昼御飯:足りない
「あら?」
母親が竹製の大きな手提げ籠の中を覗き込んで手を止める。
「困ったわねえ。どうしたものかしら…」
片手を頬に当て、その肘にもう片手を当てて困ったような表情をした。
(あれは困ってない時の顔だな)
(あれは困ってない時の顔だ)
(あれは困ってない時の顔です)
夫と息子どころか、息子の恋人まで同じ感想を抱く。
「何が困ったんだい、母さん?」
父親は楽人と目を合わせると頷いて、夫の義務として母親に尋ねた。
「それがねえ、お母さんお弁当を作って来たのだけれど、少し足りなかったみたいなの」
「母さんにしては珍しいね。それで、どれくらい足りないの?」
楽人は訝しんだ。
珍しいのは気配り上手な母親がミスをしたことでは無く、お昼になってから気付いたこと。
手提げ籠の中には溢れんばかりに沢山のタッパが入っていて、母親の隣に座っている父親からはそれが見えていた。
「二人分くらいかしらねえ…」
(なるほど。当日参加の決まったメスリンとアルクスの体格を見誤っていたのか)
アル・ラクスは縦にも横にも前後にも大きく、体積は下手なスポーツ選手の倍くらいある。
当然、必要とする栄養もそれ相応と思われた。
「小母さん、気にしなくていいですよ。元々買って食べる予定なんで」
クイッ
手塚が右手の中指でサングラスを押し上げて格好を付ける。
(相変わらず眼鏡と女が絡まなければ良い奴なんだけどなぁ…)
楽人は内心、とても失礼な事実を賞賛した。
「はいはーいっ。あーしたちも買い食いするつもりでしたっ☆」
範子が手を上げて自己主張する。
「ええ、そうね範子。そもそもお弁当を作って来ると言う発想自体、無かったものね」
グサッ
(うっ…)
貴巫女の心無い正論に、未だ楽人の隣に座り続けている静香は胸を抑えて呻いた。
二人切りだと勘違いしていたのに、水着選びや日焼け止めオイルに気を取られてその発想に至らなかったのだ。
もし二人分の弁当を作って来ていれば、母親からのポイントをかなり稼げていた。
「まあ、皆で好きな物を買って、母さんの弁当と一緒に食べれば良いんじゃない?(母さんの狙いはこれだろ?)」
楽人は、母親のわざとらしい前振りへの答え合わせをしようと彼女を見ると、
「大丈夫です、お義母様。残しませんからっ♪」
楽人の横でサーニャが元気よく答えた。
「うふふ。ありがとうね、サーニャちゃん」
「はいっ♪」
皆は――父親さえも――サーニャの言葉を優しい冗談だと思って微笑ましく思ったが、楽人とメスリンだけは彼女が本気だと知っていた。
“ミレニアム戦記”に於いて、サーニャは決して食べ物を残さない。
満足そうにお腹を擦る描写はあっても、お腹の膨らむ描写は無い。
しかし、目の前のサーニャはフィクションでは無く、生身の身体。
楽人とメスリンは、妊婦のようなぽっこりお腹を抱えた満腹サーニャが想像した。
(…俺が頑張るか)
「早く行こうぜ。急がないと並ぶぞ」
手塚が焼き鳥を買った時のことを思い出して急かす。
「ヒョードー買って来て♡」
メスリンが当然の権利のように、ブルーシートに胡坐を掻いて座り込んで【共生者】に飯を要求した。
「メスリンは行かないのか?」
「なんで?」
コクンッ
楽人が尋ねると、メスリンは然も不思議そうに首を傾げた。
「自分で選ばないのか?」
「選んでいいの?!」
メスリンは驚いて、目を大きく見開いて身を乗り出す。
「い、いいぞ」
「やったー♡ おにいさんだ~い好き♡」
メスリンは胡坐を掻いた姿勢から、両手を広げて跳ねるように楽人に抱き付いた。
何も考えずに思いっきり手を広げたので、楽人の左右に居たサーニャと静香も巻き込まれた。
サーニャは妹の喜びように嬉しくなって一緒に燥いだ。
静香は楽人とくっついて赤くなった。
範子は自分も楽人にダイブして抱き付いた。
手塚は楽人をジト目で見た。
アキラは指を咥えて小首を傾げた。
大人たちはその様子を微笑ましく見守った。
…彼らが買い出しに行くことを思い出したのは、それから数分後のことである。




