突入
――時は少し前に遡る。
ピンポーンッ
「はいっ!」
呼び鈴が鳴ると、玄関で待ちかねていた父親が直ぐに出た。
ドアを開けた瞬間、警察官が二人と、赤い全身タイツにヘルメットの人物が視界に入った。
「マッドレッド!?」
父親が叫んだ。
全身タイツの男は、皆大好き戦隊シリーズの一人だった。
――科学戦隊マッドマン。
日曜日の朝、何十年も続いている長寿番組、戦隊シリーズの一作品である。
“マッドマン”の“マッド”はマッドサイエンティストに由来する。
子供にも分かりやすい実験要素、SFを彷彿とさせる嘘科学、メカ要素の強い怪人が特徴で、初の女性ヒーロー二人と言った点も含めて、子供から大人まで幅広い層に一定の人気がある作品だった。
反面、あまりに真面目な設定から荒唐無稽な魅力に欠け、放送が終わるとあっさり他の戦隊シリーズに埋もれてしまった。
戦隊シリーズにおけるレッドは基本的に主人公的立ち位置で、マッドレッドもその例外では無い。
「なっ!?」
父親はマッドレッドの背後を見て驚いた。
そこにはマッドブルー、マッドグリーン、マッドイエロー、マッドピンクが勢揃いしていたのだ。
頭部では、昔のSFを彷彿とさせる光が、チカチカと不規則に明滅している。
特撮番組の着ぐるみでは無い。
「【リアライザー】の戦隊…だと……?!」
父親の後ろから外を見た楽人も愕然とした。
【リアライザー】はその性質上、一人の前に【リアライズ】するのは一人だけであり、原作者やデザイナーの前に現れるというものでも無い。
一つの作品の主要キャラ5人が一堂に会する、などという偶然はありえない。
(集めたと言うのか…警察が。…それとも政府か? 一体、何のために?)
楽人は混乱した。
【リアライザー】の中にはアル・ラクスみたいな規格外も居るが、大半は人間に毛が生えた程度だ。
そうでなければ人間社会はとっくに崩壊している。
仮に【マッドマン】が全員規格外だとしても、集めようとすること自体が正気の沙汰では無い。
日本原産のキャラクターでも、その【リアライザー】は日本に居る保証すら無いのだから…。
「須磨楽人君ですね」
警察官に名前を呼ばれ、楽人は衝撃から立ち直った。
「は、はい。GPSが指す場所は変わっていません。状況の変化は不明。電話を掛け直したら、呼び出し音で犯人にバレるかもしれないので…」
それを聞いた父親がバツの悪そうな顔をした。
電話を切ったのは彼が声を荒げたことが原因だからだ。
「それでは急ぎましょう」
もう一人の警察官が彼らを促して、パトカーを振り返った。
そこにはパトカーが三台と、マッドレッド専用のバイク――マッドバイク――があった。
全体的なフォルムは白バイに近いが、前面のカウルは流線形で更に大きく、後輪の横にはサイドボックスのような用途不明な何かが付いている。
特撮ヒーローのバイクだけあって、子供が憧れる分には格好良いが、あまり実用性の感じられないデザインだった。
「サーニャ、爺ちゃんと婆ちゃんは任せたぞ」
「はいっ! 任されました♪」
楽人に任されたサーニャは、小さな拳を握って元気よく応えた。
彼女に特別何かを出来るわけでは無いのだが、それはただ心配して待つよりは気が紛れると思った楽人の気遣いだった。
「舞人も気を付けるんじゃぞ」
「真理は必ず連れ帰ります」
祖母の心配を受けて、父親も決意を以て力強く応えた。
警察官たちも祖父たちに頭を下げる。
マッドレッドがバイクに、他の全員がパトカーに乗り込む。
彼らは一路、花畑家を目指した…。
* * *
「突入する」
道中のパトカー内で、楽人たちは簡単な説明を受けた。
花畑家に近付いたら、陽動としてパトカーの一台がサイレンを鳴らしながら別方向へ向かう。
その隙に、パトカーの残り二台は花畑家の前後に停車。
マッドマン四人が光学迷彩を起動して突入して人質を救出し、可能ならば犯人も逮捕。
その間、警察官二名はパトカーに乗車したまま、犯人の逃走を警戒。
マッドレッドは非常事態に備えて、マッドバイクで待機。
楽人と父親は、警察官と一緒にパトカー内で待機する予定となっていた。
楽人たちは母親を心配して同行許可を求めたが、「民間人を危険に晒す訳にはいかない」と却下された。
その代わりに、マッドブルーのスマホとの通話を許可された。
母親がしたように、状況をリアルタイムで確認できるのだ。
但し、話し掛けても良いのは、敵に気付かれた後か、マッドブルーから声を掛けられた場合に限ると念を押された。
ブウゥゥゥンッ
妙な振動音を立てて、マッドマンたちの姿が霞んでいく。
「?!」
初めて見る楽人と父親は驚いた。
実際に開発されていることは知られている技術だが、幾つか大きな課題があり、それらを解決しても本当に万全な透明化は不可能とされている。
数秒後、マッドマンたちの姿は完全に見えなくなり、何時の間にか振動音もしなくなっていた。
(だから集めたのか!)
楽人はマッドマンが集められた理由に納得した。
――完全な光学迷彩は大きな武器だ。
視覚しか騙せないにしても、その効果は絶大。
様々な犯罪や不正に悪用される可能性が極めて高い技術である。
それなのに、【リアライザー】が完全な光学迷彩が可能だと証明してしまった。
直ぐに【リアライザー】の光学迷彩を再現することは出来なくても、遠からず研究は進む。
他国や反社会的な集団に奪われた場合の影響は、想像を絶する物となるだろう。
だから国は優先して集めたのだ。
仮に、他にも光学迷彩を行える【リアライザー】が居たとしても、より多く確保する意味は大きい。
シャッ
マッドイエローが腰のホルスターから銃を取り出した。
――マッドショット。
マッドマンの共通武装で、銃身の下に刃物の付いた大型のハンドガンである。
ジャキンッ
金属音がした。
銃身が上を向いてグリップと水平になり、大型のナイフのような見た目の通称マッドダガーになった。
刃が加熱して、周囲との温度差によって、刃の上に周囲の風景が滲んでいく。
まるで、色が混ざり合ってマダラ模様の刃が、宙に浮かんでいるようだった。
刃は空中をゆらゆらと泳いで、花畑家の玄関に近付いていく。
ドアの隙間より少し内側に刺さり、上から下に数十センチほど下りていき、途中に合った突起を全て切断した。
刃を引き抜くと、それに合わせてドアが静かに開く。
刃は次第に温度が下がり、マダラ模様が消えて、終いには元通り透明になった。
マッドマンたちは足音を抑えつつ、花畑家に潜入した。
* * *
「――なさいよ!」
マッドマンたちが慎重に廊下を進んでいくと、女性の金切り声が聞こえて来た。
先頭を行くマッドブルーが、手を振って目標が近いことを伝える。
――光学迷彩は相手を選ばない。
しかし、彼らはコウモリやイルカのような超音波視覚によって、お互いの位置や動きをある程度認識することが出来る。
完全な光学迷彩を以てチームで活動する彼らにとって、その意味は大きい。
廊下を曲がると、居間が彼らの視界に入った。
入口付近には、白い糸でグルグル巻きにされた真理と美那子が転がっている。
部屋の奥には、蜘蛛の巣を彷彿とさせる白い線の入った、黒と赤の全身タイツの男――【蜘蛛男】――が、背中を向けて立っていた。
「――死んでる奴より生きてるあたしの方が大事だろ!」
壁に磔にされた罵声の主たちの姿が見えた。
彼女たちは壁の三面に一人ずつ、両手足が細い糸で壁の四隅に繋がれ、首にも糸が絡まっている。
マットマンたちの目的は、一に人質の救助、二に犯人の確保である。
状況的に【蜘蛛男】が人質を殺さない保証は無いため、彼が離れるまで待つことは出来ない。
マッドマンたちは先に犯人を制圧すべく、一斉に取り押さえるために忍び足で居間へ入って行く。
刹那。
ヒュンッ
【蜘蛛男】が居間の入口を振り向き、その右手の平から4本の糸が伸びて彼らに襲い掛かった。
ダンッ
マッドマンたちは床を蹴って室内に散開した。
急激な動きに光学迷彩の処理が追い付かず、彼らの姿が現れる。
高が糸、されど糸。
それは【リアライザー】が無力では無いと知る者たちの訓練された動き。
避けられた4本の糸は壁に張り付き、【蜘蛛男】の右手との間に細い橋が出来た。
「スーパー戦隊?!」
右の壁に磔になっている莎阿が叫んだ。
彼は“科学戦隊マッドマン”を見たことは無いが、色違いの全身タイツとヘルメットの集団を見れば、戦隊作品と類推することは難しくなかった。
【蜘蛛男】が莎阿に左手を向けると、手の平から糸の塊が飛び出して、彼の口を塞ぎつつ壁に張り付いた。
「もごっ?! もがもごもがもが…」
莎阿は急に口を塞がれて動揺したが、少し藻掻いて外れないと分かるとあっさり抵抗を諦めた。
【蜘蛛男】は続けて左手を右に向けて葛奈へ、肩越しに後ろに向けて微巳へも、糸の塊を飛ばして口を塞いだ。
「むあっ! ほんふぁはひ?!」
「んがっ!? うがっ! んあうごごうがっ!」
葛奈と微巳は糸を外そうと、大声を出したり首を上下左右に振ったりしようとしたが、そのどちらも叶わない。
「仕方ない」
マッドグリーンがそう言うと、彼らは再び機能しかけていた光学迷彩を解いた。
再び姿を消してしまうと、犯人が彼らより人質の利用に動くと思われたからだ。
「初陣で彼の有名なスパイダーマーが相手とはね」
グリーンが飄々と口ずさみ、マッドショットの銃身を立ててマッドダガーにした。
「…いや、似ているが違うな。あれは赤と青だ」
ブルーは冷静にツッコミを入れ、目の前の黒と赤の【蜘蛛男】に、マッドショットの銃口を向けた。
「どっちでもいいけど、油断だけはしないでよね」
イエローは犯人の正体に興味が無く、突入時のままのマッドダガーを正面に構えた。
「もうー。作戦は忘れちゃだめよ」
ピンクは仮面の下の口を尖らせて、足元に転がる人質に気を配った。
彼女の役割は、飽くまで人質の救助が優先なのだ。
【蜘蛛男】に焦りは無く、後ろに数歩下がって侵入者たちとの距離を取った。
蜘蛛としての特性を持つ彼は、床の微かな振動で、早々に侵入者に気付いていたのだ。
「まあ、まずは説得だな」
グリーンが一歩踏み出した。
交渉は人情派の彼の担当だ。
「そこの【リアライザー】! 俺たちは科学戦隊マッドマンだ。俺は見ての通りのマッドグリーン。あんたは?」
【蜘蛛男】はグリーンを警戒したが、会話に応じた。
「…シュピニオン」
それはドイツ語の蜘蛛に、日本のヒーローっぽい音を合わせた彼の名前。
マッドグリーンがヒーローなら、彼もまたヒーロー。
相手に対する最低限の礼節や敬意こそ、ヒーローが普通の人間と大きく異なる点の一つ。
「そうか。シュピニオンか」
グリーンはその名を復唱して頷いて見せる。
シュピニオンは【共生者】とその長女以外から聞く久しぶりの響きに、ほんの僅かだけ目尻を下げたが、直ぐに表情を消した。
「それで、あんたの目的は一体何なんだ?」
「…復讐だ」
「復讐? 何の復讐だ?」
グリーンは訝しんで部屋を見渡した。
壁に磔になっている三人は、確かに見動きは取れないし、先程口も塞がれた。
しかし、糸が巻き付いた手足に軽い鬱血は見られるものの、それ以外には怪我一つ無いように見える。
事件の報せがある前から拘束されていたにしては、疑問が残った。
「咲を……【共生者】を不幸に追いやった者たちへの復讐だ」
【共生者】と言われて、マッドマンたちの間に沈黙が流れる。
彼らとて【リアライザー】だ。
【共生者】は居る……或いは居た。
【リアライズ】した彼らが政府という同じ組織に身を置くには、安易には語れない事情があり、【共生者】への思いもそれぞれだった。
「【共生者】が復讐を望んだのか?」
「死んだ者の声は聞こえない」
当たり前の話だ。
物質的な存在に過ぎない【リアライザー】に、物質世界に存在しない現象に関与する術は無い。
「殺されたのか?」
「いいや。彼女は…」
シュピニオンは微巳たちが咲にしたことを、感情を挟まずに淡々と語った。
話を聞くにつれ、マッドマンたちの顔が、ヘルメットの中で居た堪れないものになっていく。
それは糸でグルグル巻きにされて転がっている真理も同じだった。
既に知っていた美那子は、グルグル巻きにされて耳を塞げないので、目を閉じて顔を背けた。
その一方で、莎阿と葛奈は不満そうな顔をし、微巳は憎悪に満ちた目でシュピニオンを睨みながら、ずっとフガフガ唸っていた。
「――それでも復讐は良くない」
人情派のグリーンが切り捨てた。
「復讐しても亡くなった人は喜ばないし、帰って来ない。復讐は何も生み出さないぞ」
微巳は『我が意を得たり』と勝手に仲間認定して、「フンガフンガ!」と粋がった。
「それは加害者寄りの詭弁だ。その理屈だと今ここで葛奈を殺せば…」
シュピニオンが右の壁に磔にされた葛奈に視線を向けると、彼女は殺されるかと思って身を震わせた。
「…莎阿は一生泣き寝入りだな」
シュピニオンが続いて左の壁の莎阿を見ると、彼は「そんなことしたら許さない」と言わんばかりにシュピニオンを睨んだ。
「勝てば官軍か…」
交渉はグリーンに任せて黙っていたブルーが呟いた。
――それは人権社会の闇。
人権を重んじるあまり、罪に対して罰が軽くなり過ぎた。
それは大きな声に流された法律の歪み。
そこにあるのが権力者の声か、団体の声か、衆愚の声かは関係無い。
もし、命が平等だと言うのなら、一人の死に相応しい罰はどれほどになるか。
もし、人が平等だと言うのなら、遺族の悲しみは何を以て平等となるか。
もし、罰金なら平等だと言うのなら、それは人の命に値段を付ける行為であり、被害者で差を付けることは人命の不平等を認めることであり、一律同額にすることは加害者が金持ちなほど人命が軽いことを認めることになる。
だから、シュピニオンはマッドマンたちに、何に従うのかを問い質しているのだ。
加害者に都合が良い、“勝てば官軍負ければ賊軍”の“やったもん勝ち”の法律を遵守するのか。
それとも、被害者に寄り添って法律に目を瞑るのか。
果たして、マッドマンたちの答えは――
「…平行線だな」
グリーンが腰を落とし、マッドダガーを水平に構えた。
――前者だった。
彼らは正義の味方だ。
数十年続く、勧善懲悪の子供向け番組の一作品、その主人公たちだ。
作品やキャラクターごとに、多少の違いはあっても、その精神性はどこまて行っても正義。
平和な社会を乱す者が現れれば、そこに正当な理由があっても彼らは止める。
政府に属して、警察の指揮下で動いているからでは無い。
それこそが、ヒーローである彼らの設定であり、【リアライザー】として生まれた彼らの矜持だからだ。
シュピニオンが右手の微妙な動きだけで、手の平から伸びている糸を切り離した。
支えの一端を失った糸は、壁に張り付いているもう一端に支えられながら地面に落ちた。
それが戦闘開始の合図となった。




