の後ろを抜けて、その横に背筋を伸ばして並んだ。
彼らは大学の知人だった。
堀江が夏休みに遊び過ぎて金が無くなり、友人伝手にバイトを探していたところ、藤田のバイト先が丁度一人辞めて募集するところだったので、そこに収まって以来の関係。
堀江はバイト慣れしていて手際が良く、他の店員とも直ぐに仲良くなった。
しかし問題もあって、
カラーンコローンッ
両開きの自動ドアが開いて、ドアベルが鳴った。
「おっ、キュートな子はっけ~んっ」
店内に入って来たワンピースにパーカーの少女――貴巫女――を見て、堀江は好色そうな視線を向けた。
少女がカウンターを見ると、彼は直ぐに顔を引き締めた。
「ちょっと薄いけど中々……っと」
彼は彼女の慎ましい胸元を小声で評価しかけたが、続く三人を見て目を見張った。
一人は、ピチピチのTシャツにフリルのミニスカートの、胸の大きなギャル。
一人は、タンクトップの上から半透明なブラウスを着て帽子を被った、堀江が見てきた中で別格の巨乳を誇る少女。
最後の一人は、彼女たちが左右から腕を組んでいる、三人に比べれば普通っぽい少年。
いずれも高校生くらいに見えた。
「ちっ、ハーレムかよ。…俺に案内させてくれよな」
堀江は舌打ちをした後、隣に立つ藤田に小声で頼んだ。
彼は普段から、客が美少女だと部屋への案内や料理の配達をしたがるので、藤田や鈴木も「またか」と呆れた。
(――最初からアレなら、痴情の縺れで暴れたり……とかは無さそうか)
藤田は冷静に貴巫女たちを観察した。
カラオケボックスに来る面倒な客は多く、その種類も豊富。
部屋の外で騒ぐ客、トイレ以外で吐く客、他の客や店員をナンパする客、他の部屋に合流する客、勝手に入り込む客、小さい子供を放し飼いにする客、ペットを持ち込む客、ドアを開けたまま歌ったり演奏したりする客…。
それらに比べると、今度の客は可愛いものだった。
(昨日のアレは酷かった)
藤田は昨日対応した面倒な客たちを思い出した。
―――――
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―――
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一件目は歳の差カップル。
十代の少女と五十絡みの男性が、腕を組んで仲良さそうに来店した。
客観的に見て、控えめに言って援交かパパ活にしか見えないのだが、本当の親子かもしれないから店員としては注意も出来ない。
昼間に大人料金を支払われてしまうと、身分証明書の要求は難しいのだ。
客が帰った後の個室にゴミは残っていなかったが、行為後の臭いが酷かったので、消臭スプレーを念入りに使用した。
二件目は男女20人の団体客。
大部屋に案内したまでは良かった。
料理の注文が纏めて入って、調理が大変だったのは仕方が無い。
しかし、料理を届けようとドアを開けた途端、ムワッとした男と女の臭いが廊下に溢れ出した。
彼が部屋に入ると、全裸の人こそ視界に入らなかったが、男は大半が上半身裸な上に、パンツ一丁も数名。
女も酷く、Tシャツの上から、小さな膨らみが透けて見えるくらいならマシな方で、下着姿だったり、中には全裸のまま男の陰に隠れている者たちまでいた。
「他のお客様の目もありますので、ご注意ください」と注意したら「下着じゃないから恥ずかしくない」という斜め下の返答。
それでも二度目以降に訪れた時は、受取る人はしっかりと服を着ていて、他の人たちは入り口から見える範囲から隠れただけ、注意を真面目に受け止めてくれたのだろう。
しかし、そんな彼の僅かな期待は裏切られた。
客が帰った後の大部屋内は、それはもう酷い有り様だった。
椅子と言わず、テーブルと言わず、床と言わず、部屋中の至る所に、男女両方の体液が飛び散っていた。
中身の入った色取り取りのカラフルなゴムは縛り忘れた物も多く、当然の権利の如く、それらと同じ液体を拭き取ったティッシュも部屋中に散らばっていた。
それどころか、どこに突っ込んだのかマイクにはそれらと同じ液体が付着し、タブレットの電子目次本に並ぶ曲名が、縦読みで卑猥な言葉の羅列となっていた。
勿論、部屋中に酷い臭いもこびり付ていて、手の空いた店員が交代で、何時間も掛けて掃除するハメになった。
当然ブラックリスト入りである。
三件目は学生バンドグループ。
推定中高生の少女四人組という、よくある組み合わせをライブルームに案内した。
礼儀正しかったので油断したのが間違いだった。
彼女たちが来店して数十分後から、次々に彼女たちのファンが来店。
その度にライブルームのドアが開き、ガンガン楽器を掻き鳴らし大音量で歌うライブの音が廊下中に響き渡る。
これでは防音効果の高いライブルームの意味が無い。
当然、他の客たちからクレームが入り、店員が注意しに行ったら、彼女たちのファンが逆切れ。
彼女たちはファンを諫めようとしたが、ファンは彼女たちを責めるなと的外れな擁護ばかりで話を聞かない。
結局、他の店員が呼んだ警察が駆け付け、彼女たちはその場で厳重注意を受け、ファンたちは営業妨害の現行犯として連行されていった。
無論、店員たちは他の客たちに平謝りするハメになった。
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(…学生四人の乱交くらいなら多めに見よう)
金の無い学生カップルは、性行為にカラオケを利用することが少なくない。
反面、彼らは行動範囲が狭いから出禁になると困ることもあって、意外としっかり片付けて帰るカップルも多い。
(――ナンパの心配は無いかな)
鈴木は一先ず安心した。
カラオケの女性店員はよくナンパをされる。
彼女自身、決して美人ではないと自覚していたが、それでも月に何度かはナンパされている。
しかし、今回の客は男一人に美少女三人。
彼女は経験上、わざわざ自分みたいな年上をナンパすることは無いと確信していた。
間も無く、件の客たちがカウンターに来た。
「「「いらっしゃませー」」」
藤田たちは三人で来客を歓迎した後、フロント担当の藤田が応対をした。
先頭の少女――貴巫女――が彼に声を掛ける。
「予約していた綾波です。禁煙室、4名、2時間、ドリンクは先でABCレモンと…」
「四ツ矢サイダー☆」
「いちごミルクお願いします♪」
「ウーロン茶、アイスで」
彼女に続いて他の三人も飲み物を告げた。
その際に、鍔広帽子を被っていた少女が帽子を脱いだ。
「「「―――っ!」」」
少女の左右非対称の髪と目の色を見て、藤田たちは一瞬固まった。
(【リアライザー】かよ! かわいすぎだろ!)
(【リアライザー】は久しぶりね)
(【リアライザー】とか勘弁してくれ……面倒臭い)
彼らもそこは接客業、直ぐに何事も無かったかのように動きだした。
「それではお部屋にご案内いたします」
堀江が鈴木を押し退けるようにカウンターから出ていこうとし、鈴木は小さく溜め息を吐いて道を空けた。




