イベント:ポロリ
《――皆様、大変お待たせいたしました! イベントを再開いたしますっ‼》
暫くしてスタッフが舞台裏に消えると、司会者が舞台の中央で宣言してイベントが再開された。
その後も、次々と織田信長が登場した。
男の織田信長も、女の織田信長も、偽物の織田信長もだ。
二人目の偽物が【心眼】に暴露された段階で、あと二人の織田信長が出場を辞退した。
二十人を超える参加登録者の内、偽物はスタッフの用意した一人を含めて四人。
これを多いと取るか、少ないと取るかは、個人に依るところだろう。
(まあ偽物が混ざりもするよな。これだけ織田信長ばかり集めれば…)
楽人は偽物に悪感情を持っていなかった。
偽物は織田信長の【リアライザー】を騙っただけで、実害が無かったからだ。
実害も証拠も無く事件に首を突っ込むほど、彼も酔狂では無い。
仮に司会者が人質にでもされれば違うかもしれないが、その場合は彼よりも早く、アル・ラクスがあっさり片付けてしまうだろう。
ウオオオオォォォォォーーーーーーーーーーッ!
突如、観客席から今日一番の歓声が上がった――人類の夢、ポロリである。
その織田信長は美し過ぎた。
一言で言えば絶世の美女。
切れ長の目は海よりも深く青く。
流れる髪は夜空のように漆黒。
高い身長とスラリと伸びた手足。
肉厚だけど適度に引き締まった健康的なお尻と太もも。
ともすればアンバランスにしか見えない圧し潰されれば顔よりも大きな胸。
それらが絶妙なバランスの上で成立していた。
その美し過ぎる織田信長が、手を振って観客にアピールしている最中に、胸を覆うサラシが解けて、たわわに実った果実が転び出たのである。
それはもう、“ポロリッ”どころの問題ではなく、“ブルンッ”だった。
その柔らかく弾む揺れは、観客席の最後列からも視認でき、間近に居た司会者に至っては、そのあまりにもな音と光景に絶句したほどである。
「これだ! 俺はこれを見るために今日ここに来たんだ!」
手塚はこの光景を一瞬たりとも見逃すまいと、前のめりになって、食い気味に目を凝らして舞台を見続けた。
舞台上の彼女は既に両手で胸を隠しているが、その豊満過ぎる果実は半分も隠せていない。
「もう一度ポロリしろ!」
彼の叫びは観客の大半と同じ気持ちで、似たような声は観客席のあちこちで上がっていた。
(ソシャゲとかAIとかほど下半身デブじゃないな)
サーニャ一筋の楽人の反応は的確に辛辣だった。
「怖っ! デカすぎっ!」
範子は、自分の何倍ものボリュームが弾んで揺れる様子を見て、思いっきり引いていた。
「そうなの?」
メスリンの少ない知識――“ミレニアム戦記”――には同レベルの巨乳が何人も居たため、範子の感覚が分からず首を傾げた。
(流石にあそこまで欲しいとは思いません…)
大平原にコンプレックスのある貴巫女は、将来的に豊胸手術も視野に入れていたが、そんな彼女をしても、美し過ぎる織田信長の織田信長は大き過ぎた。
「ガクトもあれくらい大きい方が好き?」
サーニャは自分の胸の下に両手を当て、半球状の膨らみを水着とその上着ごと数センチ持ち上げて、隣の恋人を上目遣いで見た。
楽人はその二つの膨らみに視線を落として、少し考えてから答えた。
「いや、サーニャの胸が一番だ」
「キャーッ♡」
サーニャは喜んで、手を胸から離して口元に当てた。
その豊かな胸は前腕に挟まれて、大福のように柔らかく形を変えた。
(須磨君、あちらには余り興味が無さそうね。やっぱりサーニャさんくらいが好きなのかしら?)
静香は自分の胸を見下ろして、サーニャと同じくらいであることに安心感を覚えた。
「びーちぼーるよりちいさいね」
「そうだね」
おっぱいが恋しい歳でも無いアキラや、おっぱい好きや女好きの設定の無いアル・ラクスは、美し過ぎる織田信長に性的な興味を示さなかった。
「………」
そして兵藤。
彼も織田信長の驚異的な胸部には全く興味を示さず、主人である範子の様子を見守っていた。
大人を小馬鹿にする小さい女の子という、メスガキの精神性が好きな彼の目に、巨乳が魅力的に映るはずも無い。
《――は~、よかったぁ。これでポロリさせられずに済みました……あっ!》
織田信長の“ブルンっ”に絶句していた司会者の女性が、思わず爆弾発言を零した。
それは独り言だったが、織田信長に向けたマイクが拾ってしまい、会場中に聞こえてしまった。
ドッ
観客席からドッと笑いが巻き起こり、彼女は失言に気付く。
そう、彼女が胸元の緩い脱げ易そうなバニーガール衣装なのは、参加者が誰もポロリをしなかった場合に備えた保険だったのである。
ブーッ、ブーッ、ブーッ
会場のあちこちから、彼女のポロリも求めるブーイングが起きる。
《ごっ、ごめんなさ~いっ!》
司会者は泣き出しそうになりながら、胸を手で隠した織田信長の後ろに隠れた。
再び会場中の視線が織田信長に集まる。
彼女が恥ずかしそうに身を悶えると、その絶大な胸が腕の中でムニュムニュと形を変え、ブーイングしていた観客たちは司会者のことを忘れて魅入ってしまった。
「男ってやーねー」
何人かの女性客がぼやき、その周囲の何人かの女性が尻馬に乗る。
しかし、これは【リアライザー】の水着イベント。
デート中の付き合いでも無ければ、そこに来る女性――しかも未だに残っている――という時点で察するには余りある。
(お前が言うな)
だから周囲の男女は心の中でツッコミを入れた。
世の中そんなものである。
数分後。
司会者は会場が落ち着いた頃合いを見計らって、織田信長の背後から姿を現して締めに入った。
《――それでは織田信那さん、コメントを一言》
この【リアライザー】の名前は珍しく、織田信長では無かった。
《仕事は探してやるものだ》
(…まさかな)
楽人はその一言を聞いて訝しんだ。
実際、彼の勘は間違っていない。
彼女はサラシを解け易くし、その端から伸ばした一本の糸を、手を大きく振って視線を集めつつ、逆の手で引っ張ってサラシを解いたのだ。
やっていることは手品師のそれと同じである。
サラシを拾った後、控え室に戻ってサラシを巻き直さないのも、イベント進行を気遣った振りをした策略。
楽人は彼女が手に持つサラシを見て方法を想像しようとしたが、流石にそこから伸びる糸は見えなかった。
《織田信那さん、ありがとうございました》
織田信那は最後に、片腕で突起付近だけを隠して、会場を右に左に、サラシを持ったもう片方の手を振った。
その際に、一人だけサラシの先を見ている楽人の視線に気付くと、目を細めて微笑み、彼にキスを投げた。
ざわ、ざわ…
会場中の男たちが騒めいた。
彼女が優雅に歩いて舞台奥の審査待ちの列に並ぶ頃には、騒ぎは一層大きくなっていた。
投げキッスの相手が「俺だ」「いいや俺だ」と騒がしくなる。
特に楽人の隣に座っている手塚は、目を血走らせて自分だと主張し、周りの敵意を一身に集めた。
(趣味の悪い女だなぁ…)
当の本人である楽人は、肝心な時に彼女の顔を見てなかったので、自分に向けられたものとは夢にも思わない。
彼の後ろに座る静香も、彼に意識が向いていて、投げキッスなんて気付きもしなかった。
静香が反応をしないので範子も気付かず、サーニャに至っては言わずもがな。
結果、彼らの中で織田信那は、手塚に投げキッスをする悪趣味な女というレッテルが貼られたのだった…。




