事情聴取
ブルーからの連絡を受け取ったレッドは、楽人と父親に状況を説明した。
説明を受けた二人は、即座に花畑家へ入ることを希望。
念のためにレッドを先頭に、楽人、父親、殿に警察官二人の並びで花畑家へと入った。
玄関を開けると直ぐに、“蜘蛛男”シュピニオンの糸でグルグル巻きにされた真理と美那子の姿が視界に入る。
「真理っ!」
「少し離れていてくれ」
レッドは飛び出しかけた父親を手で制した。
レッドは二人の下に屈んで糸の厚みを確認すると、マッドダガーを取り出して加熱させ、彼女たちを傷付けないように慎重に糸を焼き切った。
猿ぐつわのように嚙まされた糸は粘着力が弱く、こちらは手で普通に解くことが出来た。
「真理っ!」
「アナタっ!」
父親と母親が抱き合って感動の再会を果たし、楽人も安心して肩から力が抜ける。
美那子も二人の再会に頬を緩ませた後、肝心なことに気付いて尋ねた。
「シュピニオンたちはどうなったの?」
楽人と父親が顔を見合わせる。
美那子は訝しみ、勘の良い母親は状況を察した。
「一緒に来てくれ」
レッドは事情を語らず、立ち上がる。
美那子たちは彼に従って廊下の奥へと向かった。
* * *
居間に到着した楽人たちを迎えたのは、凄惨な光景だった。
視覚的なものは元より、聴覚的にもである。
戸棚は倒れ、テレビは割れ、テーブルは引っ繰り返り、そこら中に物が散乱している。
壁も、床も、天井も、銃弾によって穴が空いていて、同様に壁にも、床にも、天井にも、蜘蛛の糸がそこら中に貼り付いていた。
床には、黒と赤に白いラインの全身タイツの男……シュピニオンが血塗れで倒れている。
微巳たちは彼に対し、「クズ」だの、「カス」だの、罵声を浴びせている。
それどころか、彼女たちは時折、助けてくれたマッドマンたちにも「遅い」だの、「痛かった」だの、と罵声を浴びせていた。
「あらいやだ、あたしったら」
微巳たちは、居間に入って来た楽人たちに気付くと、罵声を止めて取り繕った。
母である咲にしろ、シュピニオンにしろ、マッドマンたちにしろ、反論しない相手には好い気になって平気で暴言を吐くが、彼女たちは外面は大事にする。
(…もう帰ってもいいかな?)
楽人は頭を抱えたくなった。
結果だけを見れば民間人には一人の怪我人も無く、監禁した【リアライザー】が一人死んだだけだが、その実情はまるで違う。
悪党が自分の蒔いた種で襲われ、正義の味方が復讐者を殺し、悪党がその最期に唾棄している。
会話はスマホを通して聞いていても、目の当たりにするとその嫌悪感は桁が違った。
(人はこうも厚顔無恥になれるものなのか?)
楽人は多くの悪党を見てきた。
小物も居れば大物も居た。
彼自身も酷い目にもあった。
それでも相応の報いを受けるならばと溜飲も下がった。
しかし、目の前の女たちはその報いも受けず、日常に戻ってぬくぬくと過ごすのだ。
彼の心の中には遣る瀬無さが溢れ返ったけれど、彼はそれでも顔には出さなかった。
両親でさえ、気付かない程に…。
彼の両親はそこまで思わなかった。
息子に比べて事件に縁が無いことも理由の一つではある。
しかしそれ以上に、楽人が良くも悪くも若い――変容性を持っている――からだろう。
「シュピニオンっ!」
美那子がシュピニオンに駆け寄って、血で汚れるのも気にしないで彼を抱え起こす。
しかし、その身体には既に生気は無く、腕に掛かる重みが彼女にその事実を伝えていた。
「何でこんなことに…」
美那子が泣き崩れる。
親友の真理がそっと彼女の肩を抱くと、彼女は真理の方を向いて、その胸にしがみ付いて泣きじゃくった。
(…今、分かった…)
シュピニオンの最期を看取ったブルーは、彼の行動理由を誰よりも理解していた。
何故、彼は最後、避けなかったのか。
何故、彼は最初から毒を使わなかったのか。
何故、彼は隙を見て逃げなかったのか。
何故、彼は人質を傷付けなかったのか。
何故、彼は真理の連絡を見逃したのか。
何故、彼は微巳たちを許さなかったのか。
何故、彼はマッドマンたちに正義の在り方を問い質したのか。
≪悪は裁かれなければならない≫
全てはそのためだったのだ。
(…お前の意思は俺が継ぐ)
だから、ブルーはシュピニオンの亡骸に誓った。
彼らの正義によって、悪を正しく裁くことを…。
「事件について事情聴取を行いたいので、ご足労願えますか?」
警察官の片方が、全員に対して申し出た。
「分かりました」
この場で一番関係無さそうな楽人が間髪入れずに承諾して、その場の全員が目を丸くして彼を振り向いた。
(あいつらと同じ空気を吸ってるより、事情聴取の方がマシ)
という、事情聴取に慣れているからこその発想とは、誰も想像できなかった。
「私も行きます」
美那子が真理の胸から顔を上げて名乗りを上げる。
目元は赤く泣き腫らしていたが、そこにはある種の決意があった。
「勿論、私も行くわよ」
「真理~~~…」
「はいはい」
美那子は親友が同じ思いだと分かって、また彼女の胸に泣き付く。
真理は美那子の頭を優しく撫でた。
「えぇー…」
微巳――被害者であり加害者の犯行理由である一番の関係者――が、不満そうな声を上げた。
彼女は事情聴取なんて御免被りたかったが、拒否すれば批難の的なので、察しろムーブに走った。
「確か火災保険は、警察への届けが必要なはずよ?」
真理は微巳の心中を察して、楽人や警察官に視線を送った。
「はい。事件で器物破損が発生した場合、皆さん火災保険のために窓口で被害届を出されます」
話を振られた警察官は、稀によくあることなのでスラスラと答えた。
「直ぐに行った方がいいよね。それに関係者の証言も多いほどいいはずだし」
「そうですね。その方が警察としても助かります」
楽人が母親の意図を理解してフォローを入れる。
「それならしょうがないわねえ。あなたたちもいいわよね?」
微巳は火災保険と聞くと、顔が綻ぶのを必死に堪えながら、仕方無さそうに事情聴取を承諾して、莎阿と葛奈にも賛同を促した。
「僕もいいよ」
「家族ですからね」
莎阿と葛奈もあっさり頷いた。
微巳たちは、その場の全員が彼女たちの所業を知っているとは露知らず、譲歩してあげたとばかりにドヤ顔になる。
「はぁ…」
その場で唯一、ポーカーフェイスが人並の父親が溜め息を漏らした。
「…何か?」
微巳が耳聡く反応して、批難の視線を向ける。
「いやあ……墓参りが遅くなりそうだなと思って」
そう、今日はお盆なのだ。
* * *
花畑家と須磨家の一同はパトカー二台に分乗して、町にある唯一の警察署へと向かった。
美那子は母親に慰めて貰っていたので、須磨家と一緒のパトカーに同乗した。
パトカーが埋まって帰りの足が無くなったマッドマンたちは、花畑家に残って現場保存に努めた。
一方、花畑家と須磨家の一同を乗せたパトカーは、十分足らずで警察署に到着。
微巳たちは中に入ることに戸惑ったが、一番年下で未成年の楽人が平然と入って行ったので、有乎無乎の勇気と無限の自尊心でその後に続いた。
「こちらになります。一人ずつ入って来てください」
案内をした警察官が、取調室の前で説明を始めた。
事情聴取は一般的に、警察官が二人立ち合う。
一人が聞き手となって質問などを行い、もう一人が記録を行うのだ。
微巳たちは一人ずつという点に文句を付けたが、都合の悪い発言を妨害しようとする人間がいる限り、外部の人間に聞こえないように一人ずつ取り調べを行うのは、正しい情報を得るための最低条件。
微巳たちは規則だと言われて引き下がったが、今度は先に聴取をしろと言い出した。
一部の参考人の希望を、警察官が独断で容認することは出来ない。
警察官が美那子や楽人たちを見ると、彼女たちは後で構わないと答えたので彼は安堵した。
(先に済ませたら舌打ちされるに決まってるからなぁ…。どうせ連中の取調べは直ぐ終わるだろうし…)
(あの女性たち、先に入る人、出る人、一々睨みそうだからなあ…)
楽人と父親は親子で似たようなリスク回避が理由。
一方の美那子や母親は、話すことが多いので後の方が他人に気兼ねなく話せるという、優しいエゴイストな理由だった。
順番を話し合うと、あっさり決まった。
微巳、葛奈、莎阿、父親、楽人、母親、美那子の順。
父親を除けば、話すことの少ない順番である。
「それでは微巳さんからお願いします」
そして取調べが始まった。
大方の予想に反して、微巳の事情聴取は三十分近くも掛かった。
99%悲劇のヒロイン気取りで身勝手な妄言を並べ立てていただけで、残り1%が警察官の質問である。
微巳は「火災保険は下りるんですよね?」という圧を掛けた質問に、「今回のような状況ならまず下りますよ」と警察官からお墨付きを貰って、いい笑顔で意気揚々と取調室を退室した。
終わった後、担当の警察官たちが、「内容を纏めるので10分待って下さい」と休憩を求めたのは珍しい事態だった。
「保険大丈夫みたいよ」
機嫌の良い微巳の言葉に、葛奈と莎阿も喜ぶ。
続く葛奈の事情聴取も、シュピニオンや咲の批難は変わらない。
微巳との一番の違いは、「血が繋がっていないのに巻き添えになった自分が可哀想」という不幸アピールの方向性。
火災保険の憂いが無いので微巳よりも落ち着いていて、10分足らずのマシンガントークで速やかに終わった。
三人目の莎阿は先の二人ほど口達者では無いが、やはり被害者アピールに終始。
彼の事情聴取が終わると、「お先」と言って微巳たち三人は元気よく警察署を後にした。
――三人合わせて、実に一時間足らずの事情聴取だった。
短さと言うのなら、次の父親も相当なもの。
何せ、彼には話すことが、全くと言って良いほどに無い。
妻の友人の親と妹と甥夫婦の話なので、本当に赤の他人。
妻のスマホを通して聞いた話が、彼に出来る情報提供の全てだった。
その間、僅か293秒。
楽人は父親以上に赤の他人だったけれど、多少長引いた。
母親のスマホを通して録音した、シュピニオンと微巳たちの会話。
マッドブルーのスマホを通して録音した、花畑家の戦闘中の会話。
それらを警察に提供し、シュピニオンの行動について、【共生者】としての見解を伝えた。
その内容はブルーの見解と近く、後に互いの証言を補完し合うこととなる。
母親は、加害者の【共生者】の娘の親友という立場から発言した。
まず、学生時代の美那子、咲、微巳の人柄について。
それから、美那子から聞いた事情から逆算した、花畑家の事情の正しい証言を得られる候補を理由込みで挙げていった。
対象の職業、人間性、花畑家との関係、持っている情報など…。
それは警察官が思わず唸るほどの洞察力。
普段は笑顔の専業主婦でも、その本質は紛れも無く楽人の母親だった。
「裁判の時には呼んでいただいて構いません」
それは絶大な友情であり、絶対の確信。
事情聴取を終えて取調室を出た彼女は親友に、
「遅くなってごめんなさいね」
と微笑んだ。
父親と楽人は顔を見合わせて、既に居ない三人の行く末を予感した。
そして最後の参考人、花畑美那子。
彼女の事情聴取は長引いた。
花畑家の人々の性格に始まり、彼女が上京した後の金銭の動き、妹の結婚と離婚、母への寄生、母への仕打ちなどを語った。
証拠の一部として、母から見せて貰った妹宛ての催促状の写しなどを見せ、シュピニオンの犯行の同機の裏付けとした。
必要と思われることを全て話し終えても、後から後へと言葉が出て来て止まらなかった。
――二時間を過ぎた頃、お腹が鳴って正気に戻った彼女は、悲しそうに苦笑した。
彼女は話を切り上げ、待合所で待っていた真理たちと合流した。
事情聴取に慣れている高校生…




