里帰り
翌日。
楽人たちは父親の車で、母親の実家へ向かった。
先日レンタルしたアルファードは既に返却していたので、利用するのは須磨家の保有する唯一の自家用車。
里帰りなのでサーニャの服装は当然、“ミレニアム戦記”の衣装では無い。
普通の可愛らしい夏服を着ていて、田舎ということもあって念のためにストールで羽を、ロングスカートで尻尾を隠している。
勿論、初デートで買って貰ったお洒落な鞄も忘れていない。
お盆は日本全体の風習なので、友人には友人の、先生には先生のお盆があり、最初から一緒に行くことを誘ったり約束したりはしていなかった。
家を出て数時間後。
某県某群某町。
群が付く程度には都会では無く、昔から町と呼ばれている一帯。
住宅地の所々に、節税目的で残している小さな畑があり、数時間も歩けば畑か山に囲まれる片田舎。
殆どの家が二階建てか一階建ての戸建てで、マンションやアパートは少なく、観光地ではないことを差し引いても、民宿やホテルも少ない。
そんな片田舎の一軒家に、須磨家御一行は里帰りを果たした。
「ただーいまー」
母親が横開きの玄関を開けながら、中に声を掛けた。
昼日中、在宅中なので、鍵なんて掛かっていない。
「お、お邪魔しま~す…」
続いてサーニャも、遠慮がちに声を掛けた。
トタトタトタ
トッタ、トッタ、トッタ
廊下の奥から二つの足音が聞こえて来る。
片方は早足で、もう片方はゆっくりと玄関に近付いて来た。
間も無く、早足の主が廊下の角を曲がって姿を現した。
「お帰り、真理」
先に姿を現したのは老婆。
母親より背が一回り小さいけれど、腰は曲がっておらず、杖などの補助具には頼っていない。
笑顔以外を忘れたような顔は娘とよく似ているが、母親が若作りで二十代後半に見えることもあり、下手をすると二世代離れて見える。
「ただいま、お母さん。元気してた?」
「よく来たねえ。そっちが…」
老婆は年齢を感じさせる、のんびりとした話し方で歓迎すると、視線を娘から孫、そしてその隣の初見の少女に向けた。
――当然、彼女はサーニャのことを真理から聞いている。
孫が【リアライザー】と恋人になったと聞いた時には大層驚いた。
驚いて近所に触れ回ったせいで、様子を見てから写真を送ろうと思っていた娘が、写真を送ることを断念したほどである。
だから、左右で髪の色も目の色も違う少女を見た瞬間、孫の恋人だと予想した。
「は、はい。サーニャです! 義祖母様、初めましてっ!」
ペコリッ
サーニャは老婆と視線が合うと、慌てて自己紹介をして、思い切り頭を下げた。
その勢いでストールが捲れ、その陰に隠れていた小さな羽が緊張でパタパタとはためく。
老婆は一瞬目を丸くしたけれど、直ぐに納得した。
サーニャは異形ではあるが、髪や目の色が左右で違い、小さい羽や細い尻尾があるだけなので、仰々しさや禍々しさは無い。
そのコスプレと大差ない姿のお陰で、色々想像していた老婆はあっさり受け入れた。
「ふむふむ、礼儀正しいのう。楽人は優しいかえ?」
老婆は嬉しそうに相好を崩すと、サーニャを手招きした。
「はいっ♪ すごく良くしてもらってます!」
サーニャは近寄って嬉しそうに答えた。
玄関の段差で、良い感じに二人の身長差が埋まる。
「そうかい、そうかい……それでこっちの方はどうだい?」
老婆は鷹揚に頷くと、左手の親指と人差し指で輪を作って、右手の人差し指を出し入れして、邪悪な魔法使いのような笑みを浮かべた。
ぽっ
サーニャは両手を頬に当てて、恥ずかしそうに頷いた。
「こんのク…」
楽人は「クソばばあ」と言い掛けて、踏み止まった。
彼はサーニャという伴侶が出来てから浮かれて忘れていたが、目の前の老婆は彼の母親の母親である。
今までも祖母と顔を合わせる度に、「恋人はおらんのか?」「結婚はまだしないのか?」「曾孫はまだか?」と言われ続けてきた。
この状況は予測して然るべきだった。
それに祖母がこういう性格だから、母親はサーニャの写真を送らなかったのだ。
小さな町の噂になるだけならまだしも、良からぬ者の耳目に留まってサーニャの身に危険が及ぶことは、彼女を娘のように愛する母親にとって見過ごせない。
母親のこの里帰りの最大の目的が、祖母が馬鹿な真似をしないよう、懇切丁寧に諭すことであると言えば、彼女のサーニャへの愛情と祖母への信頼の程が伺えよう。
「…楽人、元気にしていたか?」
廊下の角から、一家の主が漸く姿を見せた。
身長は楽人と同じくらいで、年齢を考えると高い方だろう。
顔や肌は祖母より若く、一見50代にしか見えないが、頭はすっかり後退していて、左右と後ろを残すのみだった。
到着が随分遅かったのは足腰の問題ではなく、のんびり歩いて来たから。
「爺ちゃん、今年もお世話になります」
「うむ。まあこんな所で何時までも何だ。上がれ」
楽人の丁寧な挨拶に、老翁は鷹揚に頷いて振り返り、家の中へ誘うように今来た廊下を歩き出した。
老婆が肩を竦める。
返事を求めていない態度は、偉そうなのでは無く口下手なだけ。
楽人たちは靴を脱いで玄関を上がり、その後に続いた。
(いつの間にか追い付いてたんだなあ…)
楽人は祖父の背中を見て、自分の身長が追い付いていたことに感慨を覚えた。
毎日会っている父母よりも、年に一度か二度しか会わない祖父の方が自分の成長を実感させる。
時間の感じ方は相対的なものなのだ。
* * *
「――それじゃあ、挨拶に行って来るわね」
居間で一頻り団欒をして昼食を取った後、母親は家族に、地元の友人たちへの挨拶回りを告げた。
サーニャは最初、一緒に行った方が良いか尋ねたけれど、母親は丁重に断った。
友人たちの中には独身、或いは離婚した女性も居る。
一人で行くのは、そう言った相手に配慮してのこと。
女の友情は、常に嫉妬に負けるものなのだ。
「サーニャちゃん。お父さんとお母さんのことは任せたわよ」
だから、義理の娘には気遣って、両親の相手を頼んだ。
「はいっ、お義母様♪ 任されました♪」
サーニャは小さな拳を握り締めて、元気よく引き受ける。
彼女は午前中、祖父母の肩を叩いて喜ばれたり、楽人の小さい頃の話を聞いて楽しんでいた。
――“ミレニアム戦記”では普通に治療魔法があって、魔族は魔法を得意とする。
また、ゲームの客寄せ的な都合もあって、魔族は寿命が極めて長い。
そのため、魔族が老いて肩凝りに悩まされることは珍しい。
だから彼女には肩叩きという習慣が無く、楽人の父母に教えられたそれが、祖父母にも喜ばれたことに幸せを感じた。
もっと役に立ちたい。
もっと自分の知らないガクトの話を聞きたい。
そんな気持ちでいっぱいだったので、母親と一緒に行くことをあっさり諦めた。
「行ってきます」
母親は玄関で、出迎えの家族に手を振った。
もう片方の腕には、御土産の菓子折りが入った、海にも持って行った大きな手提げ籠を提げている。
「いってらっしゃ~い♪」
サーニャが大きく元気よく手を振る。
「真理、帰りに牛乳を買って来てちょうだい。低脂肪じゃないやつ」
「はいはい。近所の店が潰れて無ければね」
久しぶりに帰って来た娘を扱き使う祖母に、母親は苦笑しながら、けれどどこか嬉しそうに返事をする。
田舎では里帰りしたら店が潰れていたということも珍しくない。
それは過疎化で客が減ったり、子供が都会に出て跡継ぎが居なかったりと、原因は様々だ。
「うーん……最近は何処も閉まって無かったと思ったけどねえ…」
祖母が曖昧な記憶で答えた。
「その時は車でお願いね、アナタ」
「任せておけ」
歳を取ると時間の間隔が曖昧になるのはよくある話。
母親は祖母の記憶を疑う訳では無いが、念のために夫にフォローを頼んだ。
「行ってきます」
母親はもう一度挨拶をして、今度こそ友人宅巡りに出かけて行った。
ボケの判断って難しいのよね




