逆恨み
「うさりん、また来年ね~」
「うん。旦那によろしくねー」
須磨真理は菓子折りを持って、地元で仲の良かった友人宅を回った。
「あみりん、また来年ね~」
「真理も元気でね」
人当たりの良い彼女は友達が多かったので、お盆の期間中に全員の家を回る余裕は無かった。
「まこりん、また来年ね~」
「ええい、しねっ! このリア充めっ!」
だから、地元に残っているか、毎年里帰りをする友人の家だけに絞っていた。
「れいりん、また来年ね~」
「楽人君狙ってたのに…」
優先されるのは同じ趣味……乙女ゲー好きの友達である。
当時は皆、王子様に憧れていたが、地元の王子様の心を射止めた一人以外は、出会いを求めて故郷の町を出た。
ある女の子は、自分だけの王子様を見つけて外国に旅立った。
ある女の子は、適当な小金持ちを捕まえて結婚した。
ある女の子は、普通の男と普通の結婚をした。
ある女の子は、チヤホヤされて男共に貢がせている内に賞味期限が切れた。
ある女の子は、若い内に上手く遊んで馬鹿な男を捕まえて結婚して浮気托卵を続けている。
ある女の子は、ホストに入れ込んだ挙句借金塗れで水商売に堕ちた。
ある女の子は、陽キャと結婚したが二股に切れて離婚した。
ある女の子は、上手くいかないことを男のせいにして悲劇のヒロインを気取っている。
ある女の子は、憧れのキャラと自分の同人誌を定期的に作っている。
ある女の子は、好みのアバターを作って配信者となった。
ある女の子は、ゲーム会社を立ち上げて好みの男を作っている。
ある女の子は、今も理想を追い求めて婚活を繰り返している。
そしてある女の子は、現実的な見た目で、現実的な収入で、現実的な考えで、一生愛し合える相手を見つけて、子を産んで今も幸せを満喫している。
それが彼女、須磨真理だった。
「次はみなりんね。彼女も帰省してるはずだけど…」
美人なのに浮いた話が無かった友人を思い出した。
彼女もまた乙女ゲー好きであり、町を出た一人であり、仕送りをしているような子だった。
ピンポーンッ…
ガチャッ
「…はーい。どちら様ですか?」
真理が呼び鈴を鳴らして少し時間が経ってからドアが開いた。
出て来たのは、美人ではあるけれど、どことなく険のある表情の女性。
「須磨真理です。微巳さん、お久しぶりです」
真理は名乗ったが、女性――微巳――の反応は鈍く、怪訝そうな顔をした。
微巳は真理の友達の妹だ。
毎年、挨拶に来ているので、顔を合わせるのは初めてでは無い。
(何かあったのかしら?)
真理は、姉に比べて外面の良いタイプだと記憶していたので疑問に思ったが、不躾かと思って追及はしなかった。
「あ、これ御土産です」
「これはどうもご丁寧に」
真理が手提げ籠から菓子折りを一つ取り出して差し出すと、彼女の顔色が良くなった。
「美那子……お姉さんは、御在宅ですか?」
「姉ですね。呼んできます」
微巳はイソイソと廊下の先へと消え、遠くで何か話し声がした後、彼女の姉が玄関に姿を現した。
顔は妹と似ているが、その表情は妹とは別の意味で暗かった。
「真理、久しぶり」
「みなりんも久しぶり。少し痩せた?」
「うん…。外で話さない?」
「いいわよ」
真理は、この家には母親と妹が暮らしていると聞いていたのを思い出した。
美那子はそのまま直ぐに靴を履いて、二人は花畑家を後にした。
* * *
「聞いてよ、真理~~~」
「はいはい、大変だったわねえ」
「そうなのよ~……ひっく……」
居酒屋の個室で、美那子は真理に絡んでいた。
ビールを飲んではいるが、それほど酔っていない。
飲まなければやってられないだけなのだ。
時間は少し遡る。
―――――
――――
―――
――
―
「小母様のことはお悔やみ申し上げます」
先日、美那子の母親が亡くなって、彼女は葬式のためにお盆の少し前から帰省していた。
早くに夫を亡くし、再婚もせず女手一つで娘二人を育てた女性。
学生時代、時々お邪魔していたので、真理もそれなりに面識があった。
「ありがとう、でも違うの」
美那子が二杯目のビールのジョッキを傾けながら続けた話は、中々に顔を背けたくなるようなものだった。
彼女の妹は元々、都会で彼氏を作って、親の反対を押し切って無計画に出来婚。
出産から間も無く、浮気をされたと言って、これまた親の制止を無視して無計画に離婚。
その上、「私一人に子供を押し付ける気?!」と大変な子育ても、家事も、自分の世話も親に押し付けて、自分は子供を猫可愛がり。
親が働けない状況を作って、親が働かないと周りに嘯く。
子供にも父親は死んだと嘘を吐く。
凡庸な女性の田舎給料では子供一人を養うのは困難なのに、手当の申請もしないで親に言われると逆切れ。
独身時代の感覚で無駄遣いをして見事カード破産。
借金で足りない生活費を、親の貯金と年金、姉の仕送りを食い潰して補ってきた。
そして先日、彼女たちの母親が亡くなった。
40年も脛を齧り続けた挙句、親の晩年の世話を少ししただけで、少ない給料から仕送りをし続けた姉を「長女の癖に親の面倒を見なかった」と非難し、姉が家に残した物も無いと嘘を吐き、財産は全部自分の物と豪語している……という状況だった。
(頭が痛くなる話ねえ……美那子が家のこと話さなくなった理由がよく分かったわ)
真理はうんざりしたが、顔にも口にも出さなかった。
今日は徹底して彼女の愚痴に付き合うつもりになり、テーブルの下でスマホを操作して夫に連絡を入れた。
《ごめんなさい。今日友達と飲んで帰るから遅くなる》
当然、微巳の嘘は、近所や学校などにはバレバレである。
家庭裁判所に訴えれば美那子の勝訴は確実であるが、妹と性根の違う彼女に訴える気は無かった。
「それに酷いのよ。いつも通りトランクに鍵を掛けてたら、『私が信用できないの!?』って怒鳴られたの」
「…って、何それ?」
真理は思わず突っ込んでしまってから気付いた。
(普通、他人のトランクの鍵なんて気にしないわよね? 毎年鍵を掛けてたのに今更? それって…)
真理が現実的な予想をしている間にも、美那子の愚痴は続いていた。
「こっちは独り暮らしなんだから、用心するのが習慣になってるのなんて当たり前じゃない……違う?」
「そうよねえ。都会じゃあ何があっても誰も助けてくれないもの…」
独り暮らし経験のある真理は激しく同意した。
「私悔しい! あれじゃあ母さんが可哀想よ!」
真理が知る限り、微巳の息子の莎阿は祖母に懐いていたけれど、性格は母親に似ていた。
(…正に美人で甘やかされて育った子供の慣れの果てって感じね。楽人の周りはいい子ばかりで良かったわ…)
真理は愛しい息子に思いを寄せる女の子たちの顔を思い浮かべながら、彼女が知る限りダントツで不幸な友人の愚痴を聞き続けるのだった…。
真理の同年代です(ここ重要)
勿論、名前の元ネタはセーラーでムーンです。




