イベント:織田信長
《それでは皆さん、ここに【リアライザー】水着コンテスト・イン・海鳴の開催を宣言いたします!》
【心眼】が審査員席に座り、彼の登場で熱くなった会場の熱が冷めるのを見計らって、司会者がイベントの開催を宣言した。
ワアアアアーーーーーッ
歓声は上がったが、どう見ても彼の登場時より盛り上がっていない。
《皆さん、お待たせいたしました。最初の参加者の入場です! 最初の参加者は――》
観客の誰もがイベントの失敗を予感する中、司会者が最初の参加者を紹介した。
舞台左の控え室から参加者が姿を現した。
その姿は、
《――織田信長です!》
どよ、どよ…
日本人なら誰もが一度は見たことのある、歴史の教科書に必ずと言って良いほど肖像画の載っているあの顔にそっくりの姿……が、『越中ふんどし』一丁で現れた。
左右に延びた紐を結んで布を通して垂らす、定番のふんどしである。
勿論、彼は歴史上の人物本人では無く【リアライザー】だ。
「…水着?」
会場のそこかしこで上がったのと同じ言葉を、範子も呟いた。
「女の子じゃない…」
手塚もまた、会場の大多数と同じ感想を呟いた。
「まあ、夏の海で教科書に載ってるみたいな着物は暑いし…」
楽人も訳の分からないフォローしか出来なかった。
《それでは織田信長さん、コメントを一言》
司会者は会場のどよめきを無視して、織田信長にマイクを向けてコメントを求めた。
《人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり》
(いや、ほんと本物っぽいわ。これが水着コンテストで無ければ完璧なんだけど…)
楽人は訝しんだ。
そして観客の誰もが楽人と同じ感想を抱いた。
何故、水着コンテストで男なのか。
何故、水着コンテストで褌なのか。
何故、水着コンテストで織田信長なのか。
突っ込みどころばかりだからこそ、【リアライザー】なのに本物らしい織田信長に疑念しか湧かない。
それらが気にならないのは、【リアライザー】の中でも日本の習慣を知らない者――サーニャやメスリンのような異世界人――くらいだった。
《織田信長さん、ありがとうございました》
織田信長は振り返って舞台の奥、壁際の右端まで歩いていくと観客席の方に向き直った。
《それでは次の参加者は――》
次の参加者が舞台の左から姿を現した。
《――織田信長です!》
ざわ、ざわ…
会場にざわめきが巻き起こる。
誰もが動揺した。
まず、同姓同名の時点でおかしい。
【リアライザー】は同姓同名であっても作品――スピンオフを含む――ごとに別のキャラクターと判別されるので、有り得る話だと噂されていたが、観客の中に実物を見比べたことのある人間は居なかった。
次に、その容姿。
先程の織田信長は歴史の教科書そのものだったが、今度の織田信長は現代の若者風な見た目をしている。
チョンマゲは元より髭も無く、顔の輪郭も頬のラインが滑らかで、精々二十歳前後にしか見えない
某戦国で雑兵相手に無双するゲームのキャラである。
更に、その水着。
彼のふんどしは『もっこふんどし』だった。
布の両端に紐を通したその形状は、実質、結び目が一カ所の紐パンツ。
前から見ても後ろから見ても逆三角形の布から腰と太ももが丸見えの姿に、一部の女性観客からは黄色い歓声や溜め息が漏れた。
《それでは織田信長さん、コメントを一言》
司会者は会場のざわめきを無視して、織田信長にマイクを向けてコメントを求めた。
《必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ》
ふんどし一丁の現代風のイケメンが、歴史上の名言を語る暴挙。
この状況を喜んでいるのは、乙女ゲーファンかBL好きくらいだった。
逆に言えば、大半の観客はお通夜ムードで、【心眼】登場時の盛り上がりが嘘のように沈んでいる。
男嫌いの母親に洗脳された小学生アイドルに至っては、顔から表情が抜け落ちている始末。
《織田信長さん、ありがとうございました》
しかし、司会者は会場の反応には構わず、粛々とイベントを進めていく。
二番目の織田信長も舞台の壁際まで下がって、一人目の横に並んだ。
《それでは次の参加者は――》
次の参加者が舞台の左から、
《――織田信長です!》
紹介から一歩遅れて姿を現した。
…ワアアアアアアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ‼
一瞬の間を置いて、盛大な歓声が沸き起こった。
それもそのはず。
三番目の参加者は織田信長は織田信長でも、10代の美少女だったのだ。
――歴史上の偉人は、フィクションのキャラクターにされ易い。
知名度の高さから共通認識が多く、説明を最小限にしても理解されるので、ローコストハイリターンだからである。
そんな偉人たちの中でも、織田信長は群を抜いている。
理由は三つある。
一つ目は、知名度。
世界レベルの知名度を誇る、実在を疑う余地の無い国家を代表する偉人。
二つ目は、物語性。
数々の逸話を持ち、数々の偉業を成し遂げ、日本統一を目前に信頼していた臣下に裏切られて夢破れた姿は、今尚多くの人々の心を動かし続けている。
三つ目は、国民性。
日本は昔からエンターテインメントが盛んで、江戸時代には水滸伝の女体化作品があったが、女装であれば神話の時代には既に日本武尊がしている。
それらが組み合わさった結果、織田信長はフリー素材として長年愛され続けてきた。
それは今後も、人類の歴史が続く限り変わらないだろう。
――つまり織田信長とは、世界一【リアライズ】されて然るべき偉人なのである。
神になったり、悪魔になったり、異国でお洒落をしたりとやりたい放題。
女体化なんて朝飯前、屁の河童なのだ。
「エッロ!」
範子が思わず直球な感想を漏らしたが、男女問わず大半の感想は同じだろう。
何せ、この美少女織田信長、水着が『六尺ふんどし』なのだ。
一枚の布を途中まで捩じって紐状にして巻いていて、前は逆三角形、後ろはTバックとなっている。
流石に公共の場なので上半身丸裸ではないが、肝心の部分に星型のニップレスを張っているだけのノーブラ。
乳腺が多いお椀型の胸は張りが良く、全くと言って良いほど垂れていない。
チョンマゲの代わりの茶色いポニーテールや、目の大きな王道美少女顔で可愛いのだが、お色気路線で完全に霞んでしまっている。
「綺麗な形してますね」
サーニャが率直な感想で同意を求める。
その目には一点の曇りも無い。
「あっ、うん…」
しかし、楽人は曖昧に答えた。
別に目を奪われた訳では無いし、彼女に他意は無いと分かっていても、面倒な質問に変わりは無いのだ。
(…男の褌くらいは覚悟していたが、流石にこれは予想できなかったな。このために情報封鎖をしてたとか海鳴市本気過ぎるだろ。多分、この後も全員織田信長なんだろうなぁ…)
《それでは織田信長さん、コメントを一言》
《攻撃を一点に集約せよ。無駄な事はするな》
織田信長は観客席より後方、海の一点をビシッと指差して明言を叫んだ。
プルルンッ
その勢いで、張りの良い胸がプリンのように揺れた。
(おっぱいとお尻、二カ所アピールしてるように見えるんだが…)
「うおっ! もう辛抱堪らん! イベントが終わったら俺あの子に告白するわ!」
訝しむ楽人の隣で、織田信長のおっぱいに魅了された手塚が、股間を抑えて青春していた。
(…男の一点を集中攻撃だったか)
楽人が周りを見渡すと、手塚と同じようにハートを射抜かれた男性が多数くいて、その三分の一くらいは隣の彼女に抓られ、三分の一くらいは彼女に愛想を尽かされていた。
残りの三分の一は彼女も居ないのに、ナンパよりイベントを優先した男性である。
その中で兵藤やアル・ラクスのような付き添い目的の男性は少数派だった。
《織田信長さん、ありがとうございました》
ニップレス織田信長は、可愛いお尻を振りながら舞台奥に歩いていき、審査待ちの列に並んだ。
《それでは次の織田信長さんです!》
流石に四人目ともなると、司会者も参加者の名前を呼ぶのに溜めを挟まなくなった。




