水着タイム:後半戦
「…お前よくアレの姉と付き合えるな」
ようやく復活した手塚は楽人に近付くと、黒服の若頭の横に居るメスリンをそっと指差して、小声で話し掛けた。
「まあな」
楽人は、サーニャとメスリンの性格が似ても似つかないことを“ミレニアム戦記”で知っていたが、面倒なので適当に相槌を打った。
――人間の性格は、経験の積み重ねの結果である。
どんなに似てない兄弟姉妹でも、同じ環境で育てば九割九分九厘、根底は似通う。
それに対して【リアライザー】……フィクションのキャラクターの場合は違う。
作品内容や話の都合に影響されるので、兄弟姉妹でも全く違う性格が珍しくない。
人間で言うと、産みの親は同じでも育ての親と環境が違うようなものである。
「おにいさん、あたしに何か用?」
次の獲物を求めてキョロキョロしていたメスリンが、手塚の視線に気付いて近寄って来て、後ろに手を組んで上目遣いで尋ねた。
彼女は水着をレンタルするので、ここでは着替えない。
「くわっ!」
手塚は突然片足立ちになって両手を上げ、変な格闘技の構えみたいなポーズを取ってメスリンを威嚇した。
「きゃっ♡ こわ~い♡」
メスリンはわざとらしく怖がる振りをして、トコトコと駆け戻って、【共生者】の影に隠れた。
ギロッ
「ひっ!」
兵藤に睨まれた手塚が、こちらは本当に怯えて、空気を漏らすような悲鳴を上げて、両手を目の前で交差させた。
「ざぁこざぁ~こ♡」
メスリンはメスガキらしい上弦の月みたいな嫌らしい目付きで手塚を小馬鹿にする。
メスガキの決め台詞で、常にトップ3をキープしている台詞だ。
「ぐぬぬ…」
手塚が悔しがったが、兵藤はメスリンに罵倒されて悔しがる彼を羨ましそうに見ている。
(…俺は何も見ていない)
楽人は兵藤との間に、心の壁をそっと一枚追加した。
* * *
パサッ
「じゃんじゃじゃ~んっ☆」
着替え終わった最初の一人範子が、簡易更衣室のブルーシートを捲って、効果音を口遊みながら姿を現した。
「ビキニか。似合ってるな」
彼女は金髪をポニーテールにして、黄色のビキニを着ていた。
ビキニは色こそ派手な蛍光色だったが作り自体は至ってシンプル。
健康的に日焼けした肌や金色に染めた髪によく合っている。
「マ?! うれしみ~っ♪」
範子は両手を斜め上に広げて全身で喜びを表現すると、そのまま楽人に駆け寄って抱き付いた。
むにゅっ
高校生にしては大きめの胸が彼の胸に当たって柔らかく潰れる。
楽人は黒服の手前、直ぐには引き剥がさず、範子が少し落ち着いてから、その両肩を掴んでゆっくりと引き剝がした。
「恋する乙女は積極的だね」
男連中が明らかに楽人目当ての水着を褒めることを躊躇う中、アル・ラクスは爽やかに彼女の姿勢を褒めた。
「――範子早いって」
続いて貴巫女が、さっさと着替えて出て行った親友を責めるように、文句を言いながら簡易更衣室から出てきた。
「おおおおおぉぉぉぉぉっ!」
最初に反応したのは“眼鏡オタク”だった。
それもそのはず、貴巫女はレンズが上に跳ね上がるサングラスをしていたのだ。
(“眼鏡オタク”が来ると知ってたら別のコーディネートにしたのに…)
楽人が誘った段階では彼の参加は決まっていなかったし、元々サーニャの紹介が主目的だったので、楽人には事前に参加者全てを伝えるという考えが最初から無かった。
「美しいラインだ。惚れ惚れするね」
「ありがとう、アルクス。その言葉、素直に受け取っておくわ」
「どういたしまして」
彼女の水着は変わったデザインだった。
基本は肩や胸元が出る白いワンピースなのだが、お腹周りの左右に黒いラインが入っていて、その外側が淡いパステル調の水色。
それがどういうことかと言うと、陽光の元……特に海や浜辺において、腰が細く見えるのである。
膨張色の白で胸を大きく見せつつ腰を細く見せる、自分の欠点を補いつつ武器を研ぎ澄ます、正に考え抜かれた完璧な選択。
手に持った小さな白いハンドバッグも、清楚な感じを演出して似合っていた。
「エモいなー…。あーしも今度着てみっかなー…」
範子は親友の水着姿に見惚れて、自分が着ている姿を想像した。
「範子には向いていないと思うわ」
「まじ?」
「ええ、範子にはそっちの方が似合ってるわよ。須磨君もそう思うわよね?(同じ土俵に上がられて溜まるものですか…!)」
貴巫女は範子の胸を視界の端に捉えながら楽人に話を振った。
「そうだな。ビキニの方が範子の魅力を引き出せてると思う」
話を振られた楽人は、貴巫女の気持ちを何となく察して頷いた。
「きゅんとした♡」
範子は喜んで楽人の腕に抱き付くと、彼の腕はその豊かな胸を押し広げるように挟まれた。
「須磨君って優しいのね」
貴巫女も楽人の気遣いに気付いて微笑む。
「?」
範子は親友たちの言外の遣り取りを理解出来ず、頭に疑問符を浮かべた。
…パサッ
彼女たちが静かになるのを待っていたかのように、簡易更衣室のブルーシートが静かに捲られ、
「…お待たせ」
静香が恥じらいながら姿を現した。
――その水着を一言で言うなら、薄手のチャイナドレス。
鎖骨、脇、腕が出る作りで、セットのパレオが、左側にスリットの入ったチャイナ風のミニスカートに見える。
鮮やかな燻んだ赤の生地は、光の加減で薄っすらと灰色の花模様が浮かび上がらせた。
腰の横が開いていて腰を細く見せ、胸元に開いた縦長の穴や、首から腰まで肩甲骨の内側を見せるように開いた背中は、チャイナドレスの魅せ方を彷彿とさせる。
「…おかしくないかしら?」
誰も何も言わないので、心配になった静香は楽人に上目遣いで尋ねた。
両肩を抱いて豊満な胸が更に強調される。
何故恥ずかしがるような水着を選んだかと言えば、あまり運動をしない弛んだ身体を端ないと思いながらも、自分を見て欲しいという乙女心。
…但し、彼女は全く太ってなどいない。
それどころかアイドル顔負けのスタイルである。
オタク故のズレた感覚のせいで自信が無いだけであり、「漫画の普通より太いから」と正直に言ったら、間違いなく非オタの女性に殺されるだろう。
「綺麗ですよ、音無先生。見惚れてました」
楽人はハッと我に返り、率直な感想を述べた。
(胸が苦しそうだけど、それを言ったらセクハラだよなぁ…)
タイトなイメージの強いチャイナドレスに、サーニャに匹敵する巨乳は大き過ぎた。
「――っ! ありがとう!」
静香の顔が、不安そうな表情から一転、花が咲き乱れるかのように綻んだ。
ドキッ
直接好意を口にされていない楽人でも、只一人に向ける恋する乙女の表情に心臓が高鳴った。
「「………」」
二人の視線が絡み合う。
周りも野暮な口を突っ込むほど、子供では無い……一部を除いて。
グイッ
楽人の腕に抱き付いている範子の腕に力が入り、楽人の身体が彼女の方に傾いた。
無論、わざとである。
「ま、真島さん?! あなた何をっ!?」
静香は初めて範子に気付いて、彼女の方に手を伸ばした。
今までは視界に入っていても、恥ずかしさと恋愛フィルターで認識していなかったのである。
「見てわかんない?」
範子は更に胸を押し付けて、ついでに頬を彼の肩に乗せながら横目で静香を見て挑発した。
「はっ、端ないわよ! 人前で! あなたたちはまだ高校生なのよ!?」
「え~? これくらい普通じゃん? 昭和じゃないんだからさ~」
「だっ、だだだ誰が昭和ですかっ?! 私は歴とした平成生まれですよっ!」
「そだっけ?」
範子は煽り抜きの本気で首を傾げた。
「そうです!!」
(珍しいなぁ、音無先生が自分のことで怒るなんて)
サーニャ一筋の楽人は、目の前で繰り広げられる恋の鞘当てを、どこか他人事のように眺めていた。
「若いねえ」
アル・ラクスは微笑ましそうに彼らを眺める。
「…失礼ですが、歳はお幾つですか?」
「内緒だ」
貴巫女はふと疑問に思って尋ねたが、アル・ラクスは爽やかな笑顔であっさり流した。
ヒーローたる彼に、その程度のことを誤魔化したいと言う意図は無い。
ただ、彼自身、色々な経験を重ねたことで、設定上の年齢を名乗ることに抵抗を感じ始めていただけ。
正道たるヒーローであるが故に。
バサッ
乙女たちの戦いを余所に、簡易更衣室のブルーシートが、今までより一際大きな音を立てて捲られた。
「待たせたわね、楽人」
聞こえて来たのは母親の声だったが、出て来たのはサーニャだった。
彼女が着ているのは、楽人たちと選んだ水着。
ベージュのビキニに、上に着込むカバーアップの上下がセットになっている。
陽光の元で見るそれは、楽人が店内で見た時よりも綺麗だった。
カバーアップはレースの無数の小さな隙間から肌の色をチラつかせ、ベージュの生地は陽光を跳ね返して時折金色にも見え、サーニャの白と黒の髪、緑と赤の瞳を引き立てていた。
「可愛い」
楽人は、静香との言い争いで力の抜けていた範子の腕をすり抜けて、サーニャの元まで歩み寄って一言。
「やっぱりこれが一番だな」
「えぇ~♪ 嬉しいですけどぉ~♪ 嬉しいんですけどぉ~…♪」
サーニャは顔をニヤけさせながら、身体をくねくねと揺らした。
それに釣られて、レースの上着に包まれた豊かな胸がプルンプルンと揺れた。
「“やっぱり”?」
範子が条件反射で尋ねた後ろでは、貴巫女がサーニャの存在感著しい部分を笑顔で見ながら歯軋りをしていた。
「一緒に選んだんだよ。サーニャはお子様用のワンピースを気に入ったんだけど、サイズがね…」
「あっ、うん…」
範子は女子高生にしては大きい彼女をして足元にも及ばない、小玉メロンに匹敵するサーニャの胸元を見て頷いた。
「…んっ」
サーニャが背中を見ながら、もぞもぞと左右の肩を上げ下げし始めた。
「どうした、サーニャ?」
「羽が擦れて、少し擽ったいかなって…」
普段家の中で生活して、外に出る時しか羽を隠さないので、彼女は羽が服に擦れる感触にあまり慣れていない。
その上、水着は着慣れないポリエステル製なので、肌が過剰に反応していた。
「気になるんだったらレースの上着を脱いだり、普通の上着を着ても…」
「ううん、平気。お義母様にお薬塗ってもらったから……うん、これでよし♪」
サーニャは上着の中で羽の角度を微妙に調整して、納得のいく位置に収めた。
「本当に【リアライザー】だったんだ…」
貴巫女はサーニャの後ろに回って、上着の下に透けて見える小さな羽を突きながら、感慨深そうに呟いた。
「何だと思ってたんだ?」
「コスプレイヤー」
「あのなぁ…」
楽人が呆れて溜め息を吐く。
実際、ネットでもリアルでも、コスプレイヤーが集まる場所なら、サーニャ程度の人外コスプレは珍しくない。
逆に言えば、そのお陰で人外の【リアライザー】も世間に受け入れられていると言えた。
パサッ
「――あら、楽しそうねえ」
母親が簡易更衣室のブルーシートをそっと開けて出て来た。
――その水着はダスティブルーの横縞のフレアビキニだった。
その上から白い前開きのラッシュガードと、腰には南国風の花をあしらった膝下まで隠れるパレオを付けている。
膨張色のアウターで覆うことにより、より細く落ち着いて見える、見た目重視で泳ぐ気の無い選択。
それらを考慮しても、フレアビキニのフリルを押し上げる胸部や、緩やかな腹部のラインは、まだまだ現役を感じさせた。
「綺麗だよ、真理」
「ありがとう、アナタ」
父親は妻の水着姿に感動して、息子の前だと言うのに珍しく、妻を名前で呼んでしまった。
「…母さん、無理すんな」
息子が近寄って来て、こちらは内心の動揺を隠すように、憎まれ口を叩いた。
それもそのはず、彼らは水着選びの際に母親の選んだ水着を見ていない。
それが実際に見てみたら、一児の母とは思えない見事なプロポーションを披露されたのだ。
反応するなと言う方が無理である。
「うふふ。無理なんてしていないわよ」
母親は余裕の笑みで受け流す。
「セパレートはね、組み合わせが自由だから体型をカバーしやすいの」
「でも結構隠してない?」
楽人が指摘した通り、肌が露出しているのはお腹と膝下、それにパレオからはみ出ている太ももの右側くらいのもの。
「女性が隠すのは気にしてるところよ。それは見た目も言葉も同じ」
母親はそう言いながら、ラッシュガードを肩の動きだけで器用に肘まで下ろして、右足をパレオの隙間を広げるように前に出してみせた。
(凄い自信だなぁ……俺もサーニャが居なくて実の母親でなければ意識してたんだろうか?)
「但し認めてる振りには注意しなさい。悲劇のヒロイン気取りなだけで、本心では自分が世界の中心だと思ってる只の女だから」
母親としての注意でありながら、そこには年上の女から若い男への警告のような艶やかさがあった。
「…なんでそこまで言い切れるんだよ?」
「ふふふ。何でだと思う?」
母親は意味深に笑って答える。
彼女自身細かい理屈は説明できない。
それでも確信を持って言えるのは、無数に見てきて例外が無かったから。
そう、それは紛れも無く、女の中で生きて来た女の言葉なのだ。
だからこそ説得力がある。
「…気を付けます」
楽人は女の恐ろしさの片鱗を見た気がして、神妙に頷いた。
「いい子ね、楽人。そう言う意味では、楽人のお友達たちはイイ女ばかりだから安心してもいいわよ」
「わかっ……って、何を安心するんだよ!?」
楽人は言葉の意味を深読みしてしまい慌てた。
「さあ何かしらねえー?」
母親は惚けると、離れて家族の会話を見守っている彼女たちへ、視線を送って微笑んだ。
楽人に釣られるように近寄って来たサーニャは、母親の視線の意味が分からず小首を傾げた。
会話に参加しなかったのは、話の邪魔をする気が無いこともだが、彼女には含みのある会話が理解できなかったことも大きい。
少し離れて話を聞いていた、空気が――時々――読める女範子も似たようなものだ。
気にしない振りをしながら、チラチラと見ていた静香は、
「…ああいう風に歳を重ねたいなあ…」
と思わず呟いてしまい、慌てて口を押えて左右を見渡すが、誰も彼女を気にしていなかった。
(つよい。パパ活が精一杯の私にはまだ勝てない)
蚊帳の外で一人冷静に見守っていた貴巫女は、本物の大人の余裕を目の当たりにして、敗北を認めるのだった…。




