同行者:御影家
8月12日。
海水浴当日。
天気予報通りの快晴。
夏至を過ぎたとは言えこの季節、7時にもなれば日が昇って外は十分明るい。
反面、比較的都会の中核市は、墓参りに帰省して来る者より出て行く者が多く、お盆前のこの時期は、朝早く出掛ける人たちを除けば、朝も遅く静かなものだった。
今日の須磨家は、その一部の朝早い家である。
「準備は良いか? 忘れ物は無いな?」
レンタルしたアルファードの運転席で、一家の大黒柱が同乗者に確認をする。
彼は普通の半袖ワイシャツにスラックスという、主張の少ない服装だった。
「は~い、大丈夫で~す♪」
セカンドシート左側席で、一家の元気担当ことサーニャが代表して返事をした。
“ミレニアム戦記”には無い、涼し気なワンピースのロングスカートが皺にならないように綺麗に座っていて、今の生活への慣れが伺える。
セカンドシート中央席の息子も頷いた。
こちらは黒いワイシャツにデニムという、微妙に暑そうな服装。
最後に、父親が助手席に視線を送ると、落ち着きのある色のブラウスと足元まで届くロングスカートを着て、小さな鞄を膝の上に乗せた、なんちゃってセレブ感を出している妻も頷いた。
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【アルファード内】
須磨真理 須磨舞人
サーニャ 須磨楽人 (空席)
(空席) (空席) (空席)
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「では出発するぞ」
自家用車より小まめに整備されている静かなエンジン音を立てて、レンタルカーは須磨家を出発した。
* * *
事前に決めておいた順番で同行者の家に向かった。
最初の目的地、近所にある御影アキラの家に正味1~2分で到着。
ピンポーン
ガチャッ
「はーい」
楽人の母親が呼び鈴を鳴らすと、若い女性の声と共に、中から玄関ドアが開かれた。
出て来たのは、まだ30そこそこの割りに落ち着いた雰囲気の女性、御影家の若奥さん御影美樹。
「御影さん、おはようございます。朝早くからごめんなさいね」
「いえいえお気になさらずに須磨さん。今日はアキラちゃんを海に連れて行ってくれるそうで。一昨日からずっと楽しみにしているんですのよ」
母親が会釈をして早朝の訪問を詫びると、若奥さんは子供が喜んでいることを手を広げて大袈裟に伝え、気にしていないことを遠回しに伝えた。
「初めまして。須磨楽人です。その節ではアルクスに大変お世話になりました」
楽人は母親の挨拶が終わったのを見計らって、横に並んで頭を下げた。
「あらまあ」
若奥さんは目をパチクリと瞬かせて、楽人の顔を繁々と見た。
「もっと厳つい顔を想像していたのだけど、思ったより普通なのね」
楽人は多少鍛えているとは言え、普通の男子高校生だ。
半袖がはち切れるような上腕二頭筋をしている訳でも無ければ、喧嘩慣れしたごつい顔をしている訳でも、殺人的な目つきをしている訳でも無い。
「あら嫌だ、私ったらお礼も忘れて。こちらこそありがとうね、アキラちゃんを助けてくれて。話はアルクスから聞いているわ」
ふと我に返った若奥さんは、一番大切なことを思い出してお礼を言った。
「どういたしまして」
お礼を言われた楽人も気負わず自然に返した。
「にいちゃ~んっ」
親たちが大人の挨拶をしている間に、玄関の奥、廊下の先からアキラとアル・ラクスが現れた。
二人ともいつもの格好で、アキラは半袖短パン、アル・ラクスは真夏だというのに涼し気な顔で着込んだスーツが、内側から筋肉ではち切れそうという印象を与えた。
アキラは廊下を走って来て玄関口で何とか立ち止まると、勢いが止まらずバランスを崩しそうになる。
「ガクト君、今日は宜しく頼むよ」
その直後、アル・ラクスがアキラの倍以上の歩幅で追い付き、アキラはその足に抱き着いて止まった。
「こちらこそ頼りにしてるよ、アルクス」
楽人はアル・ラクスの正統派ヒーローそのものと言った容貌を頼もしそうに見返した。
普段は近くにいるのが未就学児くらいなので分かり難いが、若奥さんの隣に並んで立つと、その圧倒的な肉体が際立った。
身長は若奥さんより頭二つ近く高く、肩幅も二回り以上違う。
最も横幅のある上腕二頭筋のあたりだと、二倍近くあるのではないかと錯覚するほどもあり、普通の女性どころか、大半の男性が背後にすっぽり隠れそうな勢い。
しかもこれが、見掛け倒しどころかドーピング顔負けの身体能力なのだから…、
(虫除けとしても、壁としても、これ以上の逸材は無いよな)
…楽人が結構失礼な感想を抱くのも当然だった。
「あの~…」
それまで楽人の背後に控えて、服の裾を掴んでいたサーニャが、恐る恐る彼に声を掛けた。
楽人も頃合いだと思い、後ろを振り返ると、サーニャの肩を抱いて横に並ぶように引き寄せる。
サーニャは楽人の横に並び、御影家の人たちの前に立つと、緊張して両手を祈るように合わせた。
それも無理も無い。
彼女は楽人や義父母以外とは、まともに話したことが無いのだ。
他人と話した経験は精々、外食での注文や助けられた時のお礼、家に掛かって来た電話くらいしか無く、アル・ラクスですら殆ど初見と変わらない。
「紹介が遅れて済みません。彼女が俺の【リアライザー】のサーニャです」
楽人が紹介すると、
「サ、サーニャですっ!」
緊張していた彼女は、名前だけ言って思い切り頭を下げた。
サーニャは恐る恐る頭を上げると、御影家の面々の顔も見れずに、サッと楽人の脇にしがみ付く。
その様子を見て誰もが戸惑う中、最初に口を開いたのはアル・ラクスだった。
「なるほどね。明るい所で改めて見ると、可憐な少女だ。ガクト君が入れ込むのも分かる」
下手をすれば軽薄にしか聞こえない言葉も、アル・ラクスの忌憚の無い爽やかな声に掛かれば、誰もが聞き惚れる爽やかな賛辞でしかない。
彼の言葉を聞いたサーニャの耳がピクリと動く。
これだと気付いた若奥さんが続く。
「ほんと素敵なガールフレンドね」
ピクピク
サーニャの耳が更に動く。
「サーニャちゃん、楽人のお嫁さんとしてしっかりしないと駄目じゃない」
母親が必殺技を繰り出した。
「あらまあ! 今の子は早いのね」
「うふふ」
大袈裟に驚いて調子を合わせる若奥さんに、母親が上品に笑って見せる。
それを聞いたサーニャはやっと気を取り直して、楽人にしがみ付く手を離して彼の手を握ると、御影家の人たちの方へ向き直る。
「…よろしくお願いします」
顔を蒸気させながら、それでも今度は普通にお辞儀をして、顔を上げて微笑んだ。
「おねえちゃんきれい…」
アキラが思わず呟き、
「ありがとう、アキラくん」
サーニャも照れながらだけど、やっと普通に話すことができた。
母親はそんな空気に水を差すのもどうかと思い、若奥さんに別の話を振った。
「そう言えば旦那さんはお仕事かしら?」
母親の知る御影家は夫婦円満な子煩悩だったので、見送りに来ないことに首を傾げた。
「やっと連休だって言って疲れて眠っているわ」
若奥さんは中空を見て、旦那の不甲斐なさに呆れる。
「あら、昨日もお仕事だったの? それはお休みのところお騒がせして、悪いことしたわね」
「いいえ、昨日から連休で…」
若奥さんが言い淀むのを見て察した母親は突っ込んだ。
「つまり昨日は激しかったり?」
ぽっ
若奥さんは両手を頬に当てて照れた。
「お盛んなことで」
「アルクスがアキラちゃんの相手をしてくれるから、最近再燃しちゃったのよ~」
嬉しそうに言い訳をする若奥さん。
世の中、幼い子供の世話をしている内に熱が冷める夫婦は少なくない。
子供を助けて夫婦の時間まで提供してくれるアル・ラクスは、御影夫妻にとって神様の贈り物のようなものだった。
「母さん、そろそろ…」
楽しそうに井戸端会議をしている母親たちに、楽人が口を挟んだ。
「あらいやだ、話し込んじゃったわね。御影さん、そろそろお暇させてちょうだいな」
「ええ。また遊びにいらしてね」
まだまだ話したいことは尽きないが、子供が海で遊ぶ時間を惜しんでまでする話では無い。
彼女たちは母親なのだ。
楽人たちは先に玄関を出て、アル・ラクスはアキラが自分で靴を履くのを見届けて一緒に外へ出た。
「おっきいくるまっ!」
アキラが八人乗りのアルファードを見て、目をキラキラ輝かせた。
アル・ラクスを含めても四人家族の御影家もまた、大きな自家用車には縁が無い。
彼らの手荷物は少なく、着替えなどが入った黒いスポーツバッグを一つ、先に後部のトランクに積み込んだ。
アキラは幼いので、ジュニアシートを設置したサードシート左の特等席。
アル・ラクスが意外と慣れた手付きで、アキラを座らせてシートベルトで固定する。
アキラの方も嫌がる素振りを見せない。
アル・ラクスはその隣の席に座った。
「アルクス、狭くないか?」
「これくらなら大丈夫だよ、ガクト君」
アル・ラクスは左右を見た後、腕を組んで答えた。
つまり、腕を組まないと、左のジュニアシートや右に座るだろう人物と、当たるかもしれないと言うことだった。
楽人はアル・ラクスの気遣いを察して、それ以上の追及を止めてサーニャと一緒に車に乗り込んだ。
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【アルファード内】
須磨真理 須磨舞人
(空席) 須磨楽人 サーニャ
アキラ ヒーロー (空席)
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「では出発するぞ」
父親は後部座席……特に幼いアキラの安全を確認して宣言した。
「しゅっぱ~つ!」
アキラが小さな拳を振り上げて真似をした。
車内に穏やかな笑いが広がり、アルファードは次の目的地へ向けて出発した。




