レンタルショップ:チャラ男
チャラ男回
店に入って来たのは水着のチャラ男が四人。
海でのナンパを生業とするだけあり、いずれも背は高めで見栄えの良い筋肉をした青年たちだった。
時刻はまだ10時を回ったばかり。
遠方からの海水浴客の多くは、まだ到着して間も無い時間帯なので、彼らはそれを目当てに海の家を物色して回っていた。
そこに派手な髪の少女たちが、レンタルショップへ入っていくのを見かけたのである。
首を突っ込まないはずが無かった。
「止めてください!」
一番店の入り口近くに居た静香が、顎鬚のチャラ男に右腕を掴まれて抵抗した。
(ちっ)
楽人は即座に、チャラ男たちの死角で、水着のポケットからスマホを取り出して、アル・ラクスと父親に救難信号を送った。
続けてウェブサイトのリンクを開く。
彼には表示されるまでの時間がいつもより遅く感じられた。
「おいおい、まさかのまさかかよ…」
腕を捕まえた静香と正面から向き合ったことで、彼らは初めてその姿を見た……ユントロの姿を。
「ヤバくね?」
額がM字に後退しかけているチャラ男の視線は、ユントロでは無くユントロを片手で抱き抱えている静香の豊満な胸に向いていた。
「マジぱねぇわ~w」
短い天然パーマのチャラ男も、同じく音無先生の胸に興味津々で、両手をワキワキと動かした。
「そっちの二人も【リアライザー】じゃん……ごくりっ」
角刈りのチャラ男は店内の全員を見渡すと、一週してサーニャに視線を戻して唾を飲んだ。
「――【超生物保護法】違反だ。離れろ」
楽人は、静香の腕を掴んでいる“顎鬚”の前まで行くと、スマホをチャラ男たちに向けて忠告した。
スマホには政府のウェブサイトが表示されている。
「保護法だあ?」
「ひゃははははっ。カッコつけちゃって。震えてんぞー」
チャラ男たちはスマホを一瞥しただけで笑い飛ばす。
彼らも【超生物保護法】の名前くらいは知っている。
しかし、端から理解する気が無いので、真面目に読んでなどいない。
「おらっ!」
“天然パーマ”は静香の胸への視界を塞がれたことに腹を立て、楽人の腹をサンダルの底で力任せに蹴った。
ゲシッ…ドタンッ
楽人の身体が宙に浮き、少し後方に落下して仰向けに倒れる。
持っていたスマホは手から落ちて、乾いた音を立てて店の床に転がった。
「須磨君っ?!」
静香は悲壮な声を上げて身を捩ったが、右腕を“顎鬚”に掴まれていて駆け寄れない。
「ガクトっ!?」
「須磨っち!」
近くからサーニャが、店の中ほどから範子が駆け寄って楽人を心配した。
楽人は無言で身を起こし、立ち上がる途中で、蹴られた腹を抑えて膝を落とした。
サーニャと範子が楽人の肩や背中に手を回す。
「おいおい、三人もかよw」
「モテモテだねえ」
「んーっじゃ、フリーはチビだけかよ」
チャラ男たちの中には、ロリコンも、メスリンを知っている者も居なかった。
「オレにも一人くらいわけてくれよ。なあ色男さんよー?」
最初にサーニャに生唾を飲んだ“角刈り”は、楽人を見下すように見下ろしながら、蹴りたい欲求が抑え切れず、足を大きく振って楽人たちに近付いた。
(ちけーんだよクソがっ)
“角刈り”男は内心で愚痴を零した。
本当は直ぐにでも蹴りたかったが、生憎と彼は凡人。
駆けたり跳んだりして蹴って、折角の珍しい女に誤爆したら勿体ないし、確実に男に当てられるだけの自信なんて更々無い。
(九割か…)
楽人は冷静に成功率を見積もった。
(既に最短は経過、最長は不明か…ふふっ…)
“角刈り”は一歩、また一歩と楽人に近付いていくが、その一歩が長い。
楽人は極度の集中から、時間の流れが遅く感じていた。
次の一歩で“角刈り”の足が楽人に届く、その更に一歩前の足が宙に浮いた直後、
(―――っ)
楽人は膝立ちの状態から、床を勢い良く蹴って前に突っ込んだ。
“角刈り”は驚いて、咄嗟に楽人を蹴ろうと、既に重心が移ってしまった着地寸前の足を振り切った。
しかし、そんな不安定な体勢から力が入るはずも無い。
楽人はその蹴り足の太腿に手を当て後ろへ受け流しつつ、“角刈り”の腹に肩から全体重を乗せて体当たりし、そのまま太腿の後ろに手を回して、彼の軸足の方に勢い良く倒れ込んだ。
ドスンッ!
“角刈り”は後頭部を床に強く打ち付けられて気絶した。
「ダッセーw」
「おいおい何やってんだよ」
「おーいダイジョブかー?」
他のチャラ男たちは、倒れた仲間を嘲笑う。
“M字”が近付いて、“角刈り”の上の楽人を蹴った。
楽人はそれを横に転がりながら避けて、店内に立ち並ぶハンガーラックの中へ消えて行った。
「ハハッ、避けられてやんのw」
「っそ! どこに隠れやがった? 出てこいやゴラァ!」
“天然パーマ”に“白と黒の脅迫者”のような笑い方で煽られ、“M字”は熱り立って楽人を探し回った。
「ゲラゲラっ。まだ見つかんねーのかよー」
「おーう、どっちもガンバレw」
「っくしょーっ!」
楽人はハンガーラックとそこに掛けられた水着やラッシュガードに隠れながら移動し続けた。
そして最終的に、ずっと静香の腕を掴んで離さない“顎鬚”の背後に回った。
「――っ」
静香が楽人に気付いて見てしまった。
楽人はチャラ男たちの死角は意識していたが、彼女の視線までは気に留めていなかった。
しかし、“顎鬚”が煽りの最中、彼女の視線に気付いた時には時すでに遅し。
楽人は拾った紐ビキニの紐を両手で握り、“顎鬚”の首に引っ掛けて、背中合わせで背負いながら締め上げた。
「ぐぅっ! …げぇ……がぁ…ぎぇ……」
“顎鬚”は呼吸困難に苦しみ、声にならない小さな呻き声を漏らし、静香の腕から手を離して、両手で首のビキニを外そうと藻掻く。
腕を解放された静香は、そのまま腰の力が抜けて座り込んだ。
“顎鬚”は必死に抵抗するが、既に彼自身の体重で減り込んだビキニと首の間に指は入らず、僅か十秒足らずで泡を吹いて気絶する。
楽人は気絶を確認すると直ぐに片手を離し、ビキニはポケットに突っ込んだ。
ドンッ
支えを失った“顎鬚”は、床に落ちて倒れ込んだ。
「そこかぁっ!」
「見っけw」
“天然パーマ”と“M字”が楽人に気付いて駆け寄る。
楽人は振り返ると静香を一瞥し、彼女から離れるようにゆっくりと数歩下がった。
“天然パーマ”が楽人の後ろに回るのを待って、“M字”は楽人に殴り掛かる。
楽人は腕を上げて顔を庇った。
ダンッ
“M字”の拳が楽人の二の腕に当たって鈍い音がした。
ドンッ
“M字”が今度は楽人の腹を殴り、彼は前屈みになる。
ガスッ
そこへ後ろから“天然パーマ”が足を大きく振って蹴り付ける。
楽人は頭を護るように抱えて、亀のように丸まった。
「チョーシに乗り過ぎたな」
ドンッ、ゴスッ、ダンッ、ドスッ
チャラ男たちは楽人を蹴り続けた。
「止めなさい!」
静香は腰が抜けて立ち上がれないまま、気丈に訴えた。
「ゲヘヘヘ……『止めなさい』いただきました~w」
それを聞いた“天然パーマ”は新しい玩具の発見を喜び、楽人を蹴る足を止めて彼女の方へ向かった。
(しまった!)
楽人は見えないながらも静香が狙われたと判断し、蹴りの止んだ方向に転がる。
“M字”の足が目標を見失って空を蹴り、彼は崩れたバランスを取ろうと手をバタ付かせた。
楽人はそれをやり過ごしながら、転がった勢いのまま膝立ちで起き上がる。
バチッ
近くで何かが弾ける音がした。
楽人が静香を見ると、その近くで“天然パーマ”が白目を剥いて立っていた。
彼はユラユラと何度か前後に揺れると、大きな音を立てて床に倒れて動かなくなった。
(…何があった?!)
突然の意味不明な状況に楽人が困惑したその時――
ブオッ
――店内に一陣の風が吹いた。
「遅れて済まない」
爽やかな声が店内に響く。
聞けば誰もが安心するような、力強く、優しく、頼もしい声。
楽人が待ち侘びた声。
彼は突然目の前に現れた、身長2メートルの美丈夫の背中に礼を言った。
「…いや、助かったよアルクス」
楽人は言葉にしたことで、肩の力が抜けるのを感じた。
アル・ラクスのその丸太のように太い右手には、喉を掴まれた“M字”の身体がぶら下がっている。
――実際、アル・ラクスの行動は迅速だった。
彼が楽人の父親たちと浜辺で良い場所を探している時に、救難信号が届いた。
それに気付いた彼は、荷物を下ろしながらアキラを同行者たちに預けると、説明する間も惜しんで、直ぐに楽人たちの救援に向かった。
彼は走った。
彼の俊足を以てすれば、一分も掛からない距離だ。
…しかし悲しいかな、彼は楽人たちの居場所を知らなかった。
彼の優れた聴覚を以てしても、遠くを走りながら、海岸の雑多な声に埋もれた楽人たちの声を聞き分けることは困難を極めた。
だから彼は、立ち並ぶ海の家を一軒一軒見て周らざるを得なかった。
その結果、到着時間が楽人の予想した最短を大幅に超えたのである。
そして彼は先程、近く――と言っても数十メートルは離れていた――からの静香の声で居場所を特定、店内に突入して今に至る。
もし、サーニャたちが大声で悲鳴を上げていれば、もっと早くに楽人たちの居場所を特定できただろう。
しかし、それは同時に、楽人たちの誰かがもっと悲惨な目に合っていたことも意味する。
だから、少しでも早く来たかったアル・ラクスは己の不明を詫びた。
だから、大切な者を守り切った楽人は彼の尽力を誇った。
アル・ラクスは口角を上げ、楽人は目を閉じて、二人は笑みを浮かべた…。




