昼御飯:マシマシ
アル・ラクスの支払いが終わると、楽人たちは全員揃ってから両親の元に戻った。
サーニャは両親の姿が見えてくると駆け出して、ブルーシートの前で立ち止まる。
「ただいまです~♪」
彼女は元気良く、嬉しそうに帰還の挨拶をした。
いつも家で楽人を迎える側なので、ただいまを言える機会は少ない。
「おかえりさない、サーニャちゃん」
ブルーシートに座る母親が、優しく笑って彼女に応える。
彼女の手前には、既に多数のタッパが蓋をしたまま並べられていた。
サーニャはサンダルを綺麗に並べて脱ぐと、ブルーシートに上がって母親の正面に座った。
「ママ~♡ ごは~ん♡」
「はいはい、今用意しますからね」
メスリンはレンタルした子供用サンダルを脱ぎ散らかしてブルーシートに上がると、母親の隣にちょこんと正座した。
他の人たちも次々にサンダルを脱いでブルーシートに上がり、思い思いに料理を囲んで車座になった。
メスリンを追って範子が隣に座る。
跳ね上げ式サングラスの貴巫女は“眼鏡オタク”の隣を回避すべく、その隣にアキラの手を引いて座った。
アキラは、親戚――ショタコンお姉さん――とは違う、普通に優しいお姉さんにドキドキしながら、手を引かれるままに座った。
保護者のアル・ラクスが、その隣に腰を下ろす。
範子に手招きされた楽人は、サーニャの隣かつ範子の正面に座った。
静香は幸運にも楽人と父親の間に座れて、密かに喜んだ。
――彼女の幸運の裏には手塚の思惑と失敗があった。
彼は最初、眼鏡女性の隣に座りたかったので、静香と貴巫女が座るのを待った。
しかし、それを警戒した貴巫女が、早々に左右を埋めてしまった。
更に、静香は楽人の両親の手前、大人の女性らしく――今更遅いが――慎ましやかに他の人を待ったため、彼女と手塚が最後まで座らず残ってしまった。
この時点で空いているスペースは二カ所。
アル・ラクスとサーニャの間か、父親と楽人の間。
両隣男か、男と親友の恋人の間か。
彼に選択の余地は無く、後者を選んだ。
その結果、静香は好きな男性と気に入られたいその親の間と言うベストポジションを獲得できたのだ。
正に、“残り物には福がある”である。
尚、兵藤は主人である範子と、自分の【リアライザー】であるメスリンの後ろに控えた。
もう一人、サングラスの黒服は、「後で食べる」と言って周囲の警戒を続けている。
――――――――――――――――――――
【食事風景】
兵(範の少し後ろ)
メ 範
母 貴
父 飯 幼
音 ア
楽 眼
サ
サングラス(ブルーシートの外で警戒)
――――――――――――――――――――
* * *
「はい、召し上がれ」
おおおおおぉぉぉぉぉっ
母親がタッパを開けると、皆から歓声が上がった。
その内訳は…
赤や緑のピーマンにタマネギ、カボチャにニンジンといった、色鮮やかな夏野菜のマリネ。
ほうれん草や小松菜を使った、黄色がアクセントになっている、和え物。
ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、白滝、豚肉など、定番野菜目白押しの煮物、肉ジャガ。
金色の衣が眩しい、一口サイズの丸いポテトコロッケ。
お弁当の揚げ物の帝王、皆大好き唐揚げは、大小様々なサイズごとに並んでいて、クーラーボックスから取り出して半分に切ったばかりのレモンが、好みで使えるように別のタッパに入っている。
デザートには表面が香ばしく焼けたアップルパイ。
唐揚げ以外は、この海岸に並ぶ海の家では何処も置いていない料理ばかりで、食中毒対策も酢に付けたり熱を通したりと完璧。
作り手の性格が伺える品々だった。
「小母さま、写真に撮っても良いですか?」
貴巫女が母親に撮影の許可を求めた。
「あらあら。別に撮っても構わないけど、そんな大した物じゃないわよ~」
母親は片手を口に当てて、満更でも無さそうに笑う。
「ありがとうございます、小母さま」
パシャッ
貴巫女は礼を言うと、スマホを取り出して何枚も写真を撮り始めた。
皆が撮影の終了を待ったが、待ちきれない者も居た。
ヒョイ、パクッ
「うんま~っ!♡」
メスリンである。
彼女は「いただきます」も言わず、小さな唐揚げを手で摘まんで口に放ると、感嘆の声を上げた。
「ヒョードーの買ってくる唐揚げよりおいし~い!♡ なんで?!」
メスリンは目をキラキラと輝かせて母親を見つめる。
「うふふ。ありがとうねメスリンちゃん。青空の下で食べるといつもより美味しいのよ?」
母親は笑顔で謙虚に答えた。
「ママ最高♡ あたしママんちの子になる♡」
「あらあら、まあまあ」
「………」
メスリンの屈託の無い、兵藤へのご褒美でも無い言葉に、兵藤の顔から表情が抜け落ちた。
(ご愁傷様)
楽人は心の中で彼を憐れむと、ビニール袋から買って来た料理を取り出し始めた。
料理はどれも透明のプラスチック容器に入っていて、輪ゴムで止められている。
「枝豆は、父さん」
「おう、気が利くな」
一番上に入っていた枝豆を父親に渡した。
「あれ?」
次のプラスチック容器を見て、楽人の手が止まった。
「ガクト、どうしたんですか?」
「喜べサーニャ。マシマシだ」
「?」
楽人が焼きそばの入った容器をサーニャに手渡す。
首を傾げながら受け取ったサーニャは、焼きそばの容器を見て驚いた。
容器の蓋が閉まり切らないほど、キャベツとピーマンが山ほど盛られていて、上から見ると麺が見えないほどだった。
野菜が7に麺が3どころでは無い。
流石に使っていないニンニクは増やしようが無かったが、油のテカリも気持ち強く見えた。
「ヤサイマシマシです♪」
サーニャは自分の注文が叶ったことに感動して、目を輝かせて喜んだ。
(あの店員、中々やるな。他より行列ができていたのも納得だ)
楽人はシーサイド魚幸の店員に心の中で喝采を送りながら、他の料理もビニール袋から取り出して並べていった。
彼が買ったのはサーニャの焼きそば、枝豆、イカ焼き、焼きトウモロコシ、フランクフルト五本にサザエのつぼ焼きが三つ。
当然、母親の料理と被っている物は無い。
「あとはまあ、皆で好きに食べてくれ」
楽人は並べ終わると、ビニール袋の中に零れていたキャベツを自分の取り皿に移して摘まんだ。
「買い過ぎたんじゃないのか?」
手塚が訝しむ。
「アルクス次第だが、少し足りないかもしれん」
「?」
楽人がサーニャの方をチラリと見ると、彼女は小首を傾げた。
* * *
「ごちそうさまでした♪」
サーニャが満足そうに、まだ膨れていないお腹を擦った。
「マジかよ…」
手塚は我が目を疑った。
あれだけあった料理が殆ど残っていない。
メスリンが結構食べた。
初めて他人と食べる、ド素人以外の手作り料理。
小さなお腹で出来るだけ色々な物を食べようと、少しずつ手を付けた。
食べることに余念の無い姉のサーニャは言うに及ばず。
範子も自分で買って来た焼きそば、焼きトウモロコシ、フランクフルトに加えて、母親の料理も全種類制覇。
更には楽人が買って来たサザエのつぼ焼きにも手を出し、メスリンと仲良く半分こした。
貴巫女が申し訳無さそうに楽人へ謝ると、彼は切り分けたサザエのつぼ焼きとイカ焼きを彼女に差し出した。
静香は買ってきた缶ビールを、父親と母親に一本ずつ渡した。
父親が母親に確認すると、「一本くらいなら帰りまでにアルコールも抜けるでしょ」と許可が出て、三人で乾杯をした。
イカ焼きに枝豆、和え物に煮物と、酒の肴には困らなかった。
アル・ラクスは見た目通り一番食べた。
最初はアキラの面倒を見ながら遠慮して食べていた。
しかし、アキラが満腹になった段階で、料理がまだ半分以上残っていて、母親に「残ったら困るからお願い」と言われては遠慮も出来ない。
それでも、周りを見て余りがちな物から食べた辺り、どこまでもヒーローだった。
「満腹、満腹。余は満足じゃ~☆」
範子は後ろに片手を付いて、もう片手でお腹を擦った。
サーニャと違って、こちらは少し膨らんでいる。
手塚がサーニャを胡乱な目で見た。
「そうだよ」
「なっ、なんだいきなり?!」
楽人にいきなりツッコミを入れられて、手塚は狼狽した。
「顔に出てた」
「ぐぬぬ…」
手塚が悔しそうな顔をする。
彼の反応を無視して、楽人と母親が料理の後片付けを始めた。
母親は空になったタッパに蓋をして手提げ籠に入れていき、楽人は屋台のプラスチック容器を重ねてビニール袋の中に詰めていく。
パシャッ
貴巫女の琴線に触れたのか、彼らが片付ける姿を写真に撮った。
「貴巫女っち、今の見せて」
「はい、どうぞ」
「こ、これはマジてぇてぇ…」
スマホを見せて貰った範子が感動した。
彼女は稼業の極道は嫌いだけど、親馬鹿な両親は嫌いでは無い。
しかし、母親は立場上あまり家事をしない――範子と違って人並には出来る――ので、普通の親子関係に憧れがあるのだ。
「送って」
「もう送った」
範子が兵藤を振り返ると、彼はそっと彼女にスマホを差し出す。
彼女がスマホを起動して見ると、母子の写真の他にも、食事中の写真や、海岸に着いた時にサーニャたちと横ピースを決めた写真なども送られていた。
「おっ、サーニャんとメスりんも決まってるじゃん。貴巫女っち、あざーっす☆」
「どういたしまして」
「…わたし?」
母親の手伝いをしようとしていたサーニャが、急に名前を出されて驚いて振り向く。
「ほらほら、見て見て」
範子がブルーシートの上を膝立ちでサーニャに歩み寄り、皆でポーズを決めた写真を見せた。
「わ~! いいですね♪ 綺麗に映ってます♪」
「サーニャんにも送るね。ってかスマホ持ってる?」
「はい、持ってます♪」
サーニャは嬉々として、水着の上着のポケットからスマホを取り出した。
「じゃ、まずコネて☆」
範子はスマホに“コネクト”のQRコードを表示させた。
「えっと…こうですね」
ピロンッ
サーニャは楽人に教わったことを思い出し、スマホでQRコードを読み込ませて連絡先を交換した。
「んじゃ、ほいっほいっほいっ……も一つオマケにほいっと☆」
ピロンッピロンッピロンッ…
範子は手当たり次第に連続で写真を送る。
「うわっ、わっ、わっ…!」
サーニャは連続して鳴り響く通知音に慌てた。
「きゃはははっ☆ サーニャん、ちゃんと届いてる?」
「あっ、はい。…届いてます。ありがとうございます♪」
サーニャはスマホに映った四人でポーズを取っている写真を見ると、スマホを両手で持ち直して胸元に抱え、幸せそうに目を閉じた。
(初めての友達との写真だもんなぁ…)
楽人は初めて友達と写真を交換した頃を思い出し、サーニャの横顔を微笑ましく見つめた。
幼い頃、ショタコンのお姉ちゃんに、半ズボンを穿いた彼の写真を見せられたこともあるが、彼の中ではそれは友達との写真にカウントされていない。
「要りますか?」
貴巫女は楽人が写真を羨ましがっていると思って尋ねた。
「いや、後でサーニャから貰う。気持ちだけ受け取っておくよ」
「余計なお世話でしたね」
貴巫女はサーニャが後で自慢したがることに気付いて謝った。
「おねえさん、あたしにもちょうだい♡」
興味を示したメスリンが、範子のスマホを覗き込む。
「いいよ。スマホ持ってる?」
「もってな~い♡」
範子の質問に、メスリンは清々しい笑顔で答えた。
兵藤に外の情報から隔離されて過ごしてきた彼女は、スマホを持っていないどころか、スマホが何なのかすら碌に理解していない。
彼女がスマホについて知っているのは、遠くの人と話せることと、綺麗な絵――写真――が見れることだけ。
「じゃあ【共生者】に送っとくね」
「うん♡」
(もう情報を遮断する意味が無くなりましたし、スマホを買い与えましょうか)
兵藤はメスリンにスマホを買い与えることを考えたが、その予定が叶うことは無かった…。




