水着を求めて:店選び
「あれ? 前のお店じゃないんですか?」
楽人たちがやって来たのは、サーニャがエスカレーターを初体験したデパート。
エスカレーターで3階を通り過ぎると、サーニャは首を傾げた。
前回のアパレルショップは洋服も小物も靴も揃っていて、品揃えやセンスも良かったが、彼らの今日の目的地は、その上の階にある婦人服フロア、或いは更に上の階の紳士服フロア。
「今の時期ならこちらの方が良いのよ」
母親が説明する。
アパレルショップも婦人服フロアも、夏場に水着が増えるのは同じ。
しかし、夏休みも半ばを過ぎたこの時期、若者向けで品揃えの良さが売りのアパレルショップは、逆に人気処は粗方売り切れてしまっている。
追加で入荷もされるけれど、どうしても一段も二段も落ちざるを得ない。
種類の多さを求めるならネット通販もあるが、こちらも品揃えは虫食い状態だし、オマケに試着も出来ない。
それに対して、このフロアには婦人用の下着専門店もある。
より専門性が高く、有名メーカー各社から直接仕入れているので、現状の品揃え的にも、初めての水着を買うサーニャには合っていると言えた。
「肌の敏感な所にも当たる物だもの、最初は肌触りやフィット感で選んだ方が良いのよ」
「そういうものなんですねえ…」
母親の説明にサーニャが感動する。
――“ミレニアム戦記”はソシャゲやラノベの例に漏れず、基本ファンタジーなのに、雑に近代的な文化が混じっていて、和風洋風と言った傾向こそあっても、衣類に一貫した詳細な設定は無い。
その場のライブ感で積み上げられるシナリオと設定で矛盾が多発するのは、ソシャゲの華と言える。
矛盾を孕む曖昧な設定が【リアライザー】にどう再現されるか?
現実的な判断がされるので、一般的な衣類に関する知識や認識は、世界観の根本に影響される。
だから、なんちゃって中世ファンタジーな“ミレニアム戦記”出身のサーニャには、既製品の材質に拘るという感覚に馴染みが薄かった。
「それじゃあお父さん、また後で」
「ああ、母さん」
「行ってきます楽人」
「しっかり選べよ」
「はいっ♪」
楽人と父親はサーニャと母親を見送り、紳士服売り場の5階へと向かった。
* * *
男の買い物は早い。
楽人はどこかで見たような、有名メーカーの鉄板デザインのショートパンツを選んだ。
父親は無難に、地味な灰褐色のやや丈の長いハーフパンツを選んだ。
試着を含めて所要時間20分足らず。
水着に拘りが無いのならレンタルで良いのでは、と思われるかもしれないがそれは違う。
愛する伴侶が気合を入れて水着を選んでいるのだ、例え今年今回限りになるとしても、彼らにレンタルで済ますという選択肢は無かった。
「…っしょと」
買い物を終えた楽人と父親は、下りエスカレーター近くの壁に背中を預けた。
つい掛け声を口にしたのは父親だけ。
(自分も歳を取ると言うんだろうか?)
疑問に意味は無い。
単なる暇つぶしだ。
別にそこで待てと言われた訳では無い。
異性の下着売り場に入ってはいけないと言う、性差別な法律が存在する訳でも無い。
家族や恋人は駄目で同性愛者は良いと言い出したら、それはもう同性愛者か差別主義者の横暴でしかないのだから当然である。
だから彼らが下の階に下りずに待ったのは、買い忘れに気付く可能性を考慮しただけの至って合理的な理由。
「…楽人、あまり思い詰めるなよ」
父親が隣で同じように壁に寄りかかる息子へ、視線を向けずに呟いた。
「…分かってる」
楽人も前を向いたまま呟いた。
彼はまだ、拉致されている間、愛するサーニャの安否を気遣うしかできなかった無力感に囚われていた。
サーニャの写真を撮りたいと言う望みを拒否すれば避けられた。
好意に応えるサーニャの意思を無視して、出された飲み物を飲むのを止めれば、拉致されることは無かった。
…しかし、只の人間である彼に未来を知る術は無い。
あれは避けられなかった必然だったのだと、彼も理解している。
理解はしていても、忘れようとしても囚われるから“過去”なのだ。
「…失敗をしない人間は居ない。それを求める子供は卒業しろ。口にする口先だけの大人になるな」
楽人は珍しく語る父親に驚いて横を見たが、父親はそれを気にせず遠くを見つめていた。
その視線の先には男物の水着が売られていたが、その焦点はその遥か先、ここでは無く今でも無い、遠い過去を見つめていた。
「…ふんっ。難しいことを言う」
楽人は視線を前に戻して、自らの幼さを鼻で笑った。
「…大人だからな」
父親は素っ気なく答えた。
トゥルルルッ
間も無く、静寂を拒否するように楽人のスマホが鳴った。
楽人はスマホを見ると、苦笑して父親にスマホを向ける。
「お姫様たちがエスコートをご希望らしい」
そこには、《3階にいらっしゃい》とだけ表示されていた。
「思ったより早かったな」
父親が驚くのも無理は無い。
まだ別れてから、一時間も経っていないのだ。
「言ってみれば分かるよ、多分」
楽人は肩を竦めた。
「そうだな」
父親も頷くと、二人は壁から背中を離し、エスカレーターを下りた…。




