待ち合わせ
翌日。
楽人とサーニャは、貴巫女との待ち合わせ十分前に、駅の南改札口前へ到着した。
サーニャはもっと早く来たがったけれど、楽人が常識的な時間まで粘ってこの時間に落ち着いた。
まだ8月ではあるが最後の月曜日。
既に二学期が始まっている学校も多く、駅前を行き交う人の数は少ない。
「キミコさん、まだみたいですね」
サーニャが待ち遠しそうに、手を繋いでいる楽人に話し掛ける。
今日の彼女は、裾の短いタンクトップの上から、水色の半透明なブラウスを着て、更にその上からストールを羽織り、マーメイドスタイルのロングスカートを穿いている。
半透明なブラウスからは、その下のタンクトップや、腕やお腹が透けて見えた。
ストールは羽を――【リアライザー】であることを――隠すためと言うよりも、羽を直射日光から守るためのもの。
鍔広帽子を被って、お洒落な小さめの鞄を提げた姿は、まるで避暑地に来た育ちの良いお嬢様のようだった。
「邪魔になるし、こっちで待とう」
楽人はサーニャの手を引いた。
貴巫女たちは隣町から来るので、改札口が見えるように、二人は向かいの壁を背にして並ぶ。
「人が多いですね♪」
「これでも、お盆前よりは随分減ったと思うけどな」
人通りを見渡して、楽しそうに話すサーニャ。
彼女は範子が来ることを知らないので、楽人は範子の姿も見逃さないように、周囲に目を配った。
(女は化けるって言うから気を付けないと……最悪スマホで確認すればいいけど、あれは結構気不味いんだよなぁ…)
楽人は昔、待ち合わせをした男友達と互いに気付かず、電話を掛けたら直ぐ近くから呼び出し音が鳴った時の気不味さを思い出した。
「ガクト、わたしたち見られてます?」
サーニャが楽人を見上げて、不思議そうに尋ねた。
「気にするな。只の妬みだ」
楽人は素っ気なく答えた。
サーニャは帽子で顔が見え難くいものの、抜群のスタイルを誇る彼女がお嬢様風の服装をして楽人と手を繋いでいるのだ。
男女問わず一定数が目を奪われ、その一部が嫉妬するのは自明の理だった。
「♪」
サーニャは楽人の言葉の意味を理解すると、彼との仲を認められたように感じて嬉しくなり、彼と手を繋いでいた腕に抱き付いて寄り添った。
楽人はそれに合わせて、彼女が楽なように微妙に身体をズラす。
(…綾波さん、済まん)
楽人は範子のために今日のカラオケを企画した貴巫女に、心の中で謝った。
彼には範子に遠慮して、サーニャと距離を取るなんて行動はありえない。
それから数分後、改札口から範子と貴巫女が出て来た。
範子の今日の髪型は、左に纏めたサイドテール。
服装は小さめのTシャツに、フリルのミニスカートだった。
白い半袖ヘソ出しのピチピチなTシャツは、年齢の割りにボリュームのある胸を強調し、Tシャツから覗く日焼けし忘れた肩紐のラインは、一見するとTシャツの一部にも見える。
灰色の生地の薄い三層フリルのミニスカートからは、すらりと伸びた生足がギリギリまで露出している。
総じて、小麦色に日焼けした肌と、明るい服のコントラストが際立つコーディネート。
肩には小さなバッグ、手にはコンビニのビニール袋を持っている。
一方の貴巫女は、ミニのワンピースとパーカーのシンプルな組み合わせ。
濃い藍色のワンピースは、肩紐以外胸元や腕の出るデザインで、短いスカート部は足を大胆に見せながら、ワンウェイプリーツが足の動きに合わせて広がり、その中身を絶妙に隠している。
薄い藍色のパーカーは前を開けて着崩していて、その下の肩をチラチラ見せているあたりが、実にあざとい。
右の肩には小さなバッグ、左の肩には小さめのクーラーバッグを下げている。
「…須磨っち?! なんでっ!?」
待ち合わせ自体を知らなかった範子は、数メートル先の正面の壁に立っている楽人に気付いて驚いた。
腕に抱き付いているサーニャも視界に入っているはずだが、鍔広帽子を被った彼女には気付いていない。
「あれ? のりっちさん?」
サーニャも、範子が来ることを知らなかったので、彼女を見て小首を傾げた。
範子は名前を呼ばれて初めてサーニャに気付き、更に目を丸くした。
「綾波さん、どういうこと?」
楽人がわざとらしく尋ねる。
貴巫女は範子の背中を両手で押しながら楽人たちに近寄り、こちらもわざとらしく確認した。
「須磨君、サーニャさん、おはよう。家を出たら範子に会ったの。一人増えたけどいいわよね?」
「貴巫女っち! どういうこと? あーし聞いてない!」
範子は振り返って親友を批難した。
「あら、そうだったかしら」
「バリ言ってない! 須磨っちに会ったからあーしママにめっちゃ怒られるっ!」
範子が悲壮な顔で訴える。
「大丈夫よ。範子は知らなかった。偶然会っただけなんだから」
しかし貴巫女は動じず、優しく猫撫で声で範子を諭した。
「そんなん無理っ!」
「でももう会っちゃったわよね」
「うぐっ!」
範子は今更逃げても遅いことに気付いて、言葉に詰まった。
「もう会ったことは取り消せないんだから、素直に遊びましょ。お母さんには私も一緒に言い訳してあげるから」
「…約束だかんね」
「うん、約束」
範子が渋々折れたのを見て、貴巫女は有無を言わさず歩き出した。
「立ち話もなんだし、続きはカラオケに行ってからにしましょう」
黙って成り行きを見守っていた楽人とサーニャは、その強引さに思わず顔を見合わせた。
サーニャが笑顔になって彼の腕を引っ張り、貴巫女の後に付いて歩き出す。
「あっ!」
範子は置いて行かれそうになって、慌てて追いかける。
楽人の隣に並んで顔を間近に見ると、さっきまでの憂いは嘘のように消えた。
笑顔になって彼の腕に抱き付くと、それなりに大きい胸が腕の形に潰れ、釣られた楽人の身体が範子の方に数ミリ傾いた。
サーニャはそれに嫉妬よりも面白さが勝り、更に楽人に体重を預けた。
楽人が幾ら人より鍛えていると言っても、二人分の体重は軽くない。
彼は両腕に柔らかい感触を感じながら、意識して姿勢を維持する。
先頭の貴巫女が上手く通行人を捌きながら、一人と人目を憚らない三人は、一路カラオケボックスを目指すのだった…。
人目とは無視するものなり




