盗撮
数分も歩くと、目的のカラオケボックスに到着した。
カラオケふくだぬき。
業界大手のチェーン店で、月凪駅前でも一番大きなカラオケボックスだった。
「そう言えば、なんでこのお店にしたんですか? 貴巫女さんの街にもカラオケってありますよね?」
初めての友達のお誘いを楽しみにしていたサーニャは、来たことのある店だったことに少し落胆し、理由を尋ねた。
「こっちのカラオケの方がゆっくりできるの」
「そうなんですね♪」
「そうなのよ」
サーニャは楽人と一緒に行った店が褒められて、素直に喜んだ。
しかし、楽人は本当の理由を知っている。
(俺が隣町に行けば言い訳が難しいからだな。黒服も…)
楽人がチラリと横目で街角を見ると、どこかで見たような角刈りの黒服が、ビルの脇から彼らを見ていた。
久谷一家の黒服である。
上下関係に厳しい彼らにも人情はある。
立場的には組長である範子の父、弦之介が一番上なのだが、彼が頭の上がらない鏡花が最優先される。
その鏡花も表向きは厳しいが、娘には案外甘い。
無論、範子に「夏休みの課題が終わるまで楽人との接近を禁止した」なんて、一々組員に伝えているはずもない。
だから貴巫女は、
『接近禁止令を知らない組員が、以前からの命令を遵守して楽人との仲を見守り、帰ってから報告した』
という、鏡花が見逃せる言い訳を用意したのだ。
(中々の策士だよ)
グイッ
考え事で目の前の注意が疎かになっていた楽人を、両側からサーニャと範子が引っ張ってカラオケボックスに入った。
* * *
カラーンコローンッ
両開きの自動ドアが開くと、ドアベルが鳴った。
先頭の貴巫女に続いて、楽人たち三人も並んで店内に入り、カウンターに向かう。
カウンター内には店員が三人。
ネームプレートに《ふじた》と書かれた黒髪の男性、《すずき》と書かれた黒髪の女性、《ほりえ》と書かれた茶髪の男性。
「「「いらっしゃませー」」」
店員は三人で貴巫女たちを歓迎した後、応対は《ふじた》が担当した。
「予約していた綾波です。禁煙室、4名、2時間、ドリンクは先でABCレモンと…」
貴巫女が振り返ると、
「四ツ矢サイダー☆」
「いちごミルクお願いします♪」
「ウーロン茶、アイスで」
範子、サーニャ、楽人も好みの飲料を伝えた。
その際に、サーニャは店内に入ったので鍔広帽子を脱いだ。
「「「―――っ!」」」
店員たちがサーニャを見て固まる。
その美しさと左右非対称の髪や目の色から、【リアライザー】であることは疑う余地が無い。
しかし、彼らも接客業。
直ぐに何事も無かったかのように動きだした。
楽人は店内を見渡したが、以前来た時と変わった様子は無い。
ホールと通路の天井には、インテリアにも見えるドーム型の防犯カメラが所々にある。
店員は普通、必要になるまで見ない……と言うより、見る余裕があるほど店員を遊ばせている店は多くない。
個室のドアにも、防犯のために一部ガラスが使われている。
外から見えない個室は、中に防犯カメラがあることが多い。
「それではお部屋にご案内いたします」
《ほりえ》が《すずき》を押し退けるようにカウンターから出ようとして、彼女は小さく溜め息を吐いて道を空けた。
最近入った《ほりえ》が女性客と見ると張り切るのは、店員の間で有名なのだ。
貴巫女たちは彼に個室の一つへ案内された。
* * *
「こちらになります。御入用の際は内線でお呼びください」
《ほりえ》は模範通りの対応をして退室していった。
「さぁて、最初はいつものアレを…」
「待って!」
範子が曲を予約しようと専用タブレットを持った途端、貴巫女が全員に制止を掛けた。
「貴巫女さん、どうしたんですか?」
サーニャが不思議そうに小首を傾げる。
「みんな立ったまま選曲だけしていて」
貴巫女はそう言いながら椅子にクーラーバッグを置き、自分だけ椅子に座って足を組んだ。
「ああ、そういうことか。サーニャ、範子、先に曲を選ぼう」
楽人は貴巫女の意図を理解し、サーニャの手を引いてタブレットを持った範子に近寄る。
「はいっ♪」
「おけい☆」
サーニャと範子は素直に同意し、三人で立ったまま選曲や歌う順番を話し始めた。
それから間も無く、
コンコンッ
「ドリンクお持ちしました」
先程の店員が注文したドリンクを持って来た。
店員は最初に、貴巫女の前にABCレモンの入ったグラスを置いた。
「あら、ありがとう」
貴巫女が礼を言うと店員は笑顔で会釈をして、他のドリンクはテーブルの中央に纏めて置いた。
彼が最後のドリンクを置いて立ち上がろうとした時、胸ポケットからボールペンが転がり落ちた。
「あっ、申し訳ございません」
店員は慌てて屈んで、ボールペンを探した。
彼はボールペンを見つけて立ち上がると、部屋を出る前にもう一度頭を下げて出て行った。
店員が出て行くと、貴巫女は口に人差し指を当てて全員を見る。
サーニャと範子は不思議そうな顔をして自分の口を塞いだが、楽人は黙って頷いた。
貴巫女は全員が口を閉じたことを確認すると、椅子から立ち上がって、テーブルの反対側に回って屈み込み、スマホでテーブルの下の写真を撮り始めた。
パシャッ、パシャッ、パシャッ…
貴巫女は何枚か撮影した後、部屋の隅に移動して電話を掛けた。
電話は直ぐに繋がる。
「店長、私です」
『おおっ! 貴巫女ちゃんから電話なんて嬉しいなあ。もしかして今日会えるのかい?』
「いいえ、それはまた今度。それより今、店長の店で盗撮されました」
『なん…だと……!?』
盗撮と聞いて、範子とサーニャは驚いて目を大きく見開いた。
(そうなんだよなぁ。今回は綾波さんに出遅れたわ)
楽人は前に家族で来店した際、渡良瀬警部に教わったポイントを全部チェックしていた。
今回もそのつもりだったが、彼が動く前に貴巫女が動いたので、お手並み拝見しようと高みの見物を決め込んでいたら、御覧の有り様だった。
「写真を送りました。店員は茶髪の《ほりえ》君。ドリンクの配達時に設置しました」
『済まない! 私の店で貴巫女ちゃんに迷惑を掛けるなんて! どうお詫びをしたらいいのか…』
「そうですね…。今日は友達と来ているので、店長から機械が故障したとでも言って部屋を移動させて下さい。その際、《すずき》さんに対応してもらえれば十分です」
『済まないねえ…』
「いいんですよ、私と店長の仲じゃないですか」
『そう言ってくれると助かるよ。それじゃ切るよ』
ガチャッ
「そういう訳だから、もう少し待っててね」
貴巫女はあっけらかんと友人たちに待ったを掛けた。
「まあ音をリアルタイムは無いよな。スマホを見るくらいならまだしも、勤務中にイヤホンをしてたらバレバレだし」
「トイレに篭って聞くにしても、真っ最中を狙うでしょうしね」
――それから《すずき》が謝罪に来たのは、サーニャと範子が、貴巫女と楽人の会話の意味を理解した後のことだった。
盗撮は犯罪!




