承認
「お義母様、わたしガクトと勉強がしたいです!」
「いいわよ」
居間に飛び込んで来たサーニャの懇願を、母親はテーブルを拭く手を止めて顔を上げ、あっさり承認した。
「えっ、いいんですか?」
あまりの呆気無さに、サーニャは鳩が豆鉄砲を食ったように驚いて唖然とした。
「だってサーニャちゃん、楽人と一緒に居たいんでしょう?」
勉強と言わないところが理解者だった。
「はい」
サーニャも正直に頷くと、心配そうに尋ねた。
「…でも、家事とか……お金とか……いいんですか?」
彼女は常々、自分が義両親に負担を掛けているのではないかと心配していた。
その気持ちは、現代社会を理解するにつれ増していった。
義両親は彼女に好くしてくれるけれど、それに無条件で甘えられるほど、彼女は傲慢でも恩知らずでも無かった。
そんな彼女にとって、家事は数少ない恩返し。
母親にあっさり承認されたお陰で少し熱が冷めて、改めて自分のお願いが我侭だと気付いた。
「あらあら、サーニャちゃんったら。私一人だと家事が心配なのかしら?」
母親は口に手を当てて含み笑いをした。
「そっ、そういう意味じゃないんです、お義母様ぁ~」
サーニャは母親が誤解したと思って、慌てて否定した。
「冗談よ。私もお父さんも、もうサーニャちゃんを本当の娘だと思っているの。だからもっと甘えてもいいのよ?」
「…ほんとうにいいんですか?」
「んっ」
母親は両手を広げて慈しみに満ちた笑顔を浮かべた。
「お義母様ぁ~っ」
サーニャがその胸に抱き付き、母親は彼女を抱き返した。
母親は一頻り彼女の頭を撫でた後、手は止めずに、彼女に囁くように話し掛けた。
「サーニャちゃん」
「はい…」
サーニャは母親の胸に顔を埋めたまま返事をした。
「学校に通うのはいいけれど、楽人と同じ学校しか認めないわよ」
「はい…」
サーニャは、「何を当たり前のことを」と思いながら返事をした。
「そうしないと楽人が嫉妬して泣いちゃうからね」
「待てぇいっ!」
楽人が思わず突っ込んだ。
「嫉妬しないの?」
母親が真剣な表情で楽人を見つめる。
サーニャも釣られて彼を見る。
母親の言う嫉妬とは無論、彼の見ていない所でサーニャに悪い虫が付くことである。
「…する」
楽人は肩を落として項垂れた。
サーニャはそれを聞くと、嬉しくて顔が真っ赤に火照った。
その様子を見て母親がニヤニヤと含み笑いをする。
「それじゃあ、サーニャちゃん」
彼女はサーニャの頭を撫でる手を止めた。
「…はい?」
サーニャは母親の胸から火照った顔を上げて彼女の顔を見上げた。
「楽人をもっと虜にする、美味しいお昼御飯を作りましょうか?」
「はいっ♪」
実の親子か、義理の親子かなんて関係ない。
そこにあるのは紛れも無く、本物の母娘の姿だった…。
* * *
ズルルル~っ、ごくんっ
「それで、音無先生に相談しようと思うんだけど」
楽人は口の中身を飲み込んで、今後の予定を述べた。
今日の昼食は、熱々のかき揚げ蕎麦。
かき揚げもサーニャと母親のお手製で、定番の玉葱、人参、牛蒡に加えて、椎茸や冷凍の桜エビなども入って色取り取りだった。
カリッ、カリッ
「そうねえ…。手続きの事とかもあるし、それがいいかしら」
母親は一足先に蕎麦を食べ終わり、お茶を飲みながら漬物を摘まんでいる。
もぐもぐ…
「手続きって大変なんですか?」
サーニャはかき揚げを頬張って、頬をリスのように膨らませながら尋ねた。
「どうだろう? でも学校の方は、もうホームページも更新してる。【リアライザー】を受け入れる気満々みたいだね」
楽人は左手で胸ポケットのスマホを取り出してテーブルに置き、学校のウェブサイトを開いて、隣のサーニャに見せた。
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当校では本年10月より、【リアライザー】の受け入れを開始いたします。
入学、編入ともに通常通りの流れとなっております。
当校の編入試験は3月と9月、編入は4月と10月になります。
ご質問等ございましたら、お気軽にご相談下さい。
電話番号:xxx-xxx-xxxx
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【超生物保護法・教育関連】の公布から、僅か三日とは思えない対応の早さである。
実のところ、【超生物保護法】の時の人権擁護団体と同じように、信頼ある教育機関には政府から事前に連絡が入っていた。
政府が何を以て判断したか公表されることは無い。
しかし、
「多分、オタク同好会の活動が評価されて、事前に連絡でもあったんだろうな」
楽人は音無静香とユントロ、オタク同好会の女生徒たちの顔を思い浮かべた。
彼の想像は概ね当たっている。
しかし、学校側の事情に疎い彼は、それの政府へのアピールを忘れなかった教頭が真の功労者であることまでは想像も付かなかった。
「やるわねー、音無先生」
「むむむ…」
母親が静香を褒めると、サーニャは微妙な対抗意識が芽生えた。
(サーニャちゃんには、もっと我侭を言えるようになって欲しいわね)
ゴクゴク、トンッ
楽人も蕎麦を食べ終わり、残った汁を飲み干して丼を置いた。
「御馳走様でした。…音無先生には夜になってから電話しようと思う。仕事中に私用の電話なんて迷惑だろうし……どうかな?」
楽人も、サーニャが静香を意識していることを敢えて無視をした。
サーニャは彼の女性への評価を認めないほど狭量では無く、また、彼らの信頼関係もその程度で揺らぐほど脆くも無い。
ポンッ…ジョボボボボ…
母親がポッドから急須にお湯を注ぐ。
「そうね。学校を通さない相談なら、その方がいいかしら」
(ホームページの変更が終わってるってことは、もう暇だと思うけどね)
楽人が母親の視線に気付いて頷く。
急ぐ必要の無いことで、危ない橋を渡ったり、他人を急かしたりしない。
母から子に受け継がれた、人生の秘訣だった。
じゅるじゅるじゅる~~……はむはむ……んっんっんっ……
それに関して特に意見の無いサーニャは、汁が染みてボロボロになったかき揚げを、蕎麦と一緒に啜って食べ干すと、丼を持ち上げて汁も美味しそうに飲み干した。
彼女は多少のカロリーより、残すことを気にする側である。
「ふぅ~~~っ。ごちそうさまでしたぁ♪」
彼女が満足そうな顔で言うと、
「はい、サーニャちゃん」
母親が何時の間にかお茶を淹れた湯呑を差し出した。
「ありがとうございます、お義母様♪」
サーニャは両手で湯呑を受け取って、美味しそうに口を付ける。
一緒に昼食を作った彼女に、お粗末様の返しは無い。
数分後。
漬け物を食べ終わった楽人は「ごちそうさま」と言い、二人から「お粗末様でした」と返されるのだった。
ごちそうさまは作った人も命に対して!




