昨夜はお楽しみでしたね
じりりりりっ! じりりりりっ! じりりり……
澄み切った朝の静寂を、目覚まし時計の金切り声が切り裂いた。
…じりりりりり……パチンっ
布団から手が伸びて、悪の目覚まし時計に正義の鉄槌が下された。
再び布団に戻ろうとした手の動きが、途中で柔らかい物に挟まって止まった。
「きゃっ♡」
可愛らしい、驚きはしても、どこか嬉しそうな声が上がる。
楽人がその声に釣られて目を開けると、目の前にはサーニャの顔があり、目覚まし時計に勝利した彼の手は、その豊かな胸元に挟まって休暇を満喫していた。
「おはよう、ガクト」
「おはよう、サーニャ」
朝の挨拶を交わし、見つめ合う。
早起きのサーニャは、今日も先に起きて、楽人の寝顔を堪能できてご満悦だった。
(俺もいつかは勝利したい)
二人は暫く見つめ合った後、着替えてダイニングへ向かった。
* * *
「昨夜はお楽しみでしたね」
「止めろ。親から言われるときつい」
ダイニングに入った楽人は、母親に開口一番、定番の冗談を言われてうんざりした。
(百戦錬磨のイケメンなら上手くやったんだろうけど、俺にはまだ荷が勝ち過ぎる)
昨晩、彼らは母親の公認どころか、彼女に仕組まれて同衾したけれど、そういう雰囲気にはならなかった。
「これ、甘くて好きです。もっとありますか?」
「あらそう? じゃあキッチンからもっと持って来るわね」
二日目にして、既に食卓に溶け込んでいるサーニャ。
彼女は美味しそうに食べて、美味しいとも言うのだが、リアクション芸は披露しない。
“ミレニアム戦記”自体、フィクションの例に漏れず、様々な種族や文化が登場するので、異文化の食事は珍しく無く、和食も登場することが原因だった。
(俺だって海外に行って和食があったら喜ぶと思うけど、初めて美味しい物を食べたみたいな反応はしないだろうしなぁ……)
楽人は物思いに耽っている間も、サーニャは良く食べ、母親はそれを微笑ましそうに眺めていた。
「楽人はそろそろ用意した方がいいわね」
「ああ、ごちそうさま」
楽人は母親に言われて、今日は少し、朝食を食べ始めるのが遅れたことを思い出した。
けれど、彼は慣れることが出来る自信も無かった。
(今からだと音無先生に相談するのは無理か)
彼は朝早く登校して相談するつもりだったが、もうそれどころでは無かった。
「母さん、サーニャを頼んだよ」
「はいはい、わかってますよ。ほんと、楽人はサーニャちゃんにべったりなんだから。一体誰に似たのかしらねぇ……」
「――っ♡」
母親が自分の事を棚に上げて呆れ、サーニャは嬉しそうに頬を染めた。
彼女は昨日と同じく、母親から色々と教わるつもりだった。
(母さんのことだから、多分常識でも教えてくれるんだろう……)
サーニャは原作で明示されていない知識も持っているが、それは飽くまで生物としての常識に過ぎない。
人間社会……現代日本に於ける常識とイコールでは無い。
【リアライザー】の主犯は、場所や時代で変わるような、特定の生物の限定された常識を覚えさせるほど酔狂では無かった。
サーニャは外にも興味を持ったが、楽人や彼の両親に止められるまでも無く、外出を望まなかった。
人間に近い容姿をしているとは言え、彼女は目立つ。
現状で外出をすれば、好奇の的になって問題が起きることは、誰の目にも明らかだった。
楽人は早く流行が過ぎ去って欲しいと願うのだった……。
三杯目にもそっと出さない!




