カラオケ:引っ越し
数分後。
カウンターに居た女性店員が、お盆を持ってやって来た。
「お客様方、申し訳ございません。この部屋の機器は故障中で放電の危険がございます。直ちに別のお部屋にご案内させていただきます」
店員は深く頭を下げた。
「じゃあ出ましょうか」
貴巫女が立ち上がり、横に置いていたクーラーバッグを肩に下げ、率先して部屋を出る。
範子たちもそれに続く。
店員は持って来たお盆にドリンクの入ったグラスを載せると、最後に部屋を出て鍵を閉めた。
「ご案内いたします」
店員は貴巫女たちを、三つ隣の部屋へ案内した。
彼女は最後に個室へ入ると、ドリンクの入ったグラスをテーブルに置き直し、
「誠に申し訳ございませんでした。本日の部屋代とワンドリンクはサービスとさせて頂きます。引き続きお楽しみください」
もう一度深く頭を下げた後、退室して行った。
「もう少し待ってね」
貴巫女は鞄からスマホの自撮り棒……と言うよりスタンドを取り出してドアの前に立てると、着ていたパーカーを被せて、細いドアガラスを塞いでしまった。
本来は褒められた行為では無いが、【リアライザー】への盗撮を常時見張れるほど、店員も暇では無い。
自衛手段としては妥当であり、店側も認めざるを得ない範囲だった。
貴巫女は続けて、液晶モニターの横にある、動画撮影用のドーム状カメラにタオルを掛けた。
こちらは只の小道具なので、気になる客がタオルを掛けることは珍しくも無い。
貴巫女はその後も数分かけて、設置された機器やテーブルや椅子の陰などを確認しながら、マイクを一本手元に隠し、最後にテーブルの上のドリンクを全部、邪魔にならない部屋の隅に置いた。
「さあ、もう大丈夫。歌いましょう」
「待て待て待て待て待てぇーーーーーっ!」
範子が盛大にツッコミを入れた。
「何、範子?」
「『何?』、じゃないよ! ドリンクどうすんのよ!?」
鼻息を荒くして問い詰める範子。
好きなドリンクを注文したと思ったらお預けを喰らったサーニャも、口には出さないが不満そうな顔をした。
貴巫女は答える代わりに、持ってきたクーラーバッグを開けて飲み物を取り出し始めた。
四ツ矢サイダー、いちごミルク、ABCレモン…
「いちごミルクです♪」
それを見た途端、サーニャの機嫌が直った。
彼女は飲み物を受け取って、液晶モニターに近い奥の席に座った。
「海の時か」
楽人はその隣に座り、海と同じスポーツドリンクを受け取って納得した。
「ウーロン茶の方が良かった?」
「いや、ありがとう」
「いちばん! のりぴー、イっきま~すっ!」
範子がサイドテールを止めているゴムを、首を振る動作に合わせて格好良く外して宣言した。
「あっ!」
サーニャは出遅れたことに気付き、テーブル上のタブレットに手を伸ばし、D・A・Mのリストから一生懸命お目当ての曲を探し始めた。
――D・A・M、日本でトップクラスのシェアを誇る、カラオケシステムの一つである。
昔から音質や採点の評価は高かったが、いつの頃からか曲数も飛躍的に増え、パソコンやスマホ、ゲーム機にも対応するようになった。
…とは言え、須磨家は住宅街の一般家屋。
十分な防音設備が無いので、サーニャも含めて誰も『おうちカラオケ』を試したことは無い。
液晶モニターに範子の選んだ曲が表示される。
――“For Celebrate”
それは20世紀末から活躍した、日本を代表する歌姫の持ち歌の一つで、かなり幅広い女性たちの青春と共にあった曲。
《永遠~~~♪ 今夜~~~~♪ 永く~~♪》
圧倒的な声量。
音程やビブラートが合っているのは元より、派手な振り付けも、液晶モニターに映る歌手と完全に一致している。
(忘れがちだけど、ギャルなんだよなぁ…)
“ギャルはカラオケが好きで巧い”を体現している範子に、楽人は聞き惚れた。
スッ
曲を予約し終わったサーニャが、タブレットを楽人に差し出す。
彼女も知らないなりにこの曲を気に入ったらしく、身体を揺らしながら口パクを始めた。
楽人はその様子を眺めながら、いつもの曲を予約してタブレットを貴巫女に渡す。
貴巫女は今回、裏方に徹するつもりで、範子が歌い始めて直ぐに彼女のビニール袋からお菓子を広げていた。
定番のお芋のチップス、中にチョコの詰まった円柱状のスティック、個包装のパイ風のお菓子などがテーブルに所狭しと並ぶ。
楽人からタブレットを受け取ると、流石に一曲も歌わないのは不味いと思って入力しかけたところで、範子の一曲目が終わった。
《…I’m Not Celebrate…!》
最後のフレーズと共に曲が途切れ、範子はマイクを持った手を上に突きあげた。
一瞬の沈黙。
パチパチパチパチ
たった三人の観衆から、狭いカラオケルームが割れんばかりの拍手が降り注ぐ。
「あざーっす☆ あざーっす☆ あざーーーっす☆」
範子は後頭部を掻きながら、気持ち良く一人一人に頭を下げて礼をした。
ダラララララ~~~~~~ッ……ダンッ!
《89点》
液晶モニターに採点が表示された。
「うぇ~いっ!」
範子はその場で飛び上がって喜んだ。
ベストスコアには程遠いが、連日勉強漬けからの一発目からハイスコアでテンションが上がった。
「のりっちさん、凄いです♪」
「範子、やるなぁ」
サーニャが手放しで、楽人は後のことを考えて、少し控えめに褒めた。
範子は学校の芸術科目で音楽を選択していたり、休み時間も友達との話し中に歌謡曲を口遊んだりするが、楽人が彼女の歌を真面目に聞いたのはこれが初めてだった。
(カラオケに誘われなければ、一生聞かなかったかもなぁ、範子の本気の歌。でも…)
「あざっす☆ あざっす☆ …貴巫女っちセットして~」
範子は二人にペコペコ頭を下げながら貴巫女に近付いていくと、歌う時に外したゴムを彼女に差し出した。
「はいはい、そこに座ってね」
「うぃ」
範子がちょこんと隣に座ると、貴巫女は手慣れた様子で彼女のサイドテールを作り直した。
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