イベント:偽物
その後も参加者の紹介は続いた。
当然、その全員が違う作品の織田信長の【リアライザー】だった。
中には名前が似ている【リアライザー】も居たが、名前は違っても、織田信長の【リアライザー】であることに違いは無い。
そしてついにその時が来た。
《貴殿は【リアライザー】では無いな》
【心眼】が新たに舞台に上がった織田信長を指摘した。
その織田信長は歴史の教科書に似ていたが、微妙に違う姿をしている。
他の織田信長に比べて、特別おかしな話し方や仕草をした訳でも無い。
しかし、それでも【心眼】は、彼が舞台に上がった瞬間に詰問した。
《酷い言い掛かりだ。何か証拠でもあるのか?》
容疑者の反応は至極当然のものだった。
《気配が違う》
【心眼】は詰まらなそうに答えた。
《そんな曖昧な言葉で批判されるとは心外だ。どうせ参加資料でも見て、適当に当たりでも付けたんだろ?》
容疑者の着眼点は悪く無い。
実際、一部の関係者だけ事前準備をして、生放送で有能ムーブをする番組は少なくない。
しかし、事今回に関しては的外れ。
《私は日時と場所ぐらいしか聞いていないのだがね》
《それこそ嘘だ。どこの世界にそんな出演依頼をしたり、受けたりする奴がいるって言うんだ?》
観客の中には彼の反論に頷く者も少なくなかったが、逆に【心眼】ファンの女性たちは、誰一人としてその反論を欠片も信じていなかった。
《嘘ではありません! 彼を試すために、わざと教えなかったんです。サクラまで用意して》
司会者の言葉は、容疑者が用意されたサクラでは無いと言っている。
《資料を読んで貰えるかな?》
《は、はい。彼は、“儂の妹がこんなに可愛いはずが無い!”と言う作品の織田信長で…》
【心眼】に頼まれた司会者は、左太もものスマホホルダーからスマホを取り出すと、参加資料を読み上げ始めた。
その作品は程よく古く、紙媒体は絶版の上、電子書籍化もされていない。
ネット上で調べても正確な情報も少なく、説明を聞いていた観客たちがスマホで調べても、殆ど情報が出て来なかった。
《作品は古くてマイナーだけど、そんなことは【リアライザー】じゃない証拠にはならないぞ》
《言うに及ばず》
容疑者に指摘されるまでもなく、【心眼】は【共生者】である高町刑事から、【リアライザー】が確認されている最古の作品や、極めて知名度の低いキャラクターなども知らされている。
《はんっ。じゃあ何を根拠に言ってんだよ》
《目を閉じた者に色を説明するが如し》
【心眼】は息巻いて調子に乗る容疑者を指差した。
――それは【心眼】を代表する名言の一つだった。
彼自身、目が見えないからこそ、その意味は深い。
現象としては熱伝導率によっても色を判別することは可能である。
しかし、熱伝導率による説明はどこまで行っても熱伝導率の説明に過ぎず、熱伝導率が同じ色の違いを目の見えない者に伝えられる訳では無い。
また、目が見える者でも、目を閉じてしまえば見えるはずの物も見えなくなってしまう。
転じて、彼は理解する能力を持たない弱者や、端から認めるつもりの無い愚者に対する、無駄な行為を指してこの言葉を使う。
彼のファンたちは目を輝かせて、彼の次の言葉を待った。
《だから何だって言うんだ。名誉棄損で訴えるぞ》
この織田信長は憐れなことに、都合の良いことを喚き続ければ、或いは相手を否定し続ければ物事が思い通りになると妄信している、事実を認める能力が欠落しているタイプの愚者だった。
《ではこうしよう。政府の戸籍審査を受けて来たまえ。貴殿が認められたら私が何でもしよう》
ざわ、ざわ…
“何でも”という単語に過剰反応している者も多かったが、【心眼】を知る者たちの感想は唯一つ、
「終わったな、あいつ」
「終わったわね、あいつ」
容疑者の敗北の確信である。
《ふん。本当にいいんだな。そんなことを言って、後で吠え面を掻いても知らないからな》
《勿論だとも。観客たちが証人だ、この場で申請したまえ。審査の希望日は最短から一か月もあれば十分だろう。異論は無いな》
【心眼】が観客たちをアイマスクに覆われた目で見渡す。
観客たちから、彼の言葉を肯定する思い思いの返事が返って来る。
《…こっちにだって都合ってもんがある》
容疑者は彼の出した条件を否定した。
当然である。
この場で申請をすれば、本物の審査結果が発生してしまうからだ。
審査結果を偽造しても、政府に問い合わせれば嘘が発覚するのでは意味が無い。
《これは異なことを。【リアライザー】が一か月以上審査も受けられないほどに多忙だと?》
観客たちも理解した。
そこまで【リアライザー】の自由を奪っているのなら、その【共生者】は【超生物保護法】に抵触して有罪確定だ。
つまり、彼の条件を受けないこと自体が、疚しいところがあると認めたことになっていたのだ。
《くそっ!》
容疑者は床に唾を吐き捨てた。
――実際、彼は偽物だった。
濡れ手に粟の大儲けを夢見て、【リアライザー】詐欺を考えた。
偽物だとバレないように、昔のマイナーな作品から探した。
歴史の教科書に載っている一番有名な姿と似て非なるキャラを選んだのも、疑われ難くするため。
ネットでもリアルでも一般人を騙したが、【リアライザー】の多さとキャラのマイナーさから、それだけではあまり儲からなかった。
そこで一発当てようと今回のイベントに参加したところ、二番目に不味い相手が居たのだ。
無論、一番目は彼のコスプレの本物である。
《覚えてやがれ!》
容疑者は捨て台詞を吐くと、司会者を突き飛ばして控え室に駆け込んだ。
彼は自分の荷物だけ持って、驚いている出番待ちの織田信長たちを無視して、裏口から逃げて行った。
誰も追い駆けようとせず、彼は途中でコスプレを脱いで無事に逃げ果せた。
もし下手に金品を奪ったりしていれば、追い駆けられて捕まっていただろう。
彼は彼なりに賢く、そして小者だったお陰で助かったのだ…。
* * *
イベントは一時中断された。
舞台裏からスタッフが出て来て、偽織田信長に突き飛ばされた司会者の女性を診たが、転んだだけで怪我は無かった。
「ねー、なんであのおじちゃんはしってったの?」
アキラはアル・ラクスの膝の上で、無理矢理後ろを向いて彼に尋ねた。
「恥ずかしかったんだろうね」
「なんではずかしいの?」
「それは…」
アル・ラクスは言葉に詰まった。
偽織田信長が逃げた直接の原因は、【リアライザー】では無いと露見したこと。
恥ずかしかったというのは、副次的な理由に過ぎない。
未就学児のアキラに、『【リアライザー】でなければ参加できない』という理屈は難しく、アル・ラクスは説明に困った。
「アキラちゃん。男の子と女の子のトイレは違うでしょ? それと同じ。これは【リアライザー】のイベントなの」
隣に座る静香が、小さい子供でも分かるように簡単な例えを出した。
「トイレってちがうの?」
「え?」
アキラの言葉に、今度は静香が固まった。
独り暮らし――ユントロは数えない――の高校教師である彼女には縁の無い話だが、幼稚園や保育園の大半は、男女でトイレの場所が分かれていない。
これは未就学児は羞恥心が発達しておらず、それを促進させるような教育も行っていないことに起因する。
しかし、トイレには子供の理解を妨げる、もっと大きな問題が存在する。
――それは「今だけ男」ルールである。
昭和の時代から、女性用トイレが遠かったり混んでたりする時に、中年女性が「今だけ男にしたって」と自分ルールで男性用トイレに入る事案が稀によく発生している。
法的には、本当に同性用トイレに間に合わない場合は緊急避難に当たり、合法となる。
しかしこれが男女逆の場合、中年男性は必ずと言っていいほど、若い女性に通報されたりネットに晒されたりするが、中年女性を若い男性が通報したという記録は殆ど無い。
即ち、世間は「今だけ男」ルールを黙認しているのだ。
これは社会として見ればLGBTどころか男女不平等そのものであるが、個人として見れば、他者に寛容な人間と、己を優先したい人間の違いである。
――そして、これは人間と【リアライザー】の問題にも直結している。
犬猫のトイレや水浴びを覗いても、違法行為として罰せられることは無い。
【リアライザー】の人権を認めないということは、それと同じことなのである。
人間と人間に近い姿の【リアライザー】、そこに一方的な差を付ける行為は、正に男女不平等な社会の焼き直し。
それは個人についても同じ。
【リアライザー】を個として認める人間と、【リアライザー】を道具や商品として見る人間の違い。
そこに何の変わりも無いのだ。
だからこそ、楽人のように警戒心の強い【共生者】は、【超生物保護法】が成立するまで【リアライザー】を外に出さなかったのである。
或いは、未だに隠し続けているのだ。




