レンタルショップ:ヒーロー
「店員さん、店内の弁償はそいつらに請求してね」
楽人がスマホをポケットに入れながら話すと、店員は怯えた顔で首を縦に振った。
楽人はそれから、倒れているハンガーラックや散らばった水着を踏まないように、店の入り口へと向かった。
彼は本当なら片付けてあげたかったが、現場保存のために止む無く放置した。
楽人が入り口から外を見渡すと、騒ぎに引かれた野次馬たちが数十人、疎らに店の周囲を囲っていた。
彼らは巻き添えや因縁を付けられることを恐れて、今も遠巻きに静観している。
無論、そんな状況で写真を撮れば周囲にバレる。
チャラ男たちの因縁も【超生物保護法】も気にしない自殺志願者は居なかった。
「済みません、犯罪者の引き渡しがあるので、もう少し待って下さーい!」
楽人は野次馬たちに声を掛けた。
保険である。
ワアアアアアアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ‼
野次馬たちから歓声が上がり、楽人は目を白黒させた。
次々に野次馬たちが喋り出す。
「兄ちゃんすげーな!」
「お兄さん何者?!」
「あのでかいの【リアライザー】だよな?」
「どの子も可愛い」
「いやそれよりあのぬいぐるみ…」
楽人は嫌な予感がしたので、直ぐに無言で空を見上げた。
すると、騒々しかった野次馬たちは訝しんで一人、また一人と空を見上げた。
「何もねーじゃねーか…」
誰かが呟いた辺りで、
「保護法っ!」
楽人は大声で叫んだ。
一瞬、辺りが静まり返る。
その隙に楽人は本題を口にした。
「写真っや、動画っは、犯罪っだから止めろよな?」
それは店内のサーニャたちが盗撮されないための予防線。
レンタルショップ藤崎は壁に囲われていたが、客寄せのために前面の一部はガラス張りで、店内の様子は見える。
前面に近いハンガーラックは騒動を免れていたが、それでもハンガーラックや掛けられた水着などの隙間から、彼女たちの姿は垣間見えた。
「だよなー」
「当たり前じゃん」
「【リアライザー】を盗撮なんて小学生でもしねーよ」
要点を強調された言葉を聞いて、熱に浮かされていた野次馬たちの頭に、盗撮は犯罪だという常識が思い出された。
大半の野次馬は納得したが、世の中良識のある人間ばかりでは無い。
「あいつスマホ出してんぞ」
スマホを手に持っていた一人が逃げ出した。
ブオンッ
刹那。
楽人の様子を見ていたアル・ラクスが、店内から飛び出した。
彼は砂浜の足場の悪さを物ともせず、疎らな人垣の合間をそっと押し広げ、あっという間に不届き者に追い付くと、スマホを持った手を掴んで釣り上げた。
おおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!
野次馬たちが盛大にざわめいた。
「没収するよ」
アル・ラクスが爽やかな声で宣言して、彼のスマホを摘まんで取り上げた。
「他には居ないかな?」
彼が周囲を見渡すと、またしても走り出す者たちが居た。
「げっ!」「いたっ!」「っ!」「あうちっ!」
あちこちからスマホを隠そうとした人たち――つまり写真を撮った犯罪者たち――の悲鳴が上がり、一週して店先に戻って来たアル・ラクスの手には、数個のスマホが握られていた。
おおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!
再び野次馬たちがざわめくが、もう逃げ出そうとする者は居ない。
「他には居ないかな?」
アル・ラクスがもう一度同じことを口にして周囲を見渡すと、野次馬たちは互いに確認し合った。
大半の者はスマホの中身を全て晒して身の潔白を晴らしたが、疚しいところのある数人は拒否してスマホを取り上げられた。
取り上げられたスマホは「警察に渡してくれ」とアル・ラクスに差し出された。
逃げた者、隠した者、晒した者…。
その行動は三者三様でも理由は一つ。
誰だって豚箱には入りたく無かったのである。
* * *
「かっけーなー。あれ誰だよ」
「知らないのですか? 彼こそは超特撮英雄王、アル・ラクスですよ」
「ガーンッ! 特撮マニアの俺が知らない特撮ヒーローがいたなんて…」
(…マイナーと言っても特撮は全国区だからなぁ。それなりに知ってる奴も居るか)
「アルクスさまぁー! わーたーしーはーこーこーよーっ!」
少し――静香より――年配の女性ファンが両手を振ってアピールした。
アル・ラクスがそれに応えて、ニッコリと微笑んで手を振り返すと、あちこちから女性の黄色い声が沸き上がる。
ついでに野太い歓声も湧き起こる。
爽やかなヒーローは、男女問わず知らない人にもモテるのである。
「おい、あれメスリンだろ?」
「なんだってー!? あの“ミレニアム戦記”が生んだ奇跡のメスガキ・メスリンか!」
「どこどこ?」
「ほら、店の正面奥、ちょい右」
「よく見つけたな」
「任せろ。動いてる時に見つけた」
“ミレニアム戦記”はソシャゲとしては二流だが、その顔とまで言われるメスリンの知名度はそれなりに高い。
「となると、あの髪の色が逆なのは不人気サーニャか」
「お前不人気キャラなんてよく知ってるなあ」
「一応サ開勢(サービス開始からのプレイヤー)だからな」
(サーニャが聞いたら泣くぞ)
楽人は彼女を心配したが、彼らも大声で話している訳では無いので、店の奥に居るサーニャには聞こえていなかった。
「あっちのってユントロじゃん」
「“ピンクの奇跡”か!」
「あたしのユントロ…」
「抱いてる女も凄い美人」
「もしかして例のブログの?」
「あ、確かに似てる」
「淫乱じゃないピンクなんて需要ないだろ」
「おい、屋上!」
ユントロの人気も凄かった。
作品自体はマイナーながら、各種マスコット人気投票で必ず上位にランキングする実力は伊達では無い。
その影響で、重度のユントロオタクとして有名な静香のブログも、【リアライズ】以来の検索が鰻登りだった。
(音無先生は人間なんだけどなぁ……眼鏡をしてなければ美人だけど)
楽人は彼女にドキドキした事実を棚に上げて、“眼鏡オタク”が聞いたら憤慨しそうなことを考えていた。
実際、彼女が学校で人気が無いのは、教師らしい服装――身体のラインが出ず、露出も少ない――の影響であって、眼鏡のせいとばかりは言えない。
その証拠に、彼女をライバル視している英語教師の美鷹麗子は、スタイルで――本人は胸しか認めていない――で劣りながら、身体のラインが出るスーツ、太ももの横にスリットの入ったスカート、ワイシャツの胸元のボタンを幾つか外した格好のお陰で、静香より圧倒的に多くの生徒や教師に好かれていた。
「ねえ、キミ?」
「はい?」
周りの反応を見て感心していた楽人は、急に声を掛けられて振り向いた。
声を掛けて来たのは普通に美人のお姉さん。
「キミ、チャラ男たち一人で倒してたよね?」
「…いいえ、二人だけです」
楽人は面倒なことになりそうだと思って、即行で惚けた。
「ケンキョ?」
「ケンキョ!」
「ケンキョだ」
「ケンキョケンキョッ」
「ケケケケンキョッ」
すると周囲から、通なミレ戦ユーザの間で流行っている、片言の『ケンキョ』が連呼された。
(こんなに隠れてたのか、ミレ戦ユーザ…)
当然、こんな賑やかに人が集まっていれば、それに興味を引かれる人たちも出て来る。
次々に人だかりは増えていき、警察が到着するころには数倍に膨れ上がっていた…。
* * *
十数分後。
パトカーが一台と護送車が一台到着した。
犯人が四人も居るので、護送車が駆り出されたのだ。
護送車はトヨタのハイエースで、警察カラーの白をベースに黒いアクセントと赤いパトランプ。
あまり公道で見かけるような物でも無いので、護送車を遠巻きに見物する海水浴客たちもチラホラと居た。
警察官たちが車を降りて、店を囲む野次馬たちを追い払う。
野次馬たちは道を空けて、大半はそのまま退散して海水浴に戻り、一部は、警察官たちが張るイエローテープの外で見物を続けた。
野次馬たちが居なくなると、店先で外に残っているのはアル・ラクスと楽人の二人だけ。
「君が噂の楽人君かい?」
退去しない彼らに、年配の警察官の一人が声を掛けた。
「…どんな噂ですか?」
楽人は不機嫌そうな顔を作って尋ねた。
彼も事情聴取は素直に受けるつもりだったが、警察に噂されるのはあまり気持ちの良いものでは無い。
「【リアライザー】関係の事件を幾つも解決して回ってるって噂だよ」
「違います」
「でも渡良瀬警部が…」
「知りません。探偵でも何でも屋でもありません」
年配の警察官は納得がいかない「えー…」とでも言いたそうな表情をしたが、咳払いをして、普通の事情聴取に入った。
「…こほん。それでは何があったのか教えてください」
楽人は事情を説明した。
彼の説明が終わると、続いてアル・ラクスが事情聴取に応じた。
楽人が店内に向けて、「任意だから受けなくても良いよ」と言うと、サーニャたちは誰も事情聴取を受けなかった。
店員である藤崎は、嫌そうな顔で事情聴取を受けた。
仕事に託けた可愛い女の子との会話を求めた、しつこい警察官も居たが、
「事情聴取をお願いします」
「おにいさんのへんた~い♡」
メスリンに捕まったのが運の尽き。
「なっ、何を言い出すんですかいきなりっ?!」
「だって、あたしみたいな小っちゃい子に変なこと言わせる気なんでしょ?」
「…君は言わなくていい」
「じゃあ、おねえさんに言わせて、あたしに聞かせる気なんだ♡」
「違いますっ!」
「きゃ~っ♡ おまわりさ~んっ♡ へんたいにおそわれる~♡」
「………」
メスリンに口撃されて、すごすごと引き下がった。
――本来、メスガキの口撃は現実的では無い。
それは頭の悪い男が逆切れするから……ではなく、自尊心が強く自制心が低い男女が切れるからである。
反面、メスガキにも切れずに対応できる警察官は、凡百の男女より優秀であるが故に、メスガキにとっては格好のカモ。
だから、メスガキの台詞を御褒美だと思える若頭は、メスリンとの相性が抜群なのだ。
つまり、メスガキにとって世の中は、バカとカモと変態しか居ないのである。
「バイバ~イ♡ へんたいのおにいさんたち~♡」
警察官たちは犯罪者たちを連行して、レンタルショップ藤崎を出て行き、メスリンは店の入り口で手を振って彼らを見送った。
店の周囲には、店を利用したい海水浴客や野次馬がまだ残っていて、メスリンの言葉をチャラ男たちに対してだと勘違いして、ヒソヒソと内緒話をする。
「…メスリンの水着、探すか」
楽人は店内からガラス越しに警察官たちを見送った後、呟いた。
「あっ! そう言えば、そのために来たんでしたね…」
楽人と手を繋いで呆然としていたサーニャは、レンタルショップに来た本来の目的を思い出して、目を丸くした。
その後、彼らは漸く、メスリンの水着をレンタルするのだった…。
水着をレンタルしたかっただけなのに!




