四十路でも恋がしたい
「…う~ん」
「大丈夫ですか?」
「…あれえ? 楽人君、何で逆立ちしてるのぉ…?」
美那子が目を覚ますと、数十センチ先に上下逆さまの親友の息子の顔があり、寝惚けた頭で不思議に思った。
「美那子さん、お風呂で逆上せたんですよ」
彼女を膝枕している楽人は、呆れるでも無く真面目に答えた。
「んん…」
美那子はまだ夢見心地な頭で、風呂に入ってからのことを思い出そうとする。
「えーとぉ……真理と風呂に入ってぇ……背中流しっこしてぇ……自慢されてぇ……励まされてぇ……おっぱい見てぇ……ぁんこ見てぇ…」
「………」
楽人の顔が途中から別の意味で真顔になったが、美那子は気付かずに続けた。
「…真理が先に出てぇ……ぶくぶくしてぇ……っ?!」
彼女は漸く何があったのかを思い出すと、勢い良く身体を起こした。
ガツンッ
「――ぃったぁっ!」
「――っ!」
二人の額がぶつかり、美那子が思わず悲鳴を上げ、楽人は顔を顰めて声を押し殺した。
身体を鍛えているとは言っても、額まではどうしようもない。
「ご、ごめんなさい楽人君! 大丈夫?」
美那子が額を擦りながら振り返り、もう片手を畳に付ける。
そのバスローブの隙間から浅い谷間とピンク色の突起が見え、楽人は表情も変えずにそっと視線を逸らした。
口で指摘してセクハラ扱いされたく無いからだ。
「大丈夫です。美那子さんこそ大丈夫ですか?」
「―――っ?!」
美那子は楽人の視線を追う。
視界の下で揺れる前の開けたローブに気付いて、顔を真っ赤にして身を引き、両手で胸元を隠して俯いた。
(えっ? えっ? 私もしかして楽人君にドキドキしてる? 真理の子なのに? 年下なのに? と言うより胸を見られた? 見て目を逸らされた? 彼も意識してくれたの? 私みたいなオバサン相手に若い子が…)
美那子は顔が火照るのを感じ、恥ずかしさで顔を上げられなくなった。
一方の楽人は、彼女の綺麗な突起を見て先程のことを思い出したが、別にどうでも良かった。
――そう、楽人は少し前に、美那子の全裸を見ているのである。
―――――
――――
―――
――
―
十数分前。
ずっと湯船に浸かっていた美那子は、サーニャの惚気を聞いている内に逆上せて意識を失い、浴槽に沈んで行った。
慌てたサーニャは美那子を助け起こそうとしたが、人並の力しかない少女に、意識を失った人一人を持ち上げることは難しい。
サーニャは大声で助けを求めた。
サーニャに助けを求められた楽人は、迷わず風呂場に突入。
そこで見慣れた裸のサーニャと、彼女に抱き抱えられることで、ギリギリ溺れず水面から顔を出している裸の美那子を目撃。
楽人は迷わず、服が濡れるのも構わず、浴槽に入って美那子を抱き上げた。
そこに母親が乱入し、息子に美那子を脱衣所へと運び出させた。
母親は脱衣所で美那子の様子を確認すると、既にお風呂のお湯を飲んでいたので人口呼吸を開始。
美那子が息を吹き返すと、身体を拭いてバスローブを着せ、サーニャと二人で居間へ運び出した。
その間、服が濡れた楽人は、母親に言われてシャワーを浴びた。
服を着たまま湯船に入ったので、浴槽は直ぐに使えないからだ。
楽人がシャワーから上がって来ると、美那子を膝枕していた母親が息子に交代させた。
楽人は思い切り嫌な顔をしたが、「目が覚めたら手塚君の膝枕か、貴巫女ちゃんの膝枕。どっちがいい?」と言われて納得した。
そして女性陣は夕飯の支度を始め、父親と祖父もシャワーを浴び終わり、今に至る…。
―
――
―――
――――
―――――
(ふぅ…、冤罪は免れたようだな。胸は小さいけど独身で一応美人だから、疑われたら面倒になるところだった…)
楽人は相変わらず失礼な感想を抱いていた。
実際のところ、美那子は人並。
彼女が小さいのではなく、楽人の比較対象がおかしいだけである。
巨乳の多いソシャゲヒロイン。
大きさだけならそれを僅かに上回る、眼鏡の女教師。
一回り見劣りするが十分に規格外の母親。
高校生離れしたスタイルのギャル。
勿論、貴巫女やメスリンのように小さい女性も居るには居るのだが、彼が仲の良い女性は大きい傾向にあった。
「ご飯、できましたよ~♪」
サーニャの甘い声がキッチンから居間に届く。
美那子や楽人の葛藤を余所に、少し遅い夕飯となった。
* * *
夕飯は簡単な有り合わせだった。
時間も遅く、皆のお腹もあまり空いていなかったからだ。
御飯に豆腐とネギの味噌汁、ナスの浅漬け、オクラとキュウリとトマトと長芋の生野菜サラダ、ジャガイモいんげんパプリカにんにくズッキーニのグリル、昨晩の残りの肉じゃが。
動物性たんぱく質は少ないが、夏バテ防止には十分なレパートリー。
食事は最初、あまり会話も無く、静かだった。
皆、朝から色々あって疲れていたこともあるが、美那子が俯いたままで気不味いことも無関係では無い。
美那子にしても、場の雰囲気を悪くしたくは無かったが、恥ずかしさでそれどころでは無かった。
(……ううっ……恥ずかしい……)
年下の男の子に、胸を見られたことが恥ずかしい。
年下の男の子に、膝枕されていたことも恥ずかしい。
年下の男の子に、だらしない裸を見られたのも恥ずかしい。
年下の男の子に、ドキドキしていることも恥ずかしい。
美那子の頭の中では、恥ずかしく感じた状況が何度も繰り返し再生されていた。
その度に俯いた彼女の顔は真っ赤になり、余計に顔を上げられなくなっていく。
普段の彼女なら真っ先に、他人の家の風呂で溺れたことを恥ずかしがるところ。
しかし、真理の言葉で女であることを強く意識し、サーニャの惚気に中てられた直後に起こった痴態の数々。
これで意識するなと言う方が無理だった。
(……でも、嬉しかった……私、惚れちゃったのかな…親友の息子なのに……)
美那子は俯いて食事をしながら、横目で楽人を盗み見た。
ドキンッ
(…ヤバい! これ絶対ヤバいやつ! だって楽人君、彼女居るんだよ? 真理の息子なんだよ? 親子みたいな年齢なんだよ? し、深呼吸。こっ、こういう時は深呼吸よ、美那子っ…!)
美那子はこれ以上は不味いと考えて深呼吸をした。
スー、ハ―、スー、ハ―
(…この町を出よう)
深呼吸をして少し落ち着いた彼女が出した結論はそれだった。
もうこの町に母親は居ない。
母親が愛し、母親を愛した【リアライザー】も居ない。
居るのは母親を食い物にして、貶めた妹たちだけ。
警察署の事情聴取の時に、もう覚悟は決めていたことを思い出した。
彼女にはやることがある。
(やることをやってこの町を出よう)
彼女は顔を上げて宣言した。
その顔にはもう、恥ずかしくて頬を赤く染めていた面影は無い。
「もうこの町に帰ってくることはありません」
頭の中で考え過ぎて、前置きの足りない唐突な言葉になってしまった。
けれど、
「――私も及ばずながら力になるわ」
親友は彼女の心中を理解して、協力を申し出た。
「真理…」
美那子の目が潤む。
「俺も微力ながら協力するよ」
楽人はある意味で、母親以上に彼女の覚悟を理解していた。
(【リアライザー】絡みなら、俺でも力になれるはず…。シュピニオン、俺は死んだ後までサーニャを悲しませたくない。だから…!)
そこにあるのは同情ではなく否定。
しかしそれは、真理の息子らしい優しさを秘めたエゴ。
「楽人く…!」
美那子はお礼を言おうと楽人の顔を見た瞬間、また顔が真っ赤に火照って固まってしまった。
(発破を掛け過ぎたかしら?)
母親は少し後悔した。
彼女としては、親友に「お義母さん」と呼ばれるのは勘弁して欲しい。
「わたしも手伝います」
サーニャには美那子の事情は理解できなかったが、それでも楽人の力になりたくて名乗りを上げた。
父親と祖父母も、控えめにそれに続いた。
…しかし、現実は非情である。
「あ、サーニャと父さんは要らない」
楽人は二人を拒絶した。
「そ、そんなぁ~…」
「なん…だと……!?」
サーニャが泣きそうになり、父親がショックで固まる。
「サーニャには、母さんの分も家事を頑張って貰いたいんだ」
「! わ、わかりました!」
サーニャは必要とされていると分かり、目を輝かせた。
「うむ。それで俺は?」
「アナタ、仕事を休む気なのかしら?」
「うっ!」
父親は妻から的確なツッコミを入れられて、あっさり撃沈した。
(現実的な話、サーニャと父さんは何の役にも立たないしなぁ…)
地元である祖父母と違って、二人には伝手も無いので期待できない。
楽人が母親を見ると、彼女は肩を竦めて微笑むのだった…。
* * *
その夜、美那子は真理と二人で寝た。
二人は昔の話をした。
出会った頃の話、学生時代の思い出の数々、卒業してからの出来事…。
話は次第に美那子の母親のことばかりになり、何時の間にか、彼女は真理の胸に顔を埋めて泣き始め、その内に泣き疲れて眠りに就いた。
防音設備なんて碌に無い田舎の家。
彼女の泣き声は、家中に響き渡った。
誰にだって泣きたい夜くらいある。
それは男でも女でも、子供でも大人でも老人でも、そして人間でも【リアライザー】でも変わらない。
だから彼らは、その泣き声を聞かなかったことにした…。
女の子は何歳になってもプリンセス
いつまでも少年の心を忘れない
そこになんの違いもあr




