浜辺:事後
(良かったぁ~…♡)
オイル塗りが終わって、音無静香は夢見心地だった。
(自分でオイルを塗っても何とも無いのに、彼に触れられただけでこんなに気持ち良いなんて…)
彼女は自分で日焼け止めオイルを普通に塗って欲情するほど変態では無い。
(自分でするよりずっと良かった…)
しかし、自分で慰めたことが無いほど、無垢な少女でも無い。
(須磨君も少し息が荒かった気がする。彼も興奮してくれたんだ…)
彼女は楽人が好意から興奮したと考えたが、現実問題として、彼女の身体と声で興奮しない男は不能か特殊性癖持ちくらいなので早計である。
(…勇気を出して良かった)
楽人もまさか、彼女がこんな状況を妄想して日焼け止めオイルを買うか迷い、そのせいでバッグをゆっくり選ぶ時間が無くなったとは夢にも思わないだろう。
* * *
(俺は勝ったのか……それとも負けたのか……)
オイル塗りを終えた楽人は自問した。
彼も最初はそんなつもりは無かった。
真面目に日焼け止めオイルを塗っていた。
しかし、静香に胸にも塗ることを催促された辺りで、選択を迫られた。
彼女が居るのに、女教師の女性的な部分にオイルを塗る背徳感か、本人が気にしていないのに、今更止めてエロいこと考えましたと恥を晒すのか。
女性慣れしていれば気にならないことも、彼にとっては大問題だった。
逡巡した結果、自分に自信の無い彼は、彼女の希望に沿うことを選んだ。
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(無心だ! 無心になるんだ!)
彼は最初、無心になろうと思ったけれど無理だった。
手に吸い付くようなキメ細かい肌、押せば沈む柔らかく豊満な肢体に触れていて、何も感じるなと言う方が物理的に不可能。
(そうだ! 他のことを考えよう!)
次に彼は、別の事を考えて気を逸らそうと考えた。
まず真っ先に思い浮かべたのはサーニャの姿。
しかし、視界と手の感触のせいで、サーニャのあられもない姿を思い浮かべてしまい、余計に興奮してしまった。
そこで男を思い浮かべることにした。
気持ち悪い想像をするのは抵抗があったので、彼の知る限り最高のイケメンであるアル・ラクスを思い浮かべた。
(そう言えば意外だったなぁ…)
レンタルショップでのことである。
警察を待つ間、野次馬に一番声を掛けられていたのはアル・ラクスだった。
まだ若い彼には分かり難いことだが、人間は歳を重ねるほど、流行よりも、奇抜なものよりも、王道に安心を覚えもの。
例え特撮の中ではマイナーでも、例え人気は高く無くても、王道を極めた彼は、それ故に世代を超えて愛されるヒーローだったのだ。
色物かつ不人気のサーニャとは対極とも言える。
二番目に人気だったのは音無静香。
しっとり艶々の黒髪ロングに、サーニャ以上に豊満なグラマラスボディ。
更に同行者の中で一番羞恥心が強かったこともあり、大和撫子としても評価された形だ。
反面、範子は彼ら同様に王道でありながら、最も声を掛けられなかった。
原因は過剰供給である。
彼女の姿は日焼け、ビキニ、金髪、ギャルの四点セット。
夏の海辺でもネット上でも溢れ返っている定番が故に目新しさは無く、何なら野次馬の中にも数人居たほど。
年に一度の特別メニューを前に、定番メニューを頼む客が少ないのと同じ理屈だった。
(…もう考えることが思い浮かばない)
楽人は途中で諦めた。
考えることが無くなったのでは無い。
両手が静香の腰の括れを越えてお尻に差し掛かった辺りで、耳が彼女の声を無視できなくなり、他の事を考える余裕が無くなったのだ。
(…無心…無心…無心…)
それからの彼は、心の中で言葉だけの無心を繰り返しながら、オイル塗りを続けた。
頭の中には彼女の甘い声が木霊して、手の平からは柔らかい感触と熱が伝わって来る。
少なからぬ好意を持っている年上の女性が、身を委ね、全身を震わせ、甘い声を漏らし続ける様に、彼は意識を引っ張られた。
そのお陰で、彼は意識するまでもなく、静香の全身を隅々まで丁寧にオイルを塗り続けることが出来た。
しかし、そのせいで本当に隅々まで撫で回してしまい、余計に彼女を善がらせる結果となり、更に彼の心音は激しく高鳴り…。
オイル塗りを完遂して彼が正気に戻った時には、既に彼女は息も絶え絶えに突っ伏していた。
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ある意味では勝利であり、またある意味では完全敗北である。
もしサーニャに尋ねたらこう言われるだろう。
「ずるいっ! わたしにもしてっ!」
と。
* * *
「若いっていいわねえ」
少し離れたビーチパラソルの元、母親は息子の成長を見守りながら呟いた。
「そうだね、真理」
その手前で、彼女に両耳を塞がれた父親が相槌を打った。
息子の恋人候補の嬌声を、愛する旦那に聞かせまいとした母の気遣いである。
「真理にも塗ろうか?」
「ええ、お願いするわ、アナタ」
母親はその若々しい肉体を惜しげも無く晒し、父親は数年ぶりに陽光の元で見る妻の肢体に感嘆の溜め息を漏らした…。
* * *
灼熱の日差しの元、黒服たちは、楽人たちから数メートル離れて立っていた。
主人である範子が海の中なので、拠点を護っているのだ。
黒服の片方は時折、範子ではなく彼の【リアライザー】であるメスリンを目で追っていた。
彼らは音無静香が脱ぎ始めると、ブルーシートから更に距離を取って周囲をうろつき始めた。
気を使ったのである。
そのせいで他の海水浴客が近くを通れなくなったが、砂浜が埋まるほど海水浴客で溢れているわけでも無い。
乙女の純情が守られるのなら、この程度は安いものだろう。
勿論、彼らも静香が範子の恋のライバルだということは理解していた。
しかし、だからこそ彼らは彼女も守る必要があった。
仮に黒服が彼女を妨害すれば、それは範子の魅力が劣っていると認めることになるし、彼女もそれを望まない。
部外者の干渉による脱落についても同様である。
護衛中に何かがあれば、楽人に黒服の能力と行動が疑われる。
それは範子の敗北を決定付けかねない事態であり、彼らにとっては命を以てしても償いきれない失態だ。
――だから、スマホやドローンで盗撮しようとした不届き者たちが全員、密かに一般客に紛れていた水着の黒服たちに何処かへ連れ去られて人生を終了したことも、致し方の無いこと。
…しかし、彼らの努力を以てしても、遠くまで響いた最後の嬌声だけは防ぎようが無かった。
尤も、海水浴で情事を行うバカップルは少なくない。
嬌声を聞いた海水浴客たちも、「またか」といった感想を持つだけで大事には至らなかったのは、誰にとっても幸運だったと言えよう。
乙女の柔肌を守るためだから仕方ないよね




