魍魎戦記:悪夢
迷彩服の男たち12人の内、8人が【心眼】を逃さないように、広がって戦場を遠巻きに囲んだ。
彼らは地獄のような訓練を積んだ祖国のエリートであり、組織が開発した国家機密レベルの薬物によって、寿命と引き換えに人間を超越した肉体能力を持つ超人兵士。
並の【リアライザー】如き、4人も居れば十分という自信の現れだった。
【心眼】と相対する4人は、マシンガンを仲間に預けてナイフを構えた。
彼らの目的は【心眼】の抹殺では無いからだ。
信那の例もあり、クローン技術は治療も複製も期待できない。
代わりの無い彼を誤って殺してしまうくらいなら、今回は見逃して、次の機会に生かして捕らえる方が遥かに有益なのだ。
故に、彼らは当初の予定通り、最悪でも命を奪わずに済むナイフでの近接戦闘を挑んだのである。
ズサッ
迷彩服の男たちの内、【心眼】の正面の男が、一歩前に出ると重心を落とした。
実戦で使われる軍隊の構えだ。
彼我の距離は十メートルも無い。
じりっ
彼は摺り足で【心眼】に躙り寄る。
彼らが知る中で、最も身体能力に優れるバケモノに匹敵することを想定した、油断の無い動き。
最初から全員で襲わないのは、仮に半数が倒されても、残りが一斉に仕掛ければ勝てるという確信。
これは彼らにとっては、いつもの結果の決まった作戦に過ぎなかった。
対する【心眼】は、腰を少し落として片手を前に出した。
一見構えているようにも見える。
しかし、我流と言えば聞こえは良いが、プロである彼らからすれば、隙だらけにしか見えない。
それでも男は油断せず躙り寄り、自分の間合いに入った。
刹那、前に倒れるように、その勢いも利用して【心眼】に突進した。
ダッ
男のナイフが【心眼】の太腿を切り裂き、両足を抱えて砂地に押し倒す……はずだった。
【心眼】は目の前に迫った彼の背に手を置くと、その長い両足を広げて跳び箱のように飛び越した。
男は体勢を崩したが、数歩で踏み止まって振り返る。
【心眼】は彼の方を向いて立っているが、彼よりも周りを取り囲む男たちの方向を伺っているように見えた。
「ちっ」
プライドを傷付けられた男は舌打ちをして、再び【心眼】に躙り寄った。
今度は飛び掛からず、ナイフの距離で斬りかかった。
鋭い突きが【心眼】を襲うが、【心眼】は僅かに身体をズラしただけで避ける。
その程度のことは男も予想していて、止まらずに続けて何度も斬りかかった。
突き、払った。
殴り、蹴った。
投げようと、あるいは関節を極めようと掴み掛った。
しかし、そのどれも【心眼】には掠りもしない。
ズササッ
先程マシンガンを預けた残り3人が、一歩前に踏み出した。
最初に【心眼】の相手をしていた男が気付いて、邪魔をするなと手で制したが、彼らは構わず【心眼】を囲むように距離を詰めた。
「ちっ」
男は再び舌打ちをした。
私情より仕事を優先して、仕方なく仲間たちに合わせて【心眼】に襲い掛かった。
それからも一方的な戦いだった。
訓練を積んだ特殊部隊による、ナイフと格闘術を織り交ぜた連携。
その全てを【心眼】は避け続けた。
まるで未来でも見えているかのように。
キンッ
砂浜に何度目かの銃弾が跳ねた。
彼らでは無い。
彼らの仲間が数キロ先の建物から狙撃した麻酔銃が、【心眼】に避けられたのだ。
両眼を覆うアイマスクをした彼が、4人の特殊部隊を相手にしながらである。
最早、目が見えている見えていないの問題では無い。
耳の良し悪し、勘の良し悪しで何とかなるものでも無い。
《【心眼】は未来が見える》
彼らが任務の前に渡された資料にあった言葉だ。
今まで何度も助けられた情報分析班の言葉でありながら、祖国を愛する彼らが一笑に付した言葉だった。
しかし、事ここに至っては、信じざるを得ない。
それを目の当たりにした彼らは、動揺を隠し切れなかった。
全身に鳥肌が立ち、額や背中には嫌な汗が流れ、頭の中では早く逃げろとずっと警鐘が鳴り響いている。
それでも逃げ出さず、表情にも出さずに居られるのは彼らがプロだから。
そう、彼らはプロなのである。
敵に所属がバレていて動きを読まれたことも、一度や二度では無い。
動きが読まれるなら、読まれても避けられない手段を取れば良いだけだ。
とは言え、今回の任務は捕獲命令であり、マシンガンの面制圧で殺してしまうことは許可されていない。
だから先読みを逆手に取った戦法を選んだ。
――経験は力だ。
練習を繰り返し、積み重ねることで、身体は動きを覚える。
それによって、必要な時に、身体が自然に最適な動きが出来るようになる。
無意識なので反応が早く、動きもブレ無く精密になる。
先程までの彼らの動きが正にそうだった。
今までの作戦でもそうだった。
今回もそうなるはずだった。
…しかし、現実は非情である。
「ククク…」
【心眼】が笑う。
予知を逆手に取ったはずの連携は、相も変わらず【心眼】に掠りもしない。
それどころか、彼らの目には、【心眼】が先程までよりも余裕があるようにすら映った。
――経験が力なら、その逆もまた真なり。
積み重ねの足りないことは、所詮行き当たりばったりに過ぎず、反応も、速度も、精密さも、全てが圧倒的に不足することを意味する。
それは仮に魔法や超能力であったとしても変わらない。
チームワークに至っては言わずもがな。
包囲していた仲間が彼らを見かねて、その半分が加わって、【心眼】を取り囲む人数が倍に増えた。
持っていたマシンガンは、奪われることを警戒して、包囲を続ける仲間の足元に放った。
しかし状況は変わらない。
それどころか反撃すらされ始めた。
ナイフを突き出した男が、腕に軽く触れて受け流され、そのまま仲間に突っ込んだ。
背後から羽交い絞めにしようとした男が、肩越しに襟を掴まれて宙を舞って砂地に叩きつけられた。
――そう、正にその場凌ぎなのだ。
漫画の主人公のように、思い付きの手段で予知を覆すなどという奇跡を起こすのは、現実の人間である彼らには荷が重過ぎた。
現実にご都合主義は無いのだ。
三人の男たちが同時に動いた。
一人がナイフを握った拳で顔を、一人がナイフで胴体を、一歩早く踏み込んだ一人が屈んで足払いを、三方向から同時に狙った。
(((捕った!)))
三人が勝利を確信した次の瞬間、【心眼】は足払いをした男の足を半端に踏んで、バランスを崩した。
突き出した手が、胴体を狙った男のナイフを持った腕を、下から斜め上に押し上げる。
そのナイフが顔を狙った男の暗視ゴーグルの留め具に当たって外れた。
男が咄嗟に暗視ゴーグルに伸ばした手が、その手に当たってナイフを弾く。
弾かれたナイフは落ちて、足払いをした男の迷彩服に刺さるが、迷彩服の下の防刃ジャケットに弾かれて砂浜に転がり落ちた。
カランッ
ナイフが落ちた時には、直前にバランスを崩したはずの【心眼】は、まるで何も無かったかのように彼らに背を向けて離れて行き、他の男たちを確認するように首を巡らした。
(嘘だろ…)
(ありえない…)
(人間業ではない…)
(予知能力どころの話じゃない…)
((((…悪魔だ!))))
【心眼】を逃さないために遠巻きに見守っていた4人の男たちは、その様子を見て目を剥いた。
絶対に起こらない偶然では無い。
しかし、それは相手が油断している格下の場合の話だ。
彼らのようなプロが、油断もせずに引き起こして良い状況ではない。
【心眼】に良い様に遇われた男たちは、状況を理解できないながらも、距離を取って体勢を立て直す。
パパパンッ
軽快な音が砂浜に当たって鳴り響いた。
遠巻きにしている一人、特殊部隊のリーダーが、信那と対峙している戦小町の足元を、マシンガンで一斉射したのだ。
威嚇射撃である。
「動くな!」
リーダーが命令した。
押されていた戦小町は元より、攻勢だった信那も動きを止めた。
信那の黒いキャットスーツは所々に穴が空き、切り裂かれていて、血も付いていたが、傷痕は一つも無かった。
無傷なのでは無い。
生命エネルギーを活用して戦闘中に治したのだ。
対する戦小町も無傷では無い。
白い肌の至る所に浅い切り傷があり、血が滲んでいる。
――彼女は裸だった。
切っ掛けは、投げた棒手裏剣が信那に刺さったことに始まる。
棒手裏剣が奪われ、素手相手という最大のアドバンテージを失った。
生命エネルギーを含めた身体能力に劣る彼女は、次第に防戦一方に追い詰められていった。
棒手裏剣で丈の短い着物の袖が、裾が、胸元が切り裂かれていき、動きに支障を感じた段階で、自ら着物を脱ぎ捨てた。
水着コンテストの後、ニップレスは外していたので、今は六尺ふんどしだけ。
彼女が着物を脱ぎ捨てた時は、迷彩服の男たちに僅かな動揺が走り、その後も彼らの集中力を少なからず奪っていたのだが、それすらも【心眼】の手の内だった。
普通の人が聞けば鼻で笑うような内容だが、彼の狂信者たちなら声を揃えてこう答えるだろう。
『【心眼】さまなら普通』
と。
(人質、ねえ…)
信那はリーダーの意図を理解したが、その効果については懐疑的だった。
彼女たちにとって【心眼】は殺せない目標だが、戦小町は違う。
今までの戦闘行動で、彼女は普通の【リアライザー】に過ぎず、彼らは生かして捕らえる価値は無いと判断した。
しかし、【心眼】が現れた時の会話から、無関係では無いことも確かである。
だから今度は、人質として使うことにしたのだ。
降伏しなければこの女を殺す、と。
「………」
しかし、【心眼】は何の反応も示さない。
先程までと変わらず、棒立ちと大差のない自然な立ち振る舞いだったが、最早それを侮る者は誰も居なかった。
(私たちに彼を殺すつもりが無いことは気付いているはず。彼女を見捨てるつもり?)
信那の疑問は直ぐに解消することとなる。
――敵の増援によって。




