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模試

「さて、今度こそ勉強を始めるか」

「はいっ♪」


 自分の似顔絵が綺麗になって満足したサーニャは、とても良い笑顔で元気よく答えた。

 彼らが外出から帰ると、部屋の隅には小さなテーブルが立てかけてあり、横には座布団が二枚重ねてあった。

 母親の仕業である。


 彼らは母親に感謝してテーブルを倒し、座布団を敷いて対面に座った。


「まずはサーニャの今の実力を確認しよう」

「はいっ♪」


 楽人はやる気満々のサーニャの前に、一枚の問題用紙を置いた。

 去年の一学期中間テスト、国語の問題用紙である。


「済まないが答案用紙は使用済みだ。答えは大学ノートに書いてくれ」

「わかりました♪」

「テストは一時間。それでは……始めっ!」


 楽人がそれっぽい掛け声を掛けると、サーニャは問題用紙と睨めっこを始めた。


(さて、俺も今の内にっと…)


 楽人はテーブルにノートパソコンを置いて起動した。

 見慣れないノートパソコンの背面に、サーニャは興味を唆られた。


「あれ? ガクトは何をするんですか?」

「勉強」


 楽人は素っ気なく答える。


「何の勉強ですか?」


 それが余計に気になってしまい、サーニャも引かない。


「法律。…喋ってる間にも、時間はどんどん減っていくぞ」


 テスト中に余計なことを考えて時間を潰してしまうというのは、誰もが一度は経験する通過儀礼。

 楽人は本番前に経験させておくのも、悪く無いと考えた。


「あっ、えっ、待って下さい?! それって難しいんじゃないですか?」

「まあ俺は受験する訳ではないから」


 楽人はノートパソコン上でデジタル版の六法全書を広げると、読書(・・)を開始した。


 ――彼にとっての法律とは、身を守る術であって武器では無い。

 一般人の延長線上であって、検察官や弁護士、裁判官とは目指すところが違う。

 …少なくとも彼はそう思っていた。


(法科大学院を目指すならその前に大学卒だ。気が早過ぎる。それよりも…)


 楽人は自分の通う高校の編入条件を、教育三法と比較してみた。




――――――――――――――――――――


月仰(つきあおぎ)高等学校、編入試験要綱


申請時期:3月、9月


試験日 :4月、10月


編入要件:高等学校を中退後、別の高等学校に入る。

     中退前に取った単位は維持される。

     帰国子女は事前に相談して、出願資格を審査する。

     【リアライザー】の場合、義務教育9年間に相当する学歴は不問とする。


試験内容:筆記試験は国語、数学、英語の三科目。

     試験範囲は前年度の内容。

     合格ラインは70点。


面接  :保護者同伴。

     【リアライザー】の場合は【共生者】、もしくは【共生者】の指定した保護者が同伴。

     【リアライザー】当人が戸籍上成人している場合も同様。


書類審査:主に学歴を含む経歴、志望理由を確認。

     【リアライザー】の場合、原作での設定が経歴に含まれる。


――――――――――――――――――――




 当然、教育三法に反するようなことは無く、概ね一般的な高等学校と同じ条件だった。


(やっぱりサーニャには厳しいな)


 編入は一般的に、以前通っていた学校と偏差値が近いものを選ぶ。

 しかし、サーニャは【リアライザー】なので学歴が存在しない。

 原作でどれほど高い学歴を誇っても、絵に描いた餅。

 何の役にも立たない。

 学歴ゼロの人間が簡単に合格できるなら、誰も苦労しないのである。


(合格ラインは七割かぁ……範子あたりだと、うちと同レベルの学校には編入できないな)


 彼の脳内に、自称クラスの情報通の手塚や、範子のギャル友こと貴巫女の顔が浮かぶ。

 『80点』と書かれたビルの窓から手を振る二人。

 『10点』と書かれた犬小屋から顔を出す、泣き顔の範子。

 サーニャがビルの壁をウォールクライミングし始めて、『50点』と書かれた辺りで手が滑って落下……と言うところで、彼は妄想を振り払った。


(…面接は、俺と母さんが同行できるから心配要らないかな?)




――――――――――――――――――――


「特技にあるデッドエンド・インフェルノとは何ですか?」

「魔法です♪」

「え? 魔法?」

「はい。隕石が降ってきます♪」

「隕石……それが我が校で勉学に励むにあたり、何のメリットがあるとお考えですか?」

「隕石の研究ができます♪」

「…そうですか。それでは使って見せて下さい」

「わかりました…『…全ての(R~WK)辿り着く(QSLZH)先に(XGI)…』」

「止めいっ!」


 スパーンッ


――――――――――――――――――――




 楽人がスリッパでサーニャの後頭部を叩いたところで、妄想は終了した。


(サーニャなら普通にやりそうだからなぁ……面接の事前練習は必須か。それに書類の確認もか…)


 いくら設定通りでも、ゲーム内の魔法を書かれては学校側も溜まったものでは無いだろう。

 無論、これが『人魚なのでえら呼吸ができます』とか、『蛇人間なので赤外線が見えます』みたいな、実際に出来ることなら話は別なのだが…。


 パーンパパパパパーンッ


 楽人のスマホから、超大作RPGのファンファーレみたいな音が鳴った。

 テスト開始から一時間が経過したのだ。


「サーニャ、一時間経った。テストはそこまでだ」

「えっ? まだ全部終わってません」


 サーニャが驚いて顔を上げる。


「時間配分を考えるのもテストの醍醐味だよ。採点するからノートを見せて」

「はぁい…」


 サーニャは項垂れながら、回答を記入していたノートを両手で持って差し出した。


「どれどれ…」


 楽人はノートを受け取ると、赤ペンで正解を記入してある、当時の答案用紙と見比べて採点を始めた。


 サーニャは立ち上がって楽人の隣に座り直し、豊かな胸の前で両手を重ねて、緊張しながら採点の様子を見守った。


 ノートに記入された回答は、順番に八割ほど書き込まれていて、その八割ほどが正解だった。

 典型的な時間切れである。


「62点」

「それっていい点数なんですか?」


 サーニャが首を傾げた。


「頑張れば合格できる」

「わ~い、やったーっ♪」


 サーニャは喜んで、両手を広げて楽人に横から抱き付いた。

 柔らかく大きな二つの膨らみが、彼の肩を挟んで形を変える。

 楽人が抱き返せない姿勢をもどかしそうに身動ぎをすると、それに合わせて彼女の豊かな胸が柔らかく歪み、


「あんっ♡」


 彼女は小さく喘ぎ、


「んっ、んっ…♡」


 そのまま離れようとせず、彼の肩を胸で挟んで抱き付いたまま、もどかしそうに身体を微妙に揺らし始めた。

 楽人はサーニャの胸を押し退けるように、そちらを向いた。


 ぶるんっ


「はぁんっ♡」


 大きな胸の片方が押し退けられて、元の形に戻った反動で、ぶつかったもう片方の胸も小さく揺れた。


「サーニャ…」


 楽人はサーニャの脇の下に両手を入れて抱き寄せる。


「ガクト…」


 サーニャも潤んだ瞳で顔で見つめ返す。

 二人の顔が近付いていき…



 * * *



 小一時間後。

 あの後、ねっとりした口付けを交わし、そのままベッドに移って激しく致した。

 夕方近いとは言え昼間から。

 最近は墓参りやら何やらと御無沙汰で、お互いに溜まっていたのだ。

 シャワーを浴びて部屋に戻って来た後、


「それじゃあ、次は数学のテストを始めるぞ」

「はいっ♪」


 心機一転、二人は夕飯までにもう一教科くらいと思ったのだが…


「…わかりません…」


 開始10分足らずで、サーニャが音を上げた。

 “ミレニアム戦記”はフィクションの御多分に漏れず、まともな数学描写なんてものは存在しない。


 当たり前である。

 誰がゲームの中でまで、リアルな数式の是非を求めると言うのか。

 そんなのは小説かノベルゲーにでも任せておけば良いのだ。


 …当然0点である。


「じゃあ、次は英語だ」


 わからないものを続けても仕方が無いので、楽人は最後の問題用紙をサーニャの前に差し出した。


 パンッ


「…はいっ!」


 彼女は次で名誉挽回とばかりに、自分の両頬を叩いて気合を入れた。




「……ひっく…わかりま…せん……ひっく…ひっく…」


 十数分後。

 そこには泣きじゃくるサーニャの姿があった。


 最初の方はまだ良かった。

 知ってる単語を見つける度に喜んで、細々とノートにメモをしていった。

 しかし、メモは増えども、答えは増えず。

 問題用紙をどこまで読み進めても答えが一つも分からず、次第に表情が曇っていった。

 問題用紙の最後までメモが終わってしまい、問題用紙とメモを見直してもやっぱり答えが分からず、彼女は降参したのである。


「泣かなくていい。仕方ないんだ」


 楽人は数学の時点である程度予想していたので、サーニャの横に回って頭を撫でてやった。


「ガクト~~~っ」


 サーニャは楽人に抱き付いた。

 お互いの鼻を、同じ石鹸の匂いが擽った。


(【リアライザー】が原産国の言葉しか話せないの、知ってたしな)


 そう、【リアライザー】が原作の原産国の言語を話すことは、初期から話題になっていた。

 それは作中で多言語を離す場合も、例外では無い。

 現実は非情なのである。


 しかしその反面、他の言語の習得速度は設定の影響が大きい。

 一般的に、一つの言語の習得は千時間程度で可能とされるが、語学が堪能で写真記憶を持つ【リアライザー】は、一か月掛からずで習得したという噂もある。


(数学と英語は小学生からやり直すようなものだからなぁ…)


 それが楽人がサーニャの編入を無理だと判断した理由。

 それは未就学児に二ヶ月足らずで高校レベルの数学と英語を覚えさせるようなもの。


 母親に夕飯の支度が出来たと呼ばれるまで、楽人はサーニャの頭を撫で続けるのだった…。

実際に千時間で話せるかは個人差が大きいです

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