カラオケ:お帰り
ピンポーンッ
暫く歌っていると内線が鳴り、手の空いていた貴巫女が電話を取る。
『10分前ですが、ご延長はいかがなさいますか?』
女性店員からの10分前コールだった。
貴巫女は受話器を抑えて室内を見渡した。
範子とサーニャは、楽しそうに“魔法少女ハピキラ”をデュエットしているけれど、その声量は最初に比べると明らかに落ちている。
また、持ってきた御菓子はまだ残っているが、飲み物の方は粗方飲み終わっていた。
楽人は貴巫女の視線に気付くと、手を横に振った。
「…延長は無しでお願いします」
貴巫女は店員に延長なしを伝えると、電話をそっと切った。
その後は範子たちが歌い終わるまで清聴し、終わってからこれからについて尋ねた。
「時間まであと一曲くらい歌えるけど、どうする?」
「え~? もう終わりなんですか?」
サーニャが少し頬を膨らませて、不満を露わにする。
貴巫女が何か言おうとしたが、楽人がそれを制止した。
「サーニャ、お腹空いてないか?」
「! 空いてますっ!」
楽人が尋ねると、サーニャは彼を振り返って即答した。
歌えばお腹は空くし、彼女はカラオケが楽しみで早起きして朝食も早かった分、お腹もいつもより空いていた。
「カラオケが終わったら昼飯にしようか」
「はいっ♪」
楽人の提案に、サーニャは疲れも忘れて満面の笑みになる。
(ここの料理食べ飽きてるんだよね。貴巫女っちどこ予約してるんだろ?)
(どうせならゆっくり食べたいものね)
カラオケボックスでも食事ができることは、誰も突っ込まなかった。
「それじゃあ最後の締めはみんなで歌おっか☆」
そう言いながら範子が入力した曲は、“名残雪”。
情感ある曲調から卒業式にもよく使われ、長年人々に親しまれている名曲。
カラオケでも締めの定番の一曲だった。
アコースティックギターの静かなイントロから始まり、二つのマイクを四人で回しながら和やかに歌って…
「さあ、後片付けをしましょう」
「うぃっ☆」
「はいっ♪」
「了解」
歌い終わった楽人たちは貴巫女の号令の元、持ち込んだ物の後片付けを始めた。
ペットボトルは中身の有無に関わらず、クーラーバッグに戻された。
食べ掛けの御菓子は、纏めてコンビニのビニール袋に入れられていく。
食べ終わったゴミは、貴巫女がバッグから取り出した透明のビニール袋に入れた後、クーラーバッグの隙間に入れられた。
貴巫女は同じくバッグから取り出したウェットティッシュで、マイクを拭き始めた。
「貴巫女さん、何をしているんですか?」
サーニャは前回のカラオケでは見覚えのない行為に首を傾げた。
「稀に舐める店員がいるから」
「きっしょ…」
貴巫女が素っ気なく答えると、それを想像してしまった範子が変な顔をした。
「なんでそんなことをするんですか?」
好きな子の縦笛をこっそり咥えたり、回し飲みをしたがるような感覚は、現代日本人では無いサーニャには理解し辛かった。
「さあ? 変態なんでしょ」
「そういうものなんですね…」
貴巫女のオブラートに包むことを放棄した説明で、サーニャは取り合えず納得した。
実は、前回のカラオケの後も、楽人が彼女に隠れてマイクを拭いている。
カラオケのマイクだけではなく、彼は普段から、本人に気付かれないように手を尽くしている……彼はサーニャのこととなると心配性なのだ。
片付けを終えて、皆が忘れ物の確認をする。
その様子を見た貴巫女は、ドアの前に立てた自撮りスタンドから、ガラスを塞いでいるパーカーを取って着込み、自撮りスタンドを畳んでバッグに片付けた。
「帰りましょう」
貴巫女がドアを開ける。
彼女に続いて、彼らはカラオケルームを後にした。
後片付けは綺麗に!




