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落書き

 ガチャッ


 昼食後。

 楽人とサーニャが物置き部屋に入ると、中には所狭しと物が置かれていた。


 普段着ない服を片付けたタンスや、買い置きのティッシュペーパーやトイレットペーパー、防災用の水のペットボトルや保存食といった物を始め、雛祭り人形の入ったケース、何の動物か分からない木彫りの置き物、壊れた玩具の詰まったダンボール箱、何語か分からないお札で封印された木箱、いつから使っていないのか分からないスキーセット…。


 足の踏み場があって、誇りも溜まっていないのは、母親の几帳面さの現れ。


「ガクト、何をするんですか?」


 普段、サーニャたちが物置きに入るのは、日用品の出し入れや、偶の掃除の時くらいのもの。

 勿論、今日はそのどちらでも無い。


「あった、あった」


 楽人は直ぐにお目当てのダンボール箱を見つけると、屈み込んで蓋を開けた。

 中には教科書やノートなどが、ギッチリ詰まっていた。


「うちの高校の編入試験だからな。去年の教科書やテストが役に立つはずだ」


 楽人が教科書の一冊を取り出して見せる。


「うわぁ、ありがとうございます。これがガクトが使っていた教科書なんですね…」


 サーニャは教科書を受け取ると、パラパラと中を捲って感慨深げに流し見た。


「…あっ!」


 サーニャは何かに驚いて、ページを捲る手が止まる。


「何かあったか?」


 楽人は虫でも挟まっていたのかと思って、立ち上がって向かい側から教科書を覗き込む。

 サーニャは教科書を一ページずつ戻し始めた。


「あっ…」


 今度は楽人が声を上げた。

 サーニャが見つけたのは、教科書に落書きされた、“ミレニアム戦記”のキービジュアルのサーニャだった。

 素人が見様見真似で描いたにしてはそっくりで、【リアライズ】した目の前のサーニャにも面影が似ている。


「わたし……ですよね?」


 尋ねるサーニャの顔は呆然として感情が伺えない。


「そうだよ。去年、“ミレニアム戦記”を見ながら描いたやつだな」


 楽人は懐かしそうに答えた。

 それは去年の夏頃、“ミレニアム戦記”二周年を越えても、サーニャの新衣装が実装されないことを嘆き、彼が手慰みに描いたもの。


 サーニャはまだ、自分の描かれたページに見入っていた。


「気に入ったなら、サーニャにあげるよ」


 サーニャはキョトンとして、教科書から顔を上げて楽人を見た。


「そのままだと掠れるだろうから、後でラミネートフィルムでも買ってきて保存しようか」


 シャープペンシルで描いた落書きなので、既に少し掠れている。


「いいんですかっ?!」


 サーニャが身を乗り出す。

 二人の顔が、キスでもしそうなくらい近付く。


「勿論だよ」


 楽人は笑顔で肯定する。


「ありがとう…♪」


 サーニャは感謝すると、そのページが折れたりしないように、そっと閉じて胸元に抱き締め、幸せそうに瞳を閉じた。

 楽人はその姿を一頻り慈しむと、教科書の入ったダンボール箱を抱え上げ、サーニャが目を開けてから声を掛けた。


「行こうか」

「…うん」


 サーニャは頷いて、物置き部屋を出る楽人に続いた。

 楽人の部屋に行く途中、サーニャはふと何かに気付いた。


「…ガクト、もしかして他にもある?」


 それは小さな疑問。


「う~ん……多分、それ一つだと思う」


 楽人が覚えている限り、大抵は適当に描いたり、描いている途中で飽きたりして、消しゴムで消していた。

 しっかり描いて消すのが勿体ないと思って残したのは、一つだけのはずだった。


「多分ということは、あるかもしれないんですねっ!」


 サーニャが目を輝かせて楽人に詰め寄る。


「…分かった。見つかったらサーニャにやる」

「ガクトぉーーーっ!」


 サーニャが喜んで楽人に背中から抱き付き、その柔らかい脂肪の塊が二人の間で扁球状に潰れる。

 楽人は少しバランスを崩したが、何とか踏み止まった。



 * * *



 サーニャは楽人の部屋に戻ると、早速落書きを探し始めた。

 対象は“ミレニアム戦記”のサービス開始以降の教科書やノート全部。

 つまり、三年分。

 片っ端から、隅から隅まで、目を皿のようにして調べた結果、彼女は三枚の落書きを見つけた。


 一つは、赤と白のサンタ風コスチュームを着たサーニャ。

 一つは、ハート形のチョコを差し出しているサーニャ。

 一つは、胸元のワッペンに『さぁにゃ』と書かれた、旧スクール水着を着たサーニャ。


 無論、そんな別衣装が不人気のサーニャに存在するはずもなく、いずれも当時実装された別のキャラを参考に描かれたもの。

 そのため、最初の落書きに比べると出来は今一つ。


 楽人は恥ずかしがったけれど、同ゲームの【リアライザー】であるサーニャからすれば普通の衣装。

 冷たい目で見られることは無かった。


 しかし、それでも勉強をする雰囲気で無くなったことには変わりが無い。

 そこで彼らは、駅前の百円ショップDAIMOに出掛けて、ラミネートフィルムや試験勉強用の筆記用具などを購入。


 サーニャは落書きを額縁に飾りたがったけれど、楽人に「自分に見られながら寝たいか?」と聞かれると、真顔で首を横に振った。


 代わりに大きめのクリアファイルを買って帰り、ラミネート加工した落書きをファイリングして、楽人と共有の机の本棚に並べられた。

勉強に誘惑は付き物

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