同行者:姉妹
久谷一家の若頭、兵藤が個人で借りている、近隣で一番家賃も標高も高いマンションの一室。
付いて来たのは組長の娘である範子、メスリンの姉であるサーニャ、彼女の恋人である楽人、それと男の一人暮らしを危惧したその母親の四人。
ガチャッ
兵頭は通常の鍵を開けドアを開けると、廊下の奥から小さな影が走って来た。
「ヒョードーっ!!」
ドンッ
角を曲がったその人影は、ウルトラな宇宙人みたいに両手を伸ばして、頭から兵藤に突っ込んだ。
兵藤の後ろにいた範子たちはそれを見て驚いたが、兵藤は手慣れたもので、少し腰を落として、少女の軽い体重をしっかり受け止めた。
受け止められたメスリンは自分の足で廊下に立つと、上を向いて、頭二つ高い位置にある兵藤の顔を見て小馬鹿にするように言った。
「あたしおなかペッコペコ~♡ おにーさん小っちゃい子がお腹空かせてるのに何とも思わないの~?♡」
「はいはい」
兵藤は頬が緩みかけたが、人前と言うことを思い出して表情を引き締め、大人の反応をしてみせた。
「うっわ~、なにこのわかってますよ~って態度ぉ?♡ こーんな小さい子に言い返せないなんて、はずかしくないのぉ?♡」
兵藤の背後から室内を覗いた楽人たちは、それ以上に気になることがあって、彼らの遣り取りが頭に入って来なかった。
「なんで裸なの?」
深く考えない範子は、楽人たちが気になっていても口に出来なかった質問を平然とした。
メスリンの顔はサーニャを幼くした感じだが、それ以外は大きく違う。
髪の色はサーニャとは逆で、右が黒、左が白。
目の色はサーニャがアレキサンドライトをモチーフにした緑と赤なのに対し、彼女はアメトリンをモチーフにした右目が紫、左目が黄色。
小さな羽と悪魔みたいな尻尾はサーニャより小ぶり。
その身体は小学生高学年くらいの身長で、胸は膨らみかけか単なる贅肉か判別が付かないくらい薄いのに、腰から太ももにかけてはしっかり女性らしい、正にメスガキそのもの。
成人女性に近い身長と抜群のスタイルを誇るサーニャとは、別のベクトルで【リアライザー】らしい体型だった。
「なんでって、それは着替えが……おねえちゃん?!」
メスリンは範子に答えようと兵藤の横から彼の後ろを覗いて、やっとサーニャの存在に気付いた。
「どう…して?」
メスリンは思わず呟いた。
“ミレニアム戦記”のアクティブプレイヤー数は公称10万人を超えるが、100万人には遠く及ばない。
しかも、サービス開始から実装されたサーニャは、直後に登場したメスリンに人気を奪われ、直近の人気投票での得票数は僅か0.3%。
複数投票なので、サーニャに強い思い入れのある人間は更に少ない。
これはマイナーな漫画の脇役にも劣り、下手をすれば学校裏サイトでバズる落書きにも負ける数字である。
【リアライズ】には一定以上の【思い】が必要という性質上、常識的に考えればサーニャが【リアライズ】するのはおかしい。
メスリンが自分の目を信じられないのも当然だった。
「わたしも【リアライズ】したんです。まさかメスリンがこんな近くに居たなんて…」
サーニャの原因の手を握る手に、無意識に力が入る。
「――人前でなんて格好をしているんです。着替えなさい」
兵藤が急にメスリンを叱責した。
彼はメスリンが裸で突っ込んで来ることに慣れていて、言われるまで不味いと認識できなかったのだ。
「だぁって~。洗濯機こわれた~」
「昨日出掛ける前に乾燥機を回しましたよ」
兵藤はメスリンの脇の下に手を入れて小さな身体を持ち上げると、靴を脱いでスタスタと廊下の奥へ消えて行った。
残されたサーニャたちは呆然と顔を見合わせる。
「…待つか」
楽人の呟きに、全員が頷いた。
そして待つこと一分足らず。
「上がって下さい」
奥から兵藤の声がして、彼らは部屋に上がった。
* * *
「んしょっと」
楽人たちが奥のリビングに入ると、メスリンの着替えが兵藤に手伝われながら、丁度終わるところだった。
その服装は“ミレニアム戦記”での彼女のデフォルトの衣装。
サーニャの可愛さと露出度を両立させた衣装から、更に露出度を増やしたレオタードのような衣装で、サーニャと同じように首のチョーカーに魔族のトレードマークである天の逆さ十字が付いている。
一番大きな違いは、胸元が限りなく貧乳な彼女に合っておらず、角度によっては見えそうになる隙間があること。
無論、それで自然に見せたり隠したりまで含めてのメスガキである。
(原作より少し太い? と言うよりもプニプニ?)
メスリンは屋内で自堕落な生活を続けた結果筋肉が落ち、原作ではスラッとしていたラインが微妙に柔らかくなっていた。
原作ファンには賛否の分かれるところかもしれないが、メスガキ好きには喜ばれる変化であろう。
同じ屋内生活でも、母親とストレッチをしたり、楽人と運動をしたりしているサーニャとでは、大違いである。
(物が少ないなぁ…)
楽人は改めて部屋を見渡し、物の少なさに驚いた。
部屋の一角に大きなゲーム用モニターがあり、その手前に古いゲーム機とソフトが散乱し、その対面に小さなテーブルとソファーがあって、部屋中に女の子物の服が散乱している。
しかしそれ以外に目立った物は無く、精々ゲームソフトの入った新しめのラックや、自己啓発本が並ぶ本棚があるくらい。
音無静香の色々詰め込まれたオタクらしい部屋とは真逆。
正に出来る男の一人暮らしと言った風情だろう……ゲームと女の子物の服が散乱している中、小さな女の子を着替えさせていなければ。
楽人と範子の中で、兵藤の株が爆下がりした瞬間だった。
「お腹空いたぁ」
メスリンは殆ど着替えを手伝わせておいて、終わった途端に空腹を訴えた。
「冷食があるでしょう」
「あきた」
メスリンは、期待していたテイクアウトが無かったことで、無気力になっていた。
兵藤としても本当は買って帰りたかったところだが、組長の娘を連れて、彼女が楽しみにしていた海デートを遅らせている現状、そんな寄り道をできるはずも無い。
「台所をお借りしてもいいかしら?」
見兼ねた母親が兵藤に声を掛けた。
「お願いします」
兵藤が彼女の意図を理解して許可をすると、母親はリビングに隣接するキッチンへ入って行った。
楽人は母親が料理を始める姿を確認すると、兵藤にここに来た本題を切り出した。
「兵藤さん、メスリンについて伺っても良いですか?」
範子は初めて聞ける【共生者】の生の声に興味を唆られて、楽人の手を引いて家の主人に断りもせずソファーに座った。
それに釣られて、楽人と手を繋いでいるサーニャも一緒に座る。
メスリンも長引きそうだと思い、床に足の裏を合わせて座り込んだ。
「分かりました」
それを見た兵藤はメスリンの隣に座り込み、懐かしむように話し始めた。
* * *
「あの日、私はいつも通り組の仕事を終えると、夜遅くなったのでコンビニで弁当を買ってマンションに帰りました」
兵藤は若頭ではあるが、完全な住み込みでは無かった。
「帰って直ぐに熱いシャワーを浴びていると、急に目の前の空気が揺らいで、淡い光を放ちながら人の形になっていきました。次第に光が完全に収まると、そこにはメスリンが居たのです」
「そーそー。それでヒョードーはおっ立てて襲い掛かってきたのよねぇ♡ あたしみたいな小っちゃい子に♡」
真面目に話を聞いていた楽人たちは、メスリンの爆弾発言に驚いて振り向いた。
「嘘を言わないで下さい。襲ってなんていません」
(((おっ立ててたのは否定しないんだ…)))
冷静に否定する兵藤に、彼らは言外の部分を色々と察した。
「はずかしがりすぎ♡ そうだ♡ 今からヒョードーのかわいいヒョードーいじめて、見せつけてあげようか♡」
メスリンは兵藤の下半身に倒れ込んで、ズボンを下ろそうとした。
「や、止めて下さい」
「じゃあ踏む?♡」
メスリンは身体を起こして、右足を上げると、その指を器用にワキワキさせた。
兵藤は口では抵抗しながらも、顔は満更では無さそうだった。
「…話の続きをお願いします」
楽人が呆れて話の続きを促すと、メスリンは足を戻して座り直し、兵藤は残念そうな顔をして話を再開した。
「――と言う訳です」
彼の話を要約すると、マンションでの軟禁とメディアからの隔離である。
人外の【リアライザー】が外に出ると、電車にコスプレで乗る人くらい目立つ。
しかも極道の若頭の連れとバレれば狙われること請け合い。
加えて、現代の常識に疎く強気なメスリンが、ネットやテレビに氾濫している偏った知識に染まれば、暴走は火を見るよりも明らかであり、来客や外に出れば騙されることは必定。
拉致されて売られた【リアライザー】たちの末路を考えれば、兵頭の判断は英断と言える。
…しかし、正しいことと納得できることは違う。
「ほぇ~」
彼の話が終わると、範子は感嘆の声を上げた。
楽人の手を握っていた手からは、何時の間にか力が抜けていた。
「むすぅ♡」
一方、茶々を入れず黙っていたメスリンは、わざとらしく声に出して頬を膨らませた。
意外に思われるかもしれないが、相手の言い分を聞いた上で言い負かしてこそのメスガキである。
相手の言葉を遮って大声や早口で捲し立てるお子様とは、格が違うのだ。
(心配してくれてるのはわかるけど詰まんない)
感情的な人間の御多分に漏れず、彼女もまた納得していなかった。
しかしそれも仕方が無い。
【共生者】にとって【リアライザー】は最高の存在だが、【リアライザー】にとってはそうとも限らないのだ。
【リアライザー】からすれば、【共生者】は飽くまで自分への思いが強い人間であって、無条件に尊重すべき支配者では無い。
その関係を例えるなら、アイドルと一番熱狂的なファンの関係が近い。
【共生者】の元に現れてから先、どのような関係になっていくかは、設定と性格、そして付き合い方次第なのである。
「どうかしましたか?」
「べ~つに~♡」
――だから、思い通りにならないと『騙された』と口にするタイプの人間には、【共生者】は向いていない。
自分が選ばれたと言う驕りも増長を後押しして、相手も感情を持っているという当たり前の事実を認められず、『【リアライザー】のくせに』『自分勝手』『なんで言う通りにしない』などとブーメランを投げ捲った挙句、【リアライザー】と仲違いして、捨てたり売ったりしてしまうのだ。
【リアライザー】の密売が早々に軌道に乗った原因の一つである。
「おねえちゃんの彼氏だよね? 皇子はいいの?」
メスリンは兵藤の追及を適当に躱して、サーニャを見た。
【リアライズ】して初めての比較対象。
姉が今も手を繋いでいる恋人をチラリと見ると、最もよく知る男性――“ミレニアム戦記”の主人公である皇子――を例えに出した。
「皇子? …わたしあの人きらいです」
サーニャが珍しく、はっきりと嫌悪感を口にした。
楽人が知る限り、苦手なカカオ100%のチョコレートを間違って食べた時以来だった。
「なんで?」
「だって大義を掲げてかっこつけてるだけじゃないですか、アレ。何でも女の人に頼りっぱなしとか、魔王を倒す武器より敵の女の人を助けたりとか、なんであれで何でも上手くいくんですか? なんで敵も異種族も外国人も直ぐに彼を尊重するんですか? どう考えても気持ち悪いですよ~」
「あっははは♡ だよね~♡ あたしもあれだけは絶対無理♡」
サーニャの辛辣な評価に、メスリンは腹を抱えて笑いながら同意した。
別に比喩や私情の入った評価では無く、それらは全て純然たる事実だった。
――皇子はハーレム主人公である。
“ミレニアム戦記”の登場キャラクターは、例え設定や性格や立場に矛盾するとしても、必ず皇子に好意を抱いて忖度するようになる。
雑魚以外の例外は殆ど無い。
そのため冷静なプレイヤーからは、『洗脳の権能持ち』とか、『黒幕の女神の寵愛』とか、『マジカルチ〇ポで黙らせている』などと揶揄されている。
同類が多いソシャゲ・ラノベ・少女漫画・乙女ゲーの中でも頭一つ抜けている。
(これ、本気で感情移入してるようなお客様が聞いたら発狂するな…)
しかし、楽人にとっては完全に他人事。
不人気なサーニャを【リアライズ】させたほど一途な彼にとって、八方美人な主人公は感情移入などできない文字通り異次元の生物。
また、その手の主人公特権は【リアライズ】されようが無いので、警戒の対象にもならない。
「ふ~ん♡」
メスリンは楽人の我関せずと言った雰囲気を感じ取り、意味ありげに鼻を鳴らした。
* * *
「メスリンちゃん、はいどうぞ」
料理を終えた母親がキッチンからリビングに戻ってきて、一枚のお皿を小さなテーブルに置いた。
お皿には黄色くてフワフワな楕円形のオムライスと、小さめのスプーンが乗っている。
パクリッ
「うまっ♡ なにこれ? うまっ♡ ヒョードーが作るのと違う♡」
いい匂いに釣られたメスリンは、いただきますも無しに飛び付いて美味しそうに食べ始めた。
母親はそれを笑顔で見守る。
オムライス自体は冷蔵庫にあった卵やパック御飯を使った単純な物であり、何なら母親にとっては初めて使う調理道具やキッチン。
出来た料理の差は、極道で忙しい若頭と、家庭の守護神である主婦の差と言えた。
「メスリんも連れてかない?」
範子は隣の楽人とサーニャに提案した。
「車はギリギリ乗れるけど……水着はあるのか?」
楽人は“ミレニアム戦記”の衣装を着ているメスリンを見て訝しんだ。
彼の視線を受けて、兵藤が首を横に振る。
「レンタルがあるっしょ」
この場で一番海に慣れている範子があっさり言う。
「なら一緒に海へ行くか、メスリン?」
「むぐ?! あたしも一緒に行っていいの?」
オムライスを食べながら一応話を聞いていたメスリンは、驚いて楽人に向かって口の中の物をぶち撒けながら尋ねた。
「いいぞ」
「よかったですねえ、メスリン♪」
楽人がポケットからハンカチを取り出すよりも早く、サーニャがお洒落な鞄からハンカチを取り出して、彼の顔に飛び散ったオムライスの残骸を拭き取った。
「その格好で行くのかしら?」
誰も突っ込まないので、母親が海以前の問題を指摘した。
メスリンは“ミレニアム戦記”の衣装――胸の見えそうなレオタードもどき――を着ていて、コスプレにしか見えない。
外に出れば変態と警察が寄って来ること請け合いである。
「どうせ着いたら水着じゃん」
「いやいや、レンタルまで歩くぞ」
「――着替えならあります」
兵藤はそう言って立ち上がると、リビングから出て行き、直ぐに乾燥機から女の子物の服を取り出して戻って来た。
「どれどれ」
範子はソファーから立ち上がり、彼の持っている服を一枚手に取って広げてみた。
メスリンに合う小中学生用のサイズなのだが、どう見ても遊んでる系だった。
範子は次々に服を広げてはソファーに重ねて行くが、全て同じ方向性。
(似合ってるんだろうけど、歩いたり座ったりするだけで見えるな。棒立ちでも尻尾を動かせばパンチラだよなぁ…)
楽人は呆れて突っ込む気にもなれなかった。
ギャルである範子はあまり気にせず、サーニャは何も考えずに可愛いと思い、母親の顔からは表情が抜け落ちた。
――その後、胃袋を掴まれたメスリンは急いでオムライスを掻き込み、母親に勧められるままレオタードもどきの上から痴女服を着るのだった…。
* * *
車の乗り分けで少し揉めた。
メスリンにとって初めての外出ということもあり、誰もが【共生者】である兵藤のセンチュリーに乗るものと考えた。
しかし、当の本人はサーニャの隣を希望。
それどころか母親も一緒が良いと駄々を捏ねた。
サーニャには楽人が、楽人には範子が付いて来るので、母親とメスリンを加えると五人。
兵藤と一緒に五人乗りのセンチュリーに乗ることは出来ない。
かと言って、八人乗りのアルファードはレンタルカーなので、運転手として申請していない兵藤が運転する訳にはいかない。
結果、メスリンと兵藤は別々の車に乗ることになった。
アルファードのセカンドシートに左から範子、メスリン、サーニャの順に座り、まさかの楽人サードシート右側。
対するセンチュリーの後部座席は、手塚、貴巫女、静香の順番。
静香は手塚の眼鏡好きを知っているので距離を取り、同じく知っているので安全と分かっている貴巫女は、警戒無く隣に座った。
「話の続きは帰りにしましょうね」
静香はセンチュリーへ移る際、楽人へごく自然に約束を持ち掛けた。
「ええ」
範子の家へ向かう道中の話の続きと言われては断れなかった。
(でもどうするんだよ、これ…)
しかし現実は非情である。
帰りの車内の乗り分けを思うと、楽人は今から心の中で頭を抱えるのだった…。
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【アルファード内】
須磨真理 須磨舞人
真島範子 メスリン サーニャ
アキラ ヒーロー 須磨楽人
【センチュリー内】
サングラス 兵藤
眼鏡 貴巫女 音無静香
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