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番外編:バッドエンド6

「ありがとうね。私は幸せ者だよ」


 病院のベッドの上、花畑咲はその言葉を最期に、家族に見守られながら息を引き取った。


「母さん…」


 長女の美那子が静かに涙を流しながら、握っている咲の手を下ろした。

 次女の微巳も、その息子の莎阿も、その嫁の葛奈も、悲しげな目で咲を看取った。


 シュピニオンはベッドの反対側に座り、咲のもう片手を握っている。

 彼の黒と赤の全身タイツに覆われた顔に涙が伝う。

 例え非常識に見えても、【リアライザー】に常識は通用しない。


 花畑咲は女手一つで育てた娘二人と、孫夫婦と、憧れたヒーローに見守られながら、その生涯に幸せな最期を迎えて逝った。











 葬式の数日後。


「ありがとうね、シュピニオン」


 親子は似るものなのだろうか。

 美那子は駅の改札前で振り返り、母親と同じ言葉を、母親が愛したヒーローに送った。


 彼女の手には、着替えの入ったスーツケース。

 形見分けには咲の使っていた財布を貰った。

 特別、高級な物では無い。

 ただ、大事に使っていたことだけは判る年季の入った物。

 それ以上は必要ない。

 家に帰ってくれば、いつでも母親と過ごした思い出たちに会えるのだから。




 街に一つだけの駅。

【リアライズ】以来、電車の数が減り、今では何日かに一度しか電車の止まらない田舎駅。

 破壊の跡が無いのは、田舎には稀によくある奇跡。


 駅構内に人の数は少ない。

 停車している唯一の電車からは、誰一人降りようとしない。


 今のご時世、余所者は歓迎されず、知らない田舎の駅で降りれば、次の電車が来るまで何日も一人で生きることになりかねないのだから当然だ。




「オレは連絡をしただけだ」


 シュピニオンは静かに首を横に振る。

 彼は咲の最期が近いと美那子を呼び戻した。


 しかし美那子は知っている。

 彼が来てから、微巳(いもうと)たちが素直になった。

 あれほど内弁慶で、咲(はは)や美那子(あね)にきつく当たり、外では扱き下ろしていた面影が、今はどこにも無い。


「いつでも帰って来ていいんだからね」

「微巳…」


 美那子は微巳の優しい言葉に胸が篤くなって頷いた。


「また来年来るわ。それまで母さんをお願い」


 もうこの世に母は居ない。

 けれど母が居た事実(リアル)が消えるわけでは無い。


 美那子は電車に乗り、妹家族に見送られながら懐かしい実家を後にした…。











 ――そして、街中の全ての人間がその場に崩れ落ちた。




 “糸が切れたように”では無い。

 身体中から力が抜けて、糸に支えられるように、ゆっくりと地に横たわった。


 微巳たちだけでは無い。

 駅の係員も、駅構内に居た少ない客も、街中を歩く人も、店をやっている人も、家の中で子守をする母親も、その赤子も、全ての人間が動かなくなった。


 その一部は急にでは無い。

 車を運転する人などは、車などを安全に止めてから動かなくなった。




 ――全ては、偽り(フィクション)だった。




「何も無ければ一年後か」


 その原因が呟いた。


 彼の名はシュピニオン。

 蜘蛛男。

 糸を操る者。


 見えない糸に依って他者の運命を操る者は、神話の時代から居る。

 ならば蜘蛛の化身たる彼が、街一つの住人全てを自在に操ることに、何の不思議があろうか。




【リアライザー】が溢れかえり、世の中が乱れる中、傲慢と詭弁が服を着ている微巳(おんな)たちが、彼に何を求めたかは言わずもがな。

 だから、彼はお望み通りにしてやった。




 ――死ぬことも、苦しむことも無い、ただ生きるだけの操り人形に。




 微巳たちは生物学的に死んでいない。

 脳には全ての記憶が残っているし、生命活動も途絶えていない。

 ただ、自分の意思が無いだけ。


 シュピニオンは糸で彼女たちの脳神経に指示を送り、脳がそれに従って身体を動かし、思考を巡らし、言葉を話す。


 だから家族(みなこ)であっても違和感に気付けない。

 微巳たちの薄汚い本性が表に出ないのは、シュピニオンの指示に過ぎなかった。




「電話が通じるのは助かる。彼らには感謝すべきだな」


 人間社会が崩壊してもインフラが維持されているのは、【Zナンバーズ】の配慮に因るところが大きい。


 それが無ければ美那子から事前に連絡が無く、電車では無くタクシーか何かで来る。

 シュピニオンは常に気を張らなければならない。




「妾(わらわ)には感謝は無いのかえ?」


 シュピニオンの後ろから、艶やかな女の声がした。


 褐色の肌に黒髪のおかっぱ、瞼を強調した濃いアイメイクの絶世の美女。

 その肢体は艶めかしく、衣服は身に着けておらず、大事な部分だけ金色の装飾品で申し訳程度に隠している。


 それは典型的な、クレオパトラをイメージしたエジプト風の褐色の女王。


「貴女にも感謝しております。麗しき異国の宝石よ」


 シュピニオンは振り返り、恭しく彼女に首を垂れる。


 彼が人間を操れると言っても、街一つ分の食料を作れるわけでは無い。


 それに対して、彼女の権能は不死。

 エジプトの女王をイメージして設定された彼女は、肉体の滅びを止められる。

 身体は不死となってもその心は死ぬ、シュピニオンとは似て非なる力。


 彼女のお陰で街の人々は来年も生きて迎えられるのだ。


「ホホホ。愛い奴よ。…そちも来るか?」


 …その対価は男。

 若い男は交代で彼女の玩具となる。

 無論、微巳の息子(シャア)も例外では無い。


「勿体ないお言葉。ですがオレはこの地を離れられない身。辞退させていただきます」


 女王は満足げに笑みを浮かべる。


 この世に【リアライザー】は多い。

 【リアライザー】の女性は美人や美少女が普通であり、姫や女王も多い。

 流石に織田信長ほど多くは無いが、褐色美人の需要から、エジプト女王系【リアライザー】も少なくない。


 そんな世界で、強い意志と誇りを持ち義を貫く男が、自分だけを心から敬愛する。

 それは女冥利に尽きた。


「この地でならば構うまい」


 女王が手の甲を差し出す。

 シュピニオンは片膝を突き、彼女の手を取って唇を数ミリまで近付けてから、顔と手を放した。


 女王は礼儀を弁えた彼を愛おしむように見下ろす。











 ――それからシュピニオンは、たっぷり一週間搾り取られた。




(*´ω`*)「争いの無い優しい世界。平和っていいですね」

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