昼御飯:集合
お昼時。
あれから暫くして、楽人と静香は放心状態から正気に戻った。
静香は水着を着直して、日焼け止めオイルとバスタオルを片付け、楽人は気を利かせてくれた両親と黒服たちに礼を言った。
その後、二人はブルーシートの上に並んで座った。
楽人は胡坐、静香は体育座り。
何となく気恥ずかしくてお互いの顔が見れず、かと言って離れるほど気不味くも無く、何となく隣に座っていた。
その手前では、ユントロが砂浜を歩く蟹に前足をそ~っと伸ばし、鋏で挟まれて痛がっていた。
本日7回目である。
彼らの背後では、これまたオイルを塗り終わった楽人の両親が、仲睦まじく肩を寄せ合って座っていた。
こちらは父親は胡坐、母親はお姉さん座り。
黒服たちは当初の距離――ブルーシートから数メートル――に戻って、相変わらず周囲を警戒していた。
「何してるんだ?」
拠点に返って来た“眼鏡オタク”は楽人に尋ねて、手に持っていた焼き鳥の串から最後の肉を頬張った。
その視線は楽人では無く、眼鏡を掛けた静香に向いている。
「見ての通りだ」
「………」
楽人は顔を上げて、いつもの調子で答えた。
静香も同じ様に顔を上げたが、手塚の姿を確認すると、また元の高さに頭を下げてぼ~っと遠くを眺める。
その視線の先には、元気に燥ぐ生徒たちの姿があった。
「「うー、みーっ!」」
…一番燥いでいるのは、生徒では無くサーニャとメスリンだったが。
ざっぱーんっ
遠くで大きな波の音がした。
「お前こそ、今までどこに行ってた?」
「…ちょっとな」
楽人が問い返すと、手塚は横を向いて誤魔化す。
その頬には綺麗な紅葉が咲いていて、それを見た楽人は色々と察した。
手塚はナンパをしていたのである。
楽人やサーニャたちが浜辺に走り出した頃、彼は静香を海に誘ったが、疲れているからと言って断られた。
――疲れていなくても、好きな男性の居る淫乱では無い女性が、ブーメランパンツで性的アピールの強い男性の誘いに乗ることはまず無い。
その時、ブルーシート近くに残っていたのは、静香と楽人の両親、それとユントロと黒服たちだけ。
そこに残っても気不味いだけなので、手塚は当初の予定通りナンパに出掛けた。
本当は楽人と一緒にナンパするつもりだったが、彼に恋人が居ると知って諦めた。
彼らに配慮したのでは無く、サーニャが付いて来たらナンパにならないからだ。
ナンパの結果は推して知るべし。
女の子たちに「お昼だから」と断られ始めたので、「今は間が悪い」と考えて皆の元に戻って来たのである。
「ナンパか?」
「悪いか?」
「別に」
「………」
打てば響く、ツーカーの仲だからこそ、話が終わるのも早い。
先に沈黙に耐え切れなくなった手塚が口を開いた。
「サーニャちゃんには黙っててやるから協力しろ」
「何の話だ」
「惚けても無駄だ。俺の先生にまで手を出しやがって。リア充爆発しろ」
静香は言葉の意味に気付いて顔が赤くなる。
「お前がこんなにモテるとは思わなかったぞ」
「気のせいだ」
「何が気のせいだ。この状況で言い訳は見苦しいぞ。音無先生だろ、サーニャちゃんだろ、ギャルだろ、アキラちゃんだろ、音無先生だろ…」
「音無先生が分裂してるぞ。後、俺をショタコンにするな」
楽人も少しは自覚があるので、アキラ以外は否定しなかった。
ギャルを名前で挙げていたら、貴巫女は否定していただろう。
「そんなに女の子を呼べるんなら、なんで先に海に行って、後から水着に着替えた女の子たちが来るってシチュやらなかったんだよ?」
それは漫画、ラノベ、ゲームを問わず定番の展開だった。
楽人も過去三回の“ミレニアム戦記”の水着イベントを思い出したが、その度にサーニャの水着衣装が実装されずに涙したことも思い出して、また思い出に蓋をした。
「あのなぁ…。美少女が多いのにそれやったら、合流前にナンパされるだろうが」
「おおっ!」
ポンッ
手塚が手を叩いて納得する。
海やプールで女の子だけで行動させるなんて、寝取って下さいと言っているようなもの。
彼らにそっちの趣味は無い。
「…美少女…」
静香は自分も美少女に含まれたと思い、嬉しくて真っ赤になった顔を膝に埋めた。
「――そろそろお昼にしましょうか?」
母親が楽人たちの背後から声を掛けた。
「そう言えば腹減ったな」
今日一番運動をしたと思われる楽人がお腹を抑える。
「私も賛成です」
静香は膝から顔を上げて楽人の方を見た後、後ろに片手を付いて振り返って賛同した。
「あいつら呼んで来るか?」
「いや…」
楽人は手塚を止め、両手を口の横に当てて大声で叫んだ。
「アールークースーっ! ひーるーめーしーに、すーるーぞーっ!」
数十メートル先の海岸線で、この距離でも見間違いようの無い大きな人影が振り返って手を振った。
「便利だな」
「だろ?」
大勢の海水浴客のざわめきの中から聞き分けたアル・ラクスの聴覚に、【リアライザー】との接点が少ない手塚は驚いた。
* * *
アル・ラクスから昼食の声が掛かったと聞くと、範子が「競争だ~」と言って走り始め、済し崩し的に駆けっこが始まった。
「いっちば~んっ☆ お腹へった~!」
範子が両手を広げて最初に到着。
楽しいことが賭かった時のギャルの体力は底無しだった。
「お帰り範子。元気だな」
楽人が片手を上げて出迎える。
パンッ
「まっかせて☆」
範子はハイタッチをして応えると、ブルーシートに座り込んだ。
若頭が保冷バッグから缶ジュースを取り出して手渡す。
プシュッ
「ぷっは~! 四ツ矢サイダーしか勝たん!」
範子はプルトップを開けると、腰に手を当てて美味しそうに飲んだ。
彼女は缶ジュースを自分で開けることを好む。
一度、黒服が勝手に開けて怒って以来、彼らは頼まれない限り開けないのが通例となっていた。
「ガクト~♪」
少し遅れてサーニャが到着。
彼女は楽人が近付くと、両手を彼の方に伸ばして、倒れるように抱き付いてゴールした。
「サーニャもお疲れさん」
楽人は彼女を抱き止めると、背中をポンポンと叩いた。
「うぅ~、わたしもお腹ペコペコです~…」
「取り合えず座ってジュースでも飲むか?」
「はいっ♪」
彼らは抱擁を解くと、一緒にブルーシートに座り、家から持って来たクーラーバッグからペットボトルを取り出して飲んだ。
「おねえちゃんたち、大人げな~い♡」
姉のサーニャに結構遅れて、メスリンも到着した。
余裕そうな表情をしているが、小さな羽と尻尾は下に垂れている。
サーニャにしろメスリンにしろ、原作サイズの羽では物理的に飛べない。
しかし、バランスを取るくらいの役には立つし、意識しないと感情に合わせて結構動く。
つまり、「羽や尻尾は正直だな」というやつだった。
「ヒョードー♡ じゅーす♡」
メスリンが【共生者】に両手を差し出すと、彼は保冷バッグから小さな瓶を取り出して、金属キャップを開けて手渡した。
「んくっ、んくっ、んくっ……ふぅ~♡ やっぱり疲れた時はリポビンビンDXね♡」
(なんで?)
楽人が訝しんで兵藤を見ると、彼はそっと目を逸らした。
メスリンのリポビンビンDX好きは、軟禁中にゲームに嵌った結果である。
「ごーるっ」
メスリンからかなり遅れて、アキラが到着した。
「あ~、お姉ちゃん負けちゃった~」
続いて貴巫女が到着。
彼女はアキラと並んで走り、ブルーシート近くで速度を落とした。
(あ、貴巫女っちほんとにバテてる)
一見、小さな子を気遣ったように見えたが、親友には見透かされていた。
パパ活のプロである彼女は体力配分は上手いが、体力自体は人並み。
子供の無尽蔵の体力には勝てなかった。
「はい、アキラちゃん」
母親はクーラーバッグから甘い炭酸飲料を取り出して、プルタブを開けてアキラに手渡した。
ママ友なので予め好みは確認済み。
「ありがとう、おばさん!」
アキラは元気いっぱいお礼を言ってクォーラを受け取ると、ゴクゴクと美味しそうに飲んだ。
「どうぞ」
兵藤が貴巫女にABCレモンのペットボトルを差し出す。
「ありがとうございます」
貴巫女は慣れた様子で受け取り、蓋を開けてチビチビと飲み始めた。
彼女たちから少し遅れて、彼女たちを見守っていたアル・ラクスが帰還。
その後ろには、数人の若い男女が続いている。
「済まないね、ここまでだ。私はこれから友人たちとランチなのでね」
アル・ラクスは振り返ると、ファンへ爽やかに謝った。
彼らは素直に礼を言って、最後にアル・ラクスと一人一人握手をして去って行く。
「マナーの良いファンたちだな」
「ああ」
楽人が彼らを褒めると、アル・ラクスは短く万感を込めて誇らしく返事をするのだった…。




