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墓参り

 ガチャッ


「ガクトっ!」


 楽人たちが祖父母の家に帰宅して玄関を開けた瞬間、玄関で待っていたサーニャが楽人に抱き付いた。

 楽人も彼女を抱き締め返し、熱い抱擁を交わす。


「ただいま、サーニャ」


 楽人はサーニャを安心させるために、定期的に電話をしていたので、出迎えてくれることを予め知っていた。

 楽人はサーニャを抱き締めたまま、横に避けて場所を空けた。


「ただいまー」

「只今帰りました、お義父さん」

「お邪魔します」


 その隙間から父親と母親と美那子が家に入り、


「うむ」

「おかえりなさい、真理。美那子ちゃんも久しぶりねえ」


 頭上の輝きは主張が激しいのに口下手で口数の少ない祖父と、相変わらず老婆らしいのんびりした話し方の祖母が出迎えた。


「はい。お世話になります」


 美那子は深々と頭を下げた。

 今は実家に帰るのは辛いだろうと思った母親が、彼女を無理矢理家に連れて来た。

 午前中に泣き腫らした彼女の目は、まだ少し赤い。


「お母さん、お腹空いたー」


 母親はそれを隠すように、わざとらしく両親に甘える。


「はいはい。直ぐに食べられるからねえ。上がった上がった」


 祖母は娘の変わらぬ優しさに微笑み、美那子のことは気付かない振りをして家の奥へと誘った。


 祖父母の後に続いて、母親と美那子、父親、そして漸く抱擁を解いた楽人とサーニャが手を繋いで家に上がった。



 * * *



 居間の畳の上に置かれた丸い卓袱台。

 楽人たちが食卓に着くと、直ぐに祖母とサーニャがソーメンを用意して来た。

 ネギにワサビ、ショウガにミョウガ、海苔にキュウリ、大根おろし、梅干しなど薬味も豊富に用意されている。


 いつもなら率先して料理をする母親は、今は美那子の隣に座って精神安定剤と化している。

 その美那子はと言うと、料理を運ぶサーニャの背中に羽や尻尾を見つけて【リアライザー】だと気付き、シュピニオンを思い出して少ししんみり(・・・・)とした。


 祖母とサーニャたちは食事を並べ終えると、一緒に卓袱台を囲んだ。

 祖母は娘たちに、先に食べているよう伝えていたが、彼女たちは断固として待っていた。

 大きめの卓袱台だったが、七人も座ると流石に狭い。

 サーニャが楽人にベッタリ密着していなければ、卓袱台から父親か祖父が弾き出されていたところである。


「「「「「「「いただきます!」」」」」」」


 彼女たちは一斉に挨拶をして、少し遅い昼食を取った。

 食事中、一番動いていたのはサーニャだった。

 一番食べる上に、減ったソーメンや薬味を補充する、祖母の手伝いも張り切った。



 * * *



 食事が終わると、彼らは全員で墓参りに出発した。

 準備は前日の内に済んでいる。


 最初、美那子は同行を遠慮したが、母親が「お爺ちゃんお婆ちゃんに親友を紹介したいから、お願い」と言って、強引に彼女を誘った。


 普通の人間がそうであるように、母親もまた、今まで友人を墓参りに誘ったことなんて無かったが、それでも今日は美那子を誘った。

 知らない人間の墓を参るとは……家族以外の人間を墓参りに誘うとは、本当に特別なことなのだ。




 祖父の車が先導し、父親の車と二台。

 祖父の車は助手席に祖母、後部座席にサーニャと楽人が座り、父親の車の後部座席には母親と美那子が座った。

 片田舎の町を、更に人気の少ない墓地のある外れに向けて車は走った。




 先祖代々の墓に着いた頃には、時刻は午後の四時半近かった。

 お盆に先祖を迎えたり、見送ったりするには適した時間帯とされている。

 彼らのような中日のみの墓参りでも、決して悪い時間帯では無いのだけれど、それでも彼らは予定より遅れたことを先祖に詫びた。

 そんな彼らの先祖なら、家族や友人の危機を優先したことを恨んだりはしないだろう。


 彼らは分担して墓石を洗ったり、周囲の草刈りやゴミ拾いをした。

 それが終わると、持参した御花や御供え物を御供えした。

 線香に火を灯し、手で扇いで火を消すと、線香からは白い煙が立ち上る。

 煙は細く、長く、日の沈み始めた空へ上って行った。

 全員で合掌、礼拝をする。

 初めて墓参りをするサーニャは、母親から事前に手順を聞いていたけれど、それでも一拍遅れてしまい、慌てて隣の楽人の真似をした。

 それから、一人ずつお参りをした。


 祖父、祖母に続いて、母親はお参りをすると、美那子の手を引いて彼女にもお参りを勧めた。


「私が先にしちゃっていいの?」


 彼女は躊躇ったが、


「もう親友を紹介するって言っちゃった♡」


 てへぺろっ


 と、母親が年甲斐も無く、頭に拳を当てて片目を瞑り舌を出して見せたので、美那子は苦笑しながら順番を受け入れてお参りをした。

 その後、父親の順番を経て、楽人もお参りをした。


(俺がサーニャと結婚するって言ったら、曾祖父さんたちはどんな顔をするだろうか?)




 ――近代の三世代差は相当なものだ。

 便利な道具に慣れることは出来ても、価値観の変化を容認できる人間は少ない。

 年齢や流行を誇るのとは真逆の行為であるため、数年差ですら貶め合うことが少なくない。

 ましてや、自分が積み重ねたものを、自分と異なる者が受け継ぐことに寛容な人間は、一体どれほど居ると言うのか。

 人間は未だ、肌の色ですら偏見を捨てられない。

 見下す人間だけではなく、見下されていると主張する人間にしても同じこと。


 そんな人類にとって、【リアライザー】は新たな火種。

 だからこそ、G7は早々に動かざるを得なかった。




(俺は何があってもサーニャを護る。だから見守っててくれ。曾祖父さん、曾祖母さん…)


 だからこそ、彼は曾祖父母に誓った。


「サーニャの番だよ」

「はいっ♪」


 楽人は先祖との会話を終えて、サーニャと代わった。

 サーニャはお参りを始めた。

 “ミレニアム戦記(フィクション)”の魔族に墓参りと言う習慣は無いが、彼女にとってはもう、楽人の隣こそが現実(リアル)

 彼らを見て学んだ通り、卒無くお参りをする。


(【リアライザー】に魂はあるんだろうか?)


 楽人はサーニャの後ろ姿を見て、シュピニオンの遺体を思い出した。

 彼の血は赤く、傷痕から見えた内臓も人間のそれと違いは無かった。


(魂とは物理的な現象なのか? それとも別の何かなのか?)




 ――霊・魂・魄。

 宗教や哲学などによって多少の差異はあるが、概ね、生命活動や心の根源を成す核である。


 それに対して、それら以外(フィクション)に於ける魂は、屡々、意思や記憶の本体として扱われる。

 その一般的な共通点は二つ。

 一つは、死ぬと魂は肉体を離れて、天国や地獄のような魂の国に行くこと。

 もう一つは、他人の身体に憑依しても、魂を乗っ取らない限り憑依元の記憶は無いこと。


 つまり、“肉体は魂の従属物”という考え方なのである。

 これは取りも直さず、一般的な魂の設定が医学と相容れないことを意味する。


 即ち、魂とは実態の無い宗教(てつがく)的な概念であるか、或いは、一般的な理論とは隔絶した根本的に別物であるということだ。


 …その真相に辿り着ける者が居るとすれば、それは狂人だけであろう。




(世の中には分からないことが多過ぎる。…或いは【心眼】なら知っているのだろうか?)


 人類の空想を元に生み出された【リアライザー】。

 その有り様は、物理的であるなら、人類の英知が及ばないモノすら具現化されている。

 ならば、彼の者の心眼は何処まで正しく、何処まで真実を見通せると言うのか。

 それを人間が知る術は無い。

 当人の口から聞いても、それを証明する術を人類は持ち得ないのだから…。


「ガクト、終わりました」


 お参りを終えたサーニャは、振り返って楽人に報告した。


「ちゃんと話せたか?」

「はいっ♪ いっぱいお話できました♪」


 お参りとは心の交流。

 自分の中の他者との交流。

 それは見ず知らずの相手であっても、何ら変わらない。

 人間は他者を自分の中に写し取ってしか、他者を理解できない生き物なのだから。


「…お父さん」


 祖母がいつもの笑顔を少しだけ引き締めて、祖父に声を掛けた。


「ああ。後片付けをして帰るか」


 祖父が言葉少なに取り仕切った。


(こういう時に夫を立てるところは、母さんそっくりだなぁ…)


 楽人たちは祖父母の仲睦まじさを知っているので、殊更に祖父の威厳を見せつける必要は無い。

 しかし、今日の墓参りは初めて、楽人の将来の嫁であるサーニャと、母親の親友である美那子が居た。

 だからだ。

 もしも、祖父母が美那子の家庭の事情にもっと詳しければ――シュピニオンがマッドマンに語った内容を知っていれば、また違った姿を見せたかもしれない。

 しかし、“現実(リアル)”に“もしも(フィクション)”は無いのだ。


 彼らは後片付けをして、墓場を後にした。



 * * *



「え?」


 美那子は、車が親友宅とは違う方向に向かっていることに気付いて訝しんだ。

 それから数分後。


「こっちって…」


 美那子は何処に向かっているのか気付き、隣に座る親友の顔を見た。


「明日の方が良かった?」


 真理は彼女にウインクをしてみせた。


「…ううん。ありがとう」


 それから数十分。

 空が夕焼けに染まる頃、車は別の墓地に到着した。

 彼女たちが車を降りて少し歩き、花畑家のお墓に辿り着いてみると、お墓の周辺は雑草が生え放題、風雨に晒された墓石もすっかり汚れて枯れ葉が貼り付いていた。

 少なくとも、美那子の(さき)が入院してから墓参りがあった形跡は無い。


「あんなことがあったばかりだもの。仕方ないわよ。さっ、綺麗にするわよ!」


 真理は美那子の肩を叩いて、手に持った掃除用具を目の前に持ち上げてみせた。

 微巳たちも、全く墓参りをする気が無かった訳では無い。

 ただ、故人への暴言を吐き捲って、それを批難した相手が死んだ後でお墓へ行くのは、流石にバツが悪かっただけである。


「…うん」


 美那子は親友の心遣いに感謝して、呟くように返事をした。


「手伝うよ」


 後から追い駆けて来た楽人が、協力を申し出る。


「わたしにも手伝わせてください」


 当然、彼の隣にはサーニャも居る。

 赤の他人のお墓なので、最初は母親だけが手伝う予定だったのだが、楽人は無理を言って彼女たちを追ってきた。

 祖父母には「もう暗くて危ないから」と言って、父親には「爺ちゃんたちを頼む」と言って彼らを置いてきた。


「楽人君、何で…?」

「分からない。でも、そうしなければならない気がしたから…」


 美那子は不思議に思って尋ねたが、実際のところ、楽人自身にも理由は分からなかった。


(敢えて理由を挙げるなら、シュピニオンの……【リアライザー】の死に感化されたことだろうけど…)


 それを彼女の前で口にすることは憚られた。

 言っても言わなくても彼女に嫌な思いをさせるのならと、彼は言葉を濁した。


「そんなこと、どうでもいいじゃない。さあ、楽人、サーニャちゃん、来たからにはいっぱい手伝ってもらうわよ?」


 母親は息子の葛藤を感じ取って、面倒な話を吹き飛ばすように明るく振る舞った。


「はいっ、お義母様♪」

「勿論だ」


 サーニャが元気よく応え、楽人も説明から逃げるように掃除を始めた。

 取り残された美那子が、一人呆然とする。


「美那子は休んでていいわよ。後は息子たちがやるから」


 真理がその肩を叩く。

 彼女たちの目の前では、若者二人が手際良く墓掃除を進めた。

 特に小一時間前の掃除でコツを掴んだサーニャの成長は著しく、雑草抜き、ゴミ拾い、墓石磨き、どれ一つ取っても義父より手際が良かった。


「楽人はあげないわよ?」

「え?!」

「あら、違った?」

「ちっ、ちっ、違うわよそんなんじゃないって!」


 美那子は親友の冗談で正気に戻ると、慌てて手を振って早口で否定した。


「そうなの? 楽人狙いの友達って結構居たから、てっきり美那子もそうかと思ったわ」

「そんなはずないじゃない、私と楽人君じゃ歳だって倍以上離れているし…」


 グサッ


 美那子は自分の言葉にダメージを受けて胸を抑えた。


「ぷっ!」


 それを見た真理は思わず吹き出した。


「あぁっ! ひどっ! 真理だって同い年でしょ!?」

「私はいいんですぅー」


 口を尖らせる真理を、美那子がポコポコと叩く。

 真理は身を護るように、頭を抱えて蹲る。

 丸まった下の表情は、親友に元気が戻ったことで自然と笑顔になっていた。


 それから間も無くして掃除が終わると、彼女たちはお参りと片付けを済ませて、真理の実家に帰宅するのだった…。

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