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レンタルショップ:確認

 アル・ラクスが、泡を吹いて意識を失った“M字”を床に下ろした。


「アルクス」


 楽人は彼の足元に転がっている男を指差すと、ポケットから紐ビキニを取り出して手に巻いて見せ、解いてアル・ラクスに放り投げた。


「ははっ」


 アル・ラクスは笑ってそれを空中で受け取り、それで“M字”を後ろ手に縛る。

 それから、疲れているだろう楽人を気遣って、他のチャラ男たちも縛って回った。


(はぁ…。間に合って良かった。折角ヒーローや黒服を護衛として誘っても、分かれてたら意味が無いじゃないか…)


 楽人は漸く緊張を解いて反省した。

 彼にはもう不安は無い。

 その傍らにはヒーローが居るのだから。


(それにさっきのは何だ?)


 静香に迫ろうとした“天然パーマ”は感電していた。

 楽人たちは疎か、チャラ男たちもスタンガンなんて持っていない。

 それに楽人は店内を逃げ回りながら、他に客が居ないことも確認している。


(彼女か?)


 楽人はカウンターに座ったままの店員を睨んだが、彼女は腰が抜けて立てず、とても演技とは思えないほど現状に狼狽えていた。


(本気で怯えているし違うか…)


 楽人は立ち上がって静香の元へ歩み寄ると、まだ腰が抜けて立てない彼女に手を差し伸べた。


「音無先生、大丈夫ですか?」


 静香が手を取ると、彼は手を引いて彼女を立ち上がらせた。


「…でよ…」

「音無先生?」


 静香の声が小さくて聞き取れず、楽人は聞き返した。


 グイッ


「…無茶な真似しないでよっ!」


 静香は楽人の手を離すと、両手で彼の胸倉を掴んで引き寄せ、両目に涙を浮かべながら上目遣いで叫んだ。


「…心配したんだから…」


 そう呟くと、そのまま彼の胸に顔を埋めて啜り泣きだした。


「済みません…」


 楽人は戸惑いながら謝り、彼女の頭を優しく撫でた。


(…無茶かぁ…)


 しかし、楽人に無茶と言う認識は無かった。


(確かに、注意しなければ俺は(・・)無視されただろう。でもサーニャたちは? …考えるまでも無い)


 以前の彼なら、彼女の言うように穏便に済ませようとしたかもしれない。

 そして彼女たちが連れ去られそうになってから慌てるのだ。


 しかし、今の彼は違う。

 本物の犯罪者たちを見て、その悪意に触れて来た彼には、連中を見て直ぐに理解することができた。


 チャラ男たち(かれら)は自制しない。

 感情的だから自制できないのでは無く、利己的で自愛の塊だから痛い目を見ないと止まれないのだ。


 それでも、楽人は【超生物保護法】を口にして連中の理性を確認した。

 その結果、返って来た返事が暴力である。

 そして彼に連中を見過ごすという選択肢が無くなった。


(実際、無理はしてないんだよなぁ……あいつらド素人だったし)


 最初の立ち居振る舞いからして、彼らはプロでは無かった。

 余裕ぶっている時も、逆上しても大差ない動き。

 見栄え重視で作った筋肉の内側は、一方的な暴力で積み重ねた筋肉。

 水着なので刃物なども持っていなかった。

 そこまで見抜いた上での九割――勝率ではなくサーニャたちを守り切れる確率――だったのである。


(あれなら農家や漁師のオッサンの方が遥かに強いだろ)


 偏見である。

 しかし、彼は生物教師である静香が驚くくらいには、内も外も鍛えている。

 そのお陰で、あれほど蹴られても痣の一つも無いのだから、多少の勘違いは仕方が無かった。


「…分かりました。もう無理(・・)はしません」


 楽人は溜め息を吐いて静香に約束をすると、両手を祈るように合わせて彼を見ているサーニャに声を掛けた。


「サーニャ、大丈夫だったか?」

「うん……わたしは大丈夫。ガクトは?」


 サーニャは穏やかな目で楽人を見つめた。


「見ての通り、ピンピンしてる」

「うん…」


 サーニャも分かっていたが、楽人の口から聞けたことに安心した。


 ――彼が奮戦している間、彼女がずっと静かだったのは己を知っていたからだ。

 彼女は弱い。

 魔法なんてご都合主義は使えないし、身体能力も――フィクションにありがちな非常識な設定のせいで――見た目通りでしかない彼女では、彼らの間に割って入っても足手纏いにしかならない。

 かと言って彼女が叫べば、心配した彼の注意が逸れるし、暴漢たちの気も引いてしまう。

 だから彼の視界の端で身を竦め、いざと言う時はハンガーラックを倒したり、その辺の物を投げつけるつもりでいた。


 しかし、その必要は無かった。

 彼は最初に蹴られた時も後ろに飛んで衝撃を逃していたし、丸まって蹴られている時も、微妙に身体をズラして筋肉の硬い部分で受けていたので、怪我一つしていない。

 彼を助けたのは彼自身の自助努力であり、駆け付けたアル・ラクス。


 だから、サーニャは自分の無力さを痛感していた。

 静香が注意を引いたのは、普通に考えたら悪手だったが、そのお陰でアル・ラクスが間に合ったとも言える。


 だから、サーニャは彼女に小さな嫉妬を覚えながらも、それを当然の権利だと受け止めていた…。


「範子は?」


 サーニャがそれ以上何も言わないので、楽人は範子にも声を掛けた。

 彼女は店内の中央付近――最初に蹴られた楽人へ駆け寄ったあたり――に座り込んでいた。


「じょぶ☆ ちょっち腰抜けただけ」


 範子は笑って答えた。

 彼女は別に強がっている訳では無い。

 仮にも、彼女は極道の娘であり不良少女(ギャル)

 怒声や暴力自体は一般人より見慣れている。

 しかし、カースト上位の彼女には、身内が危険に晒されているのを目の当たりにするような機会が無かった。

 だから楽人がリンチされている姿を見ても現実感が無く、助かった結果を理解して腰が抜けていた。


「…メスリン?」


 カシャンッ


「呼んだ?」


 楽人は周囲を見渡して最後の一人を探すと、直ぐ近くのハンガーラックが動いて、その陰からメスリンが現れた。


「そんなとこに居たのか。怪我とかは無いか?」

「なんともないよ♡ おにいさんカッコよかった~♡ あたし惚れちゃうかも♡」


 メスリンは後ろで両手を組んでやや前屈みになり、見上げるように上目遣いで楽人を揶揄う。

 その緩々の胸元が楽人の視界に入る。


「あはは。それなら良かった」


 楽人はそれを普通に無視して、全員の無事が確認できたことに安心して苦笑した。

 しかし、彼女の後ろに回した左手に小さな紫電が迸っていることには、誰も気付かないのだった…。



 * * *



「さて、店員さん」


 楽人は、店員が荒事に怯えていると思って、努めて優しく話し掛けた。


「はぁ、はいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ?!」


 しかし、そんな彼の努力も空しく、店員は店内で今日一番の甲高い大声を上げた。


(…何で俺に怯えてるんだ?)


 無理も無い。

 彼はつい先ほど、体格で上回る海のチャラ男四人相手に、大立ち回りをして二人倒した挙句、ボコボコに蹴られまくったのに平然としているのだ。

 荒事に疎い一般人から見れば、十分にバケモノ。

 更に身長2メートル近い美丈夫がいきなり現れたと思ったら、二人のチャラ男が急に動かなくなった。

 幾らイケメンでも、こちらはもっとバケモノ。

 この状況で冷静な方が問題である。


「えっと、この連中って地元の人?」


 楽人は店員を落ち着かせることを諦め、一番近くに転がっている“M字”を指差して尋ねた。


「い、いえ、何度も見かけてますけど、知らない人です、本当です!」


 まだ怯えている店員は思考もままならず、何故か答えないと殺されると思い込み、頭に浮かんだことを矢継ぎ早に口にした。


「ありがとうございます。近所では無さそうかな。それなら…」


 楽人は水着のポケットに手を入れて、先程スマホを落としたことを思い出した。

 当たりを付けて、最初に蹴飛ばされた辺りを見ると、彼のスマホが転がっている。

 彼はスマホを取りに行こうとして、まだ静香が胸に抱き付いて居ることに気付いた。

 何なら彼自身、まだ無意識に彼女の頭を撫でていた。


「音無先生?」


 楽人が撫でる手を止めて呼び掛けると、静香はビクンッと身体を震わせた。


「…あ、ご、ごめんなさい…!」


 静香は慌てて彼の胸倉から手を離し、一歩後ろに下がった。


(頭を撫でられたのなんて何時以来かしら…)


 久しぶりに頭を撫でられた彼女は、安心感と気持ち良さから、彼に体重を預けたまま寝落ちしかけていたのだ。

 前を開けた彼の黒いワイシャツに、彼女の手の形がクッキリと残っている。


 楽人はそんなこととは露知らず、スマホを拾って壊れていないことを確認して――擦り傷程度だった――電話を掛けた。


 トゥルルルッ、トゥルルルッ…ガチャッ


『…どうした坊主? 今頃海のはずだろ?』


 聞き覚えのある、軽快な中年男性の声が電話口から聞こえた。

 市民に好かれ、部下にも慕われる、月凪市が誇る敏腕警部の渡良瀬である。


「いやぁー実はですね、【リアライザー】に無理矢理言い寄って暴力を振り翳す虫が、四匹も捕れたんですよー」


 楽人はにこやかな顔で嬉しそうに答えた。


『何やってんだよ、坊主…』


 渡良瀬が心底呆れたようにぼやく。


「虫が寄って来るような、いい匂いをした花の護衛」


 楽人は適当に惚ける。


『なるほどなあ…。それで? 今どこだ?』

「海鳴市、白似海岸のレンタルショップです」

『分かった。近くの警察を送る。…平均より少し時間が掛かるかもしれん』


 渡良瀬は近くの地図を思い浮かべ、派出所からの距離や、お盆前でバカが多くて忙しいことを考慮して、平均的な警察の到着時間より遅れると予想した。


「助かります」

『後でゆっくり話を聞かせろよ』

「嫌です。それでは…」


 ガチャッ


 楽人は良い笑顔で面倒な要求を断って電話を切った。


 店内は鎮まり返っていた。

 狭い店内なので、電話の声は全員に聞こえていた。

 特に、近くではっきり聞き取れた静香は、教え子が自分もお世話になった警部と気軽に話す様子に、目を丸くしている。

 他の面々も似たようなもので、気にしていないのはアル・ラクスとメスリンの腕の中のユントロくらいだった。

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