イベント:審査員
《お集りの皆さん、長らくお待たせいたしました。間も無く、【リアライザー】水着コンテストを開催いたします》
14時少し前。
控え室のある舞台の左側から司会者が登場して、マイクを使って宣言した。
何処にでもいる、そこそこに美人で、そこそこにスタイルが良く、そこそこに若い普通の女性司会者だった。
黒いレオタードに網タイツ、付け襟に付け袖、白く長い付け耳ヘアバンド、お尻には白いポンポン、太ももにはスマホホルダー。
どこからどう見てもバニーガールである。
(胸元が緩そうだなぁ)
楽人はサーニャが試着した時を思い出して、失礼な感想を抱いた。
「ワクワク、ドキドキ…」
一方、メスリンは口元に可愛く握り拳を作り、期待と興奮を言葉にしていた。
「口で言うのか?」
「おにいさんは野暮だね♡ そんなんだからドーテーなんだよ~♡」
「ぐはっ!」
耳聡く彼女に突っ込んだ手塚が、逆にカウンターを喰らってノックダウン。
彼らが漫才をしている間にも、司会者の説明は続いていた。
《――告知にもある通り、参加者からは撮影許可が取れております》
ヒューッ、ヒューッ
「――太っ腹っ!」
「――よっ! お大臣っ!」
「――姉ちゃん可愛い!」
「――結婚してくれ!」
「眼鏡掛けてくれーっ!」
チラシなどに注意書きが無かったので予想していた者も多かったが、撮影できると公表されて観客席から喝采が飛ぶ。
手塚は即座に復活して願望を垂れ流したが、隣の楽人は親友の妄言を聞かなかったことにした。
《但し、他のお客様のご迷惑にならないように、お願いいたします》
司会者は客席全体を見渡し、しっかりと釘を刺した。
観客席の上空にドローンが一台飛んでいるが、これは海鳴市が用意した撮影用のドローンである。
法律上許可が必要なので、この近辺で撮影可能な範囲にあるドローンはこれ一機だけだった。
「目が合った! これは脈ありだな!」
手塚が興奮して鼻息を荒くする。
(何でそんなに自信満々なんだよ…)
楽人は返事をされても面倒なので、心の中で突っ込んだ。
《それでは審査員を紹介いたします。最初は我らが海鳴市市長、槙原美由希氏です!》
パチパチパチパチ…
司会者と同じ舞台の左から、女性市長が姿を現した。
チラシなどには司会者の名前は無く、協賛に市長の名前があったので、彼女の登場は盛り上がりに欠けた。
彼女は片手を振りながら、舞台右下の審査員席へ歩いて行き、一番手前の席に座った。
《続きましては、【リアライザー】評論家のハーゲン黒牛さんです!》
ブー、ブー、ブーッ
次の審査員が舞台の左から登場すると、一部から盛大なブーイングが上がった。
彼は【リアライザー】登場当初から専門家を名乗っている、自称【リアライザー】評論家である。
テレビやネットによく出演するが、その自論は根拠に乏しい上から目線で、【リアライザー】好きや【共生者】からの評価は極めて低い。
そんな彼が食いっ逸れないのは、炎上商法を求めるテレビ局、安い依頼料、そして彼自身が依頼を選ばないお陰だった。
そうでも無ければ、数ある海の小さなイベントで呼ぶのは難しかっただろう。
ちなみにハゲなのもポイントが高い。
評論家はブーイングを気にせず、審査員席へ悠々と歩いて行くと市長の隣に座った。
(ダニングクルーガー効果だっけ。自分が偉い前提の喝采願望の塊みたいな人種)
楽人の比喩は微妙に間違っている。
口だけの偉そうな評論家と揶揄するのなら、『無能な者は講釈ばかりする』という名言の方が適切だろう。
《そして本日のスペシャルゲスト、今をときめくスーパーアイドル、南条きらりちゃんですっ!》
ワアアアアァァァァァーーーーーーーーーーッ!
三人目の審査員が紹介されると、客席から盛大な歓声が巻き起こった。
舞台の左から登場したのは、僅か十歳の少女。
本名、南条煌璃は整った顔立ち、サラサラの黒いロングヘア、透き通るような白い肌と三拍子揃った、正に清純派アイドルといった容姿の美少女だった。
審査員なので水着では無いが、夏の最新曲とセットの衣装は薄着でスカートも短い。
彼女が舞台の上を歩くと、最前列に近い客席からは彼女のスカートの中が見えた。
アイドルなので当然、“見せパン”である。
「くそっ! 何で俺は最前列を取れなかったんだ!」
手塚は握った拳を太腿に振り下ろして悔しがった。
「へえ~♡ おにいさんパンツが見たいんだぁ♡ そんなに見たいんなら後で見せてあげようか?♡」
メスリンはアイドルを無視して、三つ隣の彼の言葉に反応した。
“ミレニアム戦記”は世間一般のソシャゲの例に漏れず、美少女や可愛いくて変な衣装には事欠かない。
世間から隔離されていたメスリンの常識は原作で止まっていたため、アイドルやその衣装は現代人にとっての一般人のようなもの。
彼女にとって、興味を引くほどの物では無かった。
「え?」
突然の誘惑に、手塚は驚きと期待の混じった目で振り向いた。
「あっ、本気にした♡ へんた~い♡」
彼は騙されたと知ると落胆して肩を落とした。
(あの子、どこかで見たような…)
楽人は自分を挟んで行われるメスガキトークを完全に無視して、舞台から審査員席へと歩いて行くアイドルを胡乱な目で眺めた。
彼が見覚えがあるのも当然で、実は彼女、先日彼と一緒に拉致された内の一人である。
しかし、お互いの顔を見たのは薄暗い倉庫内や夜の倉庫街。
名前も聞いていなかったこともあり、彼は思い出せなかった。
《最後の審査員はもう一人のスペシャルゲスト。天が知る、地が知る、人が知る。彼が知らねば誰ぞ知る…!》
アイドルが一番奥の審査員席に座ると、司会者は芝居掛かった口調で最後の審査員の紹介を始めた。
(大袈裟だなぁ。どうせまた胡散臭い評論家か、精々三流芸人だろうに)
楽人は呆れながら、さっき買ったABCレモンの缶に口を付けた。
《――心眼の英雄、アルストロメリアさんでーすっっっ‼》
ワアアアアアアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!
両眼を布で覆った長身の【リアライザー】、【心眼】のアルストロメリアが控え室から舞台に上がって来ると、会場は先程のアイドルの時以上の歓声に包まれた。
特に男連れではない女性からの歓声が大きい。
――彼女たちの大半は重度の【心眼】ファン。
ファンクラブ会員でグッズを全部持っているのは当然として、主なウェブサイトは毎日チェック、リアルな男がどれだけ嫌いでも、【心眼】ファンだけは例外という狂信者ばかり。
アイマスクを模した額の黒い鉢巻がその証。
法被やペンライトなどのオタグッズは、【心眼】メインのイベントでは無いので自粛している。
彼女たちは【リアライズ】以来、日本中で情報を共有していた。
ある事件で彼に助けられた女性が、彼が警察関係者だと知って以来、彼に密かに協力するのが彼女たちの間でブームになっていた。
特に【共生者】が男と言うのが、彼女たちが嫉妬せず団結できている最大の要因である。
勿論、彼のファンには中二病経験者の男性も多いので、高が三桁の観客の中に二桁も居た。
合わせて一割近い熱狂的なファンの歓声に、他の観客たちも同調した結果、アイドルを上回る歓声になったのである。
「ぶはっ! ゲホゲホ…」
司会者が名前を叫んだ途端、楽人は思いっきり噴き出して咳き込み、噴き出したジュースは缶に跳ね返って左右に飛んだ。
「ガクトっ?! 大丈夫ですか…?」
隣のサーニャは水着の上着に掛かったジュースを気にも留めず、彼の背中を擦った。
彼の逆隣の手塚はブーメランパンツ一丁だったので、手の甲で顔に跳ねたジュースを拭いた。
(何やってんだあの人は…)
楽人は先日自分たちを助けてくれた【リアライザー】を胡乱な目で見た。
《――今日は御一人での御参加ですが、【共生者】の方はよろしいんですか?》
司会者は舞台上に上がった【心眼】にマイクを向けて、アイドルにもしなかったインタビューを始めた。
《問題無い》
【心眼】の淡泊な返答に、会場中から黄色い溜め息が零れた。
《よろしければ会場の皆さんに何か一言お願いします》
《ふむ。…安心したまえ諸君。私が来たからには一切の不正を見逃さない》
彼が司会者から観客席に振り向いて断言すると、
「「「「「例外は無いっっっっっっっっっっ!」」」」」
会場のあちこちから、彼の決め台詞が一斉に叫ばれた。
数十の声がリハーサルも無くハモる。
声は観客席だけでは無く、司会者も彼にマイクを向けたまま叫んでいた。
《その通りだ。…では私は審査に励むとしよう》
【心眼】は鷹揚に頷くと、舞台を下りて審査員席に向かった。
そう、彼はこのイベントの目玉ではあっても、参加者では無い。
まだ、イベントは始まってもいないのである…。




