マッチング
トゥルルルッ、トゥルルルッ…
夕方。
楽人とサーニャが部屋で勉強を再開していると、楽人の胸ポケットでスマホが鳴り出した。
「ん?」
楽人がスマホを取り出して見ると、電話の相手は“綾波貴巫女”と表示されている。
サーニャが興味を引かれて顔を上げたが、楽人は彼女を手で制して立ち上がり、部屋を出てから電話に出た。
「はい、須磨です」
『こんにちは、須磨君。今良いかしら?』
「大丈夫だ。綾波さんから電話なんて珍しいな」
前回がいつかと問われたら、答えに困る程度には珍しい。
『そうね。明日暇だったら一緒に遊ばない?』
「え?」
貴巫女からごく自然に誘われて、楽人は固まった。
『聞こえなかった? それじゃあもう一度言うわね。明日時間があるなら、付き合って貰えないかしら?』
楽人が聞き逃したと思った彼女は、先程よりもゆっくりと丁寧に言い直した。
「…それって、俺が綾波さんと出掛けるってことでいいのか?」
『そ。サーニャさんも誘って、カラオケに行かない?』
「う~ん…」
(範子ならまだしも友人の綾波さんが俺を? しかもサーニャも? もし約束だけして範子とデートさせる気なら、最初からサーニャを呼ぶはずが無いよな…)
『どう?』
「…何を考えてる?」
『言わないと駄目?』
「内容に因る」
んん……ふぅ………ぇは…………っく………ぁか…………
貴巫女は言葉にしようとしては躊躇い、それが艶っぽい息遣いとなって楽人の耳を擽った。
(そんなに言い難い理由なのか?)
…ぇも…………んぁ………って…………もぅ………
暫くそんな状況が続き、楽人が痺れを切らして声を掛けようとした時、貴巫女は漸く言葉を口にした。
『…………範子には言わないでね』
貴巫女は声を落として先に断った。
『範子ね、お母さんから夏休みの課題が終わるまで、須磨君と会うのを禁止されてるの』
(ん? もしかして本当にデートの代理予約?)
『だから私が須磨君に会わせてあげようと思って…』
普段は歯に衣着せない彼女にしては珍しく、歯切れが悪い。
「いや駄目だろ、それ」
『平気よ。だって禁止されてるのは範子から須磨君に会うことだけ。飽くまで約束するのは私と須磨君。範子は何も知らずに私に付いて来たら、偶然須磨君が居たから一緒に遊ぶだけだもの』
(典型的な故意犯だな。まあカラオケ自体はサーニャも喜ぶだろうから…)
楽人がドアの隙間から部屋の中を覗くと、サーニャは真面目に勉強をしている。
「…サーニャに確認してみる」
『! お願いするわ』
貴巫女は先ほどより少し明るい声で、藁にも縋る思いで頼んだ。
楽人は電話を保留して、ドアを開けてサーニャに尋ねた。
「サーニャ、勉強中に済まない」
「どうしたのガクト?」
サーニャは手を止めて顔を上げる。
ノートに書かれている文字は、電話の時間相応に増えていた。
「綾波さんから、明日カラオケに行かないかって誘われた。一緒に行くか?」
「行きますっ♪」
サーニャは即答してから、
「…綾波さんって?」
首を傾げた。
「貴巫女さんだよ。茶髪でショートボブの子」
楽人が手でショートボブのラインをなぞって見せる。
「キミコさん! 覚えています。あの物静かな人ですよね♪」
するとサーニャも、ショートボブのラインをなぞった後、その手を自然に、タンクトップの内から押し上げられた膨らみの上に載せた。
(…わざとじゃないんだよなぁ、これ)
単なる自然な流れなのだと理解していても、楽人は自身を魅了して止まないサーニャの豊かな膨らみに目を奪われた。
「それじゃあ、サーニャも行くって返事しておくよ」
「はいっ♪ お願いします♪」
サーニャの了承を得た楽人は、再び部屋の外に出て電話の保留を解除した。
「サーニャの了承を貰った。綾波さんのことしか伝えていない。それでいいんだよな?」
『須磨君、ありがとうっ!』
貴巫女にドライな印象を持っていた楽人は、彼女の喜びように違和感を覚えた。
「綾波さんはどうしてこんなことを?」
『…え?』
貴巫女は一瞬驚いた後、少し考えて答えた。
『…私今、範子の勉強を見てるの。だから新学期に間に合わせるために、やる気を出させたいというのが理由ね』
「それなら答えを写させた方が早いだろ」
『それじゃあ範子の為にならないじゃない。それに何だか、私が負けた気になるもの』
貴巫女は当然のことのように言い切った。
(見た目に反して負けず嫌いなんだ)
楽人は目から鱗が落ちた。
前半は他人に頼っている時点でもう遅いのだが、後半は彼にも納得できた。
「それなら仕方ないな」
『ありがとう。この借りはいつか返すわ』
「期待せずに待ってる」
(サーニャと仲良くしてくれるだけで十分なんだけどな)
とは思いつつも、それは言葉にしなかった。
『ふふふっ。それじゃあ明日の10時、月凪駅の南改札口前でいいかしら?』
「分かった。じゃあ明日」
『うん、またね』
* * *
スッ
「範子、明日カラオケ行こっか?」
貴巫女は楽人との電話を切ると、自室の襖を開けて、中で今日も夏休みの課題と格闘している範子に話し掛けた。
「え?! ま!?」
範子は親友からの突然の誘いに驚いて、問題用紙から顔を上げた。
彼女は連日の猛勉強にも関わらず、身なりは綺麗で、髪型も服装もしっかり決まっていた。
しかも今日は何故かチャイナドレスを着て、頭の上に二つのお団子を作っている。
それもこれも、貴巫女が彼女のモチベーションを維持させるため、毎日家に帰らせ、十分な休憩と睡眠を取らせているからに他ならない。
「今までしっかり勉強してきた御褒美よ」
「貴巫女っちマジ女神っ☆」
ガツンッ
範子は立ち上がろうとして、テーブルに膝を思いっきりぶつけた。
その拍子にテーブルの端が持ち上がったけれど、直ぐに重力に負けて畳に脚を着いた。
「ったぁ~~~いっ!」
範子が痛みで畳を転がる。
「はぁ…。その代わり、明後日からは課題のラストスパートよ」
貴巫女は肩を落として呆れながらも、しっかりと釘を刺した。
課題はまだ終わったわけでは無い。
「うぇ~い…」
範子は涙目になって、真っ赤になった膝小僧を擦りながら返事をした。
貴巫女は彼女の元に屈み込んで、怪我の具合を確かめる。
「うん、大丈夫」
「貴巫女っちぃ~~~…」
範子が涙目で訴えたので勉強の再開は十分後となったが、その分だけ終了時間も延びた。
課題の総量が決まっている以上、先延ばしは通用しないのである。
然もありなん




