水着タイム:前半戦
若頭のマンションを出て一時間足らず。
メスリンとサーニャが景色を見て燥いでいる内に、楽人たちを乗せた車は海に到着し、駐車場に停車した。
「色々あったけど、まだ10時前か」
楽人は腕時計を見た。
スマホは海で落とす心配があるので、今日は防水腕時計を持参している。
「じゃあ準備するよ」
楽人は車を降りると、アルファードのリアゲートを上げた。
トランクの下の方にはポリタンクが詰まれ、上の方にはビーチパラソルや皆の荷物などが乗っている。
楽人はそこからブルーシートを取り出し、リアゲートの下に取り付けて簡易更衣室を設置した。
その様子を車内から一番興味深そうに見ていたのは、サーニャでもメスリンでもなく、アル・ラクスだった。
「どうした、アルクス?」
「いや、中々興味深いと思ってね。次は私にやらせて貰えるかな?」
爽やかナイスガイの彼にも、人並の好奇心はある。
普段は【共生者】であるアキラに付きっ切りということもあり、スマホを持っているにも関わらず、情報収集や経験の機会が少ない。
そのため、リアゲートを使うというアイデア商品にも興味を惹かれたのだ。
「それじゃあ片付ける時に一緒にやってみる?」
「喜んで」
アル・ラクスたちがアルファードから降りる頃には、センチュリーに乗っていた音無静香たちも、車を降りてアルファードの後方に集まって来た。
「じゃあ予定通り男連中が先で。護衛は任せますね」
楽人が声を掛けると、黒服たちが頷く。
事前に、着替えは人数と手間の少ない男性が先、女性が後と決めていた。
黒服の二人――若頭の兵藤とサングラスの黒服――が黒服のまま範子の護衛をすると言った時は、楽人たち一般人は驚愕したものである。
* * *
男たちを待っている間、女たちはいつの間にか二人一組になっていた。
メスリンは姉のサーニャの服の裾を掴み、範子はその近くで親友の貴巫女と、静香と母親は大人同士。
静香はメスリンがユントロを気に入ったのを見て、この場では着替えない彼女にユントロを預けると、彼女は嬉しそうに抱き抱えた。
兵藤はそれを尊い物を見るような目で見ていた。
パサッ
「はや」
一分も経たずに着替え終わった最初の一人が、簡易更衣室のブルーシートを捲って出てきた。
真っ先に反応したのは直感で動く女、範子。
「ぴえん」
「何故泣く?!」
出て来た手塚を見た瞬間、範子は両手の甲を目元に当てて、嘘泣きを始めた。
「貴様! お嬢に何をした!」
サングラスの黒服が手塚に詰め寄る。
「いや何もしてないぞ! 見てただろ?!」
“眼鏡オタク”は眼鏡に近寄られて微妙に嬉しそうな顔をしながら弁明した。
しかし当たり前のことだが、黒服たちが見ていたのは主人である範子とその周囲であって、簡易更衣室の方向では無い。
「どうしたの、範子?」
直前まで世間話をしていた貴巫女が、範子の肩に手を置いて尋ねた。
すると範子は泣き真似のまま、片手で手塚を指差して言った。
「キモイ」
グサッ
「ぐはっ!」
手塚がショックを受けて、胸を抑えて前屈みになった。
「まあ……エグいよね」
ザクッ
「げはっ!」
手塚は今度は胸に手を当てたまま、天を仰ぎ見るように仰け反った。
「ちっさ♡」
ドスッ
「うぼあーっ?!」
メスリンが股間の小さな盛り上がりを的確に指差して笑うと、手塚は口を大きく開いて滂沱の涙を流した。
「あっ、そうですよね。そう言えば男の人でした」
ちゅどーんっ
「もう…殺して……」
サーニャの全く忌憚の無い素直な言葉が止めとなって、手塚はその場に蹲って地面に“の”の字を書き始めた。
彼の水着は、股間が強調されるブーメランパンツ。
男性である黒服たちはあまり気にしなかったが、女性から見れば、良くも悪くも自信過剰な性的アピールにしか映らない。
それに比べれば、彼がサングラスを掛けていることは誤差の範囲。
その結果が四人の――見た目が――うら若き乙女たちの反応である。
その一方で、静香はブルーシートを捲る手を見た段階で、好きな人の手では無いと気付いて興味を失い、母親は全く意に介さず「あらあらまあまあ」と周りの反応を楽しんでいた。
「騒がしいなぁ…」
黒服たちが手塚の肩に手を置いて慰めているところに、二番手の楽人が簡易更衣室から出て来た。
「本命来た! やばみできゃぱい!!」
早々に手塚から意識が離れていた範子が、真っ先に楽人を見ると、両手を合わせて左右に振って燥いだ。
楽人の水着は、有名メーカーの鉄板デザインのショートパンツ。
外しようが無い。
泳ぐ時には脱ぐことになるが、今はまだ、前を開けた黒いワイシャツを着ている。
「ガクトの水着、ステキです♪」
サーニャは楽人に駆け寄って、両手を祈るように組んで褒めた。
「ありがとう、サーニャ」
楽人は肝心のサーニャの評価が悪く無かったので、内心胸を撫で下ろした。
彼女の裾を掴んでたメスリンも、一緒に付いて来て楽人の前に屈み込む。
「んー……おにいさん、ヒョードーよりおっきいね♡」
メスリンは人差し指の第二関節を咥えて唸った後、上目遣いの色っぽい表情で楽人に微笑んだ。
「あ、ありがとう…(人並だと思うけど比べたこと無いしなぁ…)」
楽人は銭湯に行かないし、高校に水泳の授業も無く、海やプールに行けば遊ぶ方に夢中、サーニャ一筋なのでAVも見ない。
そのため、他人の股間を凝視する機会が無く、比較対象は父親か小さい頃の記憶くらいだった。
対するメスリンは、昨日まで【共生者】の兵藤しか見たことが無い。
しかし、メスガキの設定から好奇心が強く、手塚や楽人を見てこっそりランク付けを始めていた。
現在のランクは、“楽人>兵藤>眼鏡オタク(ちっさ)”である。
「…60点」
「貴巫女っち、きっつ!」
貴巫女がボソッと呟くと、範子は親友の酷評に目を丸くして批難した。
「経験上普通より大きいくらいね」
貴巫女は両手の平を合わせてから、適当に離して見せた。
その長さは彼女の手の幅より少し長い。
「経験上?!」
「たった二桁よ。相手は選んでいるもの」
「ドン引きだよ!」
経験人数一人の範子は、二桁で少ないと語る経験豊富な親友に思いっきり引いた。
(膨張率にもよるけどね)
貴巫女は当たり前のことまでは口にしなかった。
(やっぱり結構逞しいんだ…。私も駆け寄りたいけど、流石に端ないわよね)
静香は内心の葛藤で良心が辛勝し、その場でニコニコと楽人を見つめるだけで我慢する。
母親は、旦那のサイズが平均からどの程度大きいか知っているので、彼女たちの見解を楽しそうに見ていた。
「楽しそうだね、母さん」
皆が楽人に気を取られている間に、父親は簡易更衣室からアルファード内を通って後ろから回って来た。
その水着は灰褐色で丈が長めのハーフパンツ。
彼は海まで上半身裸で歩くことに抵抗があったので、上半身にはアロハシャツを着ている。
「息子がモテて嬉しくない母親はいませんよ」
「なるほどねえ」
父親は、社内の息子を男として見て依存している女性を思い出したが、面倒なので再び心の奥底に沈めて重そうな蓋をして忘れることにした。
「アナタもその水着似合っているわよ」
「ありがとう母さん」
父親に気付いた静香は、何度か声を掛けようとしたけれど、上手く会話に混ざれなかった。
(母親の前で父親の水着を褒めるなんて不倫だものね。それに私が好きなのは…)
「――待たせたね」
静香が楽人の方へ視線を向けると、その先のブルーシートから、爽やかなイケメンボイスと共にアル・ラクスとアキラが出て来た。
アル・ラクスの水着は、楽人の物より更に丈の短いショートパンツ。
右肩にはまだ空気の入っていない浮き輪を通し、左手には小さなビニール製のバッグ――子供用の小さなシャベルとバケツが入っている――を持っている。
一方のアキラは、長袖にハーフパンツで首下から膝上まで隠れる、紫外線に強い男女兼用タイプだった。
「筋肉エッグっ! 車の中で見た時から思ってたけど服脱いだらエグすぎん? 【リアライザー】ってみんなこうなん?」
範子が下手なボディビルダー顔負けの筋肉に圧倒されて楽人に尋ねた。
「いや。フィクション全体で見ても、人体を保ってる範疇ならトップクラスのはずだよ」
――物理的な存在である【リアライザー】にとって、多くのフィクションにありがちな破綻したバランスは致命的である。
《【リアライズ】直後に重力に負けて死んだ【リアライザー】》
と称された写真は、ネット上に少なくない。
仮にその場は生き永らえても、不自由な身体の【リアライザー】がどうなるかは想像に難くない。
「眼福」
貴巫女がアル・ラクスの全身を舐め回すように見て言った。
「おい、どこ見て言ってる?」
「全部」
思わず突っ込んだ楽人に、貴巫女はアル・ラクスから目を離さず平然と答える。
内面もイケメンなアル・ラクスは、これには苦笑を漏らした。
「でっか♡」
メスリンは目をハートにして、満面の笑みを浮かべた。
彼女の視線は、最小サイズでも存在感のある股間の膨らみに注がれていた。
しかし、メスガキの彼女にとって、アル・ラクスは完全に射程圏外。
好みの男性としての興味は無く、オモチャ二人を弄る材料を見つけたことが重要なのである。
「ヒョードーもあれくらいおっきくなって♡」
「…今直ぐ勃てま…」
「小っちゃいままで♡」
「…」
若頭は愛すべき【リアライザー】の無茶振りに、身を震わせて喜んだ。
(この可能性を考えて、股間の目立つブーメランパンツは避けたんだよなぁ…)
一方の楽人は、アル・ラクスを見て愕然としている、ブーメランパンツで失敗した親友を見て独り言ちた。
それから若頭を見て、「ああはなるまい」と心に誓った。
「凄い…」
静香はアル・ラクスの肉体美に感嘆の声を漏らした。
しかしその意味は他の人たちとは違う。
男性としては興味が無い彼女も、その微妙に非現実的だが成立している筋肉に、生物教師として興味を惹かれた。
母親がアキラの近くに寄って、屈み込んで視線を合わせる。
「アキラちゃんも素敵な水着ね」
「ありがとう、おばさん!」
「アキラちゃんはちゃんとお礼が言えていい子ねえ」
彼女はアキラの頭を撫でた。
「えへへ~」
褒められたアキラは照れて頭を掻いた。
若い女の子たちのアキラへの反応は鈍い。
アキラの水着は機能性の追求に特化していて、デザインが地味で、露出度も低く、下手な夏服より厚着。
手に持っている水泳帽子も、色を合わせているので地味。
無理なお世辞に慣れていない彼女たちには、これを褒めるのは少しばかりハードルが高過ぎた。
だから母親は一番年配の女性として、アキラの相手を引き受けたのだ。
「うっ、可愛い…」
貴巫女が思わず呟いた。
金にならないお世辞は苦手でも、外ハネショートボブの健康的な笑顔は眩しく感じる。
「私たちもそろそろ着替えましょうか」
母親は一頻りアキラを褒めた後、女性陣を見渡して声を掛けた。
「須磨っち期待しててね~☆」
範子が手を振って簡易更衣室に入っていく。
それに気付いた貴巫女は、駆け足で彼女を追い駆けた。
「それでは私も…」
静香はチラッと楽人に視線を送って、簡易更衣室へ向かった。
「サーニャちゃん、私たちも行きましょうか」
「はいっ、お義母様♪」
母親とサーニャは本当の親子のように仲睦まじく、最後に簡易更衣室へと入って行った。




