魍魎戦記:後始末
「…ありえない」
一部始終を見ていた特殊部隊のリーダーが呟いた。
漆黒の絨毯が消えてから数分。
いつまで待ってもミサイルが来ない。
連絡を取ろうにも、ステルス戦闘機からの返信は無くて当然。
返信が無い以上、無事とも、ミサイル発射済みとも、そうでは無いとも、どうとでも取れる状況だった。
彼だけでは無い。
部下の誰一人として現状を理解できず、腕を失った痛みも忘れて、ただ呆然と漆黒の絨毯の先を見つめていた。
(最悪はステルス戦闘機もミサイルも迎撃された場合…)
彼は自分の想像に絶望し身を震わせた。
それは取りも直さず、人間と変わらない姿で、地上から遥か上空のステルス戦闘機を撃墜できるバケモノが存在することを意味する。
そんなバケモノが祖国の中枢に近付く可能性に怯えた。
――彼は知らなかったが、その想像は偶然にも、原作で悪の組織が世界征服に用いた手段であった。
(【心眼】と言い、こいつと言い、なんでこんな辺境の小国にばかりっ!)
それは日本が国民性まで含めて世界一のエンタメ大国であるが故の必然であり、彼がどんなに嫉妬しても、納得できなくても、現実は変わらない。
…しかし、そんな彼にも一つだけ救いがあった。
「やれ」
【心眼】が指示を出すと、【深淵の超越者】は瞬く間に、迷彩服の男たち全員の首を跳ねた。
…そう、【心眼】には最初から自白させるつもりは無かったのだから。
* * *
信那は呆然とした。
原作では、プレストーリーでも、本編でも、骨肉の争いと戦乱を戦い続けた彼女にとって、命はとても軽い。
しかし、いくら軽くても無価値という訳では無い。
死の恐怖に怯えたこともあれば、戦いから逃げ出したこともあった。
彼女は物語の主人公なのだから、元ネタの織田信長よりヒロイックに脚色されもする。
『人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり』
織田信長が好んだという敦盛の一節が、彼女の脳裏に浮かぶ。
(下天の一日は人間界の50年か。【リアライズ】して50日と言うのは、果たして、短過ぎるのか、それとも長過ぎるのか…)
『必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ』とは言うものの、それは目指すものや守るものがある場合の話だ。
プレストーリーで生まれて直ぐに親に捨てられても、自分の身体を取り戻すという目的があった。
原作本編で城主となった時は、うつけを装ってでも守るものがあった。
しかし今の彼女には何も無い。
【共生者】に「こんなにグロいとは思わなかった」と捨てられ、異国の狂人たちから、研究の名の下に命も尊厳も弄ばれ続けた彼女は、とっくに擦り切れてしまっていた。
(やっと死ねる)
彼女は死にたくても死ねなかった。
脳に埋め込まれたチップが、反抗的な態度を取れば激痛を起こさせ、自殺しようとすれば神経を麻痺させて意識を刈り取ってしまう。
彼女が生命エネルギーを操って自らの傷を癒せると言っても、自力で頭を開いてチップを取り出すなんて真似は出来るはずも無い。
しかし、この場にはもう、麻痺した彼女を回収できる者は居ない。
彼女は手にした棒手裏剣を胸に当てて力を入れ……そして彼女の意識は途切れた。
* * *
【深淵の超越者】が、自殺しようとして突然倒れた信那を訝しむと、額の半球が淡く光った。
彼の脳裏に彼女の内面が映り、神経反応から彼女の身体が麻痺をしていることと、脳波から意識が無いことを感知した。
「…どうすんだよ、これ?」
彼は対処に困って【心眼】に尋ねた。
その視線は、呼吸する度に小さく上下する、信那の豊かな胸に注がれていた。
彼からすれば、どうでもいい女と対峙していただけの無害な女。
わざわざ殺す理由も、助ける理由も無い。
「持って帰るぞ」
【心眼】は当たり前のことを聞くなとでも言いたげに、呆れて答えた。
「なんで?」
彼女と対峙した戦小町が、不服そうに尋ねた。
その視線は、彼女の数少ない有効打で裂けた、キャットスーツの胸元に刺さっている。
「ククク」
【心眼】がいつもの不敵な笑みを浮かべる。
「言いなさい」
戦小町はその笑いに眉を顰め、咎めるように催促した。
「巨乳好きへのプレゼントだ」
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くしゅんっ
「…風邪でも引いたか? 海には入らなかったんだけどな。今日は早く寝るか」
手塚は今日撮った眼鏡っ子の写真整理を切り上げて寝る準備をした。
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くしゅんっ
「誰か噂でもしているのかな?」
アル・ラクスは昼間会ったファンたちの顔を思い浮かべた。
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くしゅんっ
「…【心眼】だな」
高町刑事は何の躊躇いも無く【心眼】のせいにした。
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ぴくり
【深淵の超越者】が少し……ほんの僅かだけ【心眼】の言葉に反応した。
それを見咎めた戦小町が彼をジト目で見るが、彼は外骨格で表情が見えないのを良いことに無視を貫いた。
漫画なら外骨格の上から冷や汗が流れるところだろう。
数分後、警察の覆面パトカーと特型警備車が予定通り到着。
後始末を特型警備車に任せると、彼らは覆面パトカーでその場を退散するのだった…。
某国は某国です




