昼御飯:魚幸
シーサイド魚幸。
海岸に10軒以上立ち並んでいる海の家の一つで、食べ物専門の屋台。
庇の上に掲げられた看板には、店名の周りを泳ぐ可愛らしい魚たちが描かれている。
庇の下には短冊が並び、短冊の上の方には料理の写真が貼られ、その下には商品名が書かれていた。
商品は焼きそば、カキ氷、イカ焼き、とうもろこし、フランクフルト、枝豆、缶ビール、缶ジュース、ペットボトルのお茶といった定番商品が多く、大きくない屋台ながらも繁盛している。
客はほぼ二列に並んでいて、看板に釣られたサーニャたちもこの店に並んだ。
「どれも美味しそうで目移りしてしまいます~♪」
サーニャは行列に並びながら、視線を暖簾の右から左へ、左から右へと何度も往復させて、そこに張られている写真を見て唸っていた。
その前に並ぶメスリンに至っては、世間から隔離されていたので見る物全てが目新しい。
姉に輪を掛けて目を輝かせて、言葉を口にする間も惜しんで写真に見入っていた。
サーニャの隣の範子は、海も屋台も初めてでは無いので、メスリンが何を選ぶのか楽しみに見ている。
サーニャの後ろに並ぶ楽人も、その様子を微笑ましく眺めていた。
(今回は人数が倍だけど、アルクスと兵藤さんが居るから安心だな)
楽人はレンタルショップの二の舞を警戒して、アル・ラクスと兵藤に護衛を頼んだ。
強面の兵藤が先頭に、アキラを片手で抱えたアル・ラクスが最後尾に居るお陰で、ナンパなどの迷惑行為に合う気配は無い。
人数や荷物が多いので、もう一人の黒服には父親と母親と一緒に残って貰っていた。
(海でのビールって美味しいらしいけれど、流石に引かれるわよね…)
サーニャが食べ物に目が眩んだ結果、楽人の横には静香が並んでいた。
しかし、インドア派のオタクな彼女は、家族以外の男性との外食自体が初めて。
しかも、相手の両親と一緒なんて想像もしていなかったので、注文が中々決まらなかった。
はぁはぁ…
その後ろでは“眼鏡オタク”が荒い息を必死に抑えている。
目の前には長髪で隠れてフレームも見えないが、眼鏡の静香。
隣には跳ね上げ式サングラスの貴巫女。
彼は上手く隠しているつもりだったが、隣に並んでいる貴巫女には全く隠せていない。
(…何も聞こえない、見えない、気にしない…)
貴巫女は手塚を意識しないように、暖簾に垂れ下がるメニューに集中していた。
彼女も好き好んで彼の隣に並んでいる訳では無い。
他に選択肢が無かったのだ。
ビクリッ
静香は急に身体を振るわせると、キョロキョロと左右を見渡した。
「どうかしましたか、音無先生?」
「う、ううん。何でも無いわ。気のせいだったみたい」
(先生に頼めば代わって貰えたでしょうけど、やっぱり後ろから見られるより隣の方がマシだったみたいね)
貴巫女は自分の選択の正しさを実感した。
* * *
メスリンたちの前に並んでいた三人組が、料理を受け取って隣の建物に入って行く。
屋台の隣の建物には壁が無く、少し高い床にテーブルと椅子を並べられていて、景色と潮風に満ちたテラスとなっている。
席はかなり埋まっていて、主に女性客が多かった。
「サーニャ、順番みたいだぞ」
「――はっ?! じゃ、じゃあ注文しますね? わたしがしていいんですよね?」
楽人に声を掛けられたサーニャが、暖簾鑑賞から我に返った。
目の前のメスリンは直ぐに片っ端から注文して、兵藤が支払いをしているところだった。
「好きな物を注文していいぞ」
楽人は偉そうに答えた。
(どうせ全部買っても高が知れてるしな)
サーニャは好きな物はあればあるだけ食べるが、決して量を欲しがる訳では無い。
品数の限られる海の家なら、海水浴場の特別価格を考慮しても、彼の懐は耐えられる計算だった。
「それじゃあ、焼きそばをお願いします! ヤサイマシマシニンニクマシカラメマシでお願いします~♪」
サーニャは呪文を唱えた。
………
練習の成果があり、しっかり片言で言えたお陰で周囲に沈黙が流れた。
「――ぷっ! きゃはははははっ! 焼きそばにトッピングは無いって。サーニャん面白過ぎ☆」
パンッパンッ
数秒後、隣の範子が噴き出し、彼女の背中を叩きながら腹を抱えて盛大に笑った。
「あれ?」
サーニャが不思議そうな顔をして、小首を傾げる。
「俺、昨日言ったよな? 一部のお店独自の略語だって」
「…あ。あっははは、そうでした♪」
サーニャは楽人に言われて思い出すと、後ろ頭を掻いて笑った。
(どれも食べてみたいけれど、今月はピンチだし、お母様の料理に手を付けられなくなるのも…)
静香はビールで一杯やる自分と、楽人の母親の手料理を褒めて彼を任せられる自分、二つの妄想の中で葛藤していた。
「――弁当は気にしなくて良いですよ」
楽人は真面目な静香が、両親の弁当が余ることを気にしていると思って声を掛けた。
「っ! ありがとうね、須磨君。――店員さん、イカ焼きと缶ビール3つ!」
「あいよっ!」
楽人の言葉に背中を押された彼女は、迷いを捨てて目先の欲望に忠実に注文し、店員も彼女の思い切りの良さに、活きの良い返事を返した。
「結構、混んで来たな」
「そうですねえ…♪」
注文の終わった楽人が後ろを振り返ると、屋台の行列は来た時の倍以上に延びていた。
「今日は特別だからな。そこにチラシがあるだろ?」
店員は焼きそばを作りながら、顔も上げずに口を挟んだ。
楽人たちが店員を見たが、彼はイカ焼きと焼きトウモロコシの焼き加減の確認に忙しく、気付く気配も無い。
カウンターの横に積まれたチラシには、こう書かれていた。
――――――――――――――――――――
【リアライザー】水着コンテスト!
皆も知ってるあの××××のあられも無い姿が!
ポロリもあるよ!
20XX年 8月 12日(金)14:00~15:00
※参加は事前登録制です。
当日参加は受付けておりません。
協賛 海鳴市市長 槙…
――――――――――――――――――――
チラシの中央には、どこかで見たようなキャラクターが水着を着ているが、記載されている内容は簡素で、イベントの詳細も司会者も載っていない。
協賛の所に市長の名前があることで、辛うじて市のイベントだと分かるくらいだった。
「どんなんだ?」
後ろで順番待ちをしている手塚が興味を示した。
彼は楽人の肩に手を掛け、あわよくば偶然を装って静香に触れるべく、二人の間に身体を割り込ませようとした。
「ほれ」
楽人は面倒臭そうに肘で手塚を後ろへ押し返し、カウンターからチラシを一枚取って彼に渡した。
手塚は目を細めて口の端を上げ、チラシを受け取って素直に引き下がる。
「なになに……ポロリだとっ!」
どよどよ…
手塚はチラシを見た瞬間叫んで、それに反応した周りの人たちが周囲をキョロキョロし始めた。
隣の貴巫女は彼の持つチラシを見た後、彼を白い目で一瞥してまた前に向き直った。
楽人と静香が顔を見合わせると苦笑する。
「お待ちっ! 合計6400円ね!」
間も無く、店員はカウンターの上に無地の白いビニール袋を二つ置いた。
ビニール袋の片方は缶ビールしか入っていない。
メスリンと範子の分を兵藤が支払ったので、店員が気を利かせて、サーニャと楽人と静香の注文も纏めて扱ったのだ。
楽人と静香は、どちらも自分が支払おうと決済機にスマホを翳そうとした。
「「!」」
決済機の上で手がぶつかり、静香が思わず手を引くと、楽人はその隙に決済を済ませた。
「ごめんなさい。後で払うわね」
「いいんですよ、ここは奢らせて下さい」
申し訳無さそうに後払いを申告する静香に、楽人は拙いウインクをして却下した。
(初々しいねー。でも後ろが詰まってるから早く退けてくれ)
店員の願いが届いたのか、楽人は料理の入った方のビニール袋を持つと、静香の手を引いた。
「?!」
彼女は一瞬驚いたが、周りの状況に気付いて、缶ビールの入ったビニール袋を持ち、手を引かれるままにカウンターから離れて行った。
「あ~おいしかったぁ♡ ヒョードー、もう一杯♡」
彼らが屋台から離れた先で、既にカキ氷を食べ終えたメスリンが、兵藤に二杯目を要求していた。
「無理です。もう一度並び直さないと買えません。須磨夫婦が待っているので諦めなさい」
「え~? ヒョードーのかいしょーなし~」
兵藤が窘めると、メスリンは不満の声を上げた。
その姿は大人を馬鹿にするメスガキの態度ではなく、兵藤のマンションで空腹時にいつもしていた、不満だけが詰まった只の我侭だった。
「メスリン、母さんの手料理が食べられなくなるぞ」
楽人が兵藤に助け舟を出す。
「ん~♡ しかたないか♡」
カキ氷の一杯二杯でそう変わるものでもないが、メスリンは母親のオムライスを思い出して我慢することにした。
兵藤はそっと胸を撫で下ろし、楽人に深く頭を下げた。
その後、手塚と貴巫女も注文をしたが、こちらはしっかりと別会計で請求された。
当然、アキラとアル・ラクスは同一会計で請求された。




