水着を求めて:ラーメン
駅前。
まだお盆には少し早いが、世間は夏休みの平日。
近場で夏休みを満喫する人々に混じって、トランクケースを引いた長期帰省目当ての人たちが散見される。
楽人たちが駅前に着いたのは、昼には早いが朝と言うには遅過ぎる時間。
買い物をしてからでは混みそうなので、彼らは先に昼食を取ることにした。
外食の代表と言えばファミレス、ファストフード、居酒屋。
ファミレスは最初のデートでサーニャも経験済み、昼間から居酒屋は論外ということで、消去法でファストフード。
皆大好きカレー、牛丼、うどん、そば、早くて旨くて栄養満点と言う非の打ち所の無い回転寿司も候補に挙がったが、最終的にラーメンに決まった。
暑い夏場のラーメンは他の季節とは別物なので、是非今年の内にサーニャに味わって貰おうというのが決め手だった。
「らっしゃーい!」
店に入ると、景気の良い掛け声で迎えられる。
まだ店内には余裕があったので、楽人たちは外から見えないテーブル席に座った。
奥にサーニャ、隣に楽人、向かいに母親と父親といういつもの配置。
「ご注文はお決まりで?」
エプロンの似合う、ザ・ラーメン屋と言った風情の若者が、注文を尋ねて来た。
「ニンニクマシマシヤサイマシアブラカラメブタダブル」
「ニンニクヤサイマシマシアブラカラメカタメ」
楽人と父親は、メニューも見ずに注文をした。
「なんですかそれ?!」
サーニャは、いきなり恋人と義父が独特のイントネーションで呪文を唱えたので、訳が分からず混乱した。
「あ、サーニャちゃん、それ無視していいから」
義母が説明を放棄して、彼女に気にしないことを勧めた。
「母さん、それは無いよ……折角の見せ場だったのに…」
楽人が恨めしそうな目で母親を見る。
「じゃあ楽人が説明なさい。あ、私は野菜多めでお願いね」
母親は息子にイージーパスを放って、自分の注文を済ませた。
「あっ、うん…。サーニャ。さっきのはこの手の店独自で使われる、注文用の略語なんだ」
――マシマシ。
ボリュームと味付け、店主の人柄で有名になった次郎ラーメン。
その系列店で広まった注文の仕方である。
特徴は極太の縮れ麵、豚骨醤油の濃厚スープ、麺が埋もれるほど山盛りの野菜、コクと風味を盛り上げる背脂、それとオプションの呪文。
楽人が注文したのは、大蒜かなり多め、野菜多め、背脂多め、チャーシュー二倍。
それに対して父親の注文は、健康を意識して野菜を更に多め、伸び切る前に食べ切る自信が無いので麺硬めにしていた。
「そうだったんですかぁ…」
「ああ。大蒜とか野菜とか大盛りにしてねってだけだから、サーニャは母さんみたいに普通に注文すればいいよ」
「…えぇっと、わたしもやってみたいです」
サーニャが少し躊躇った後、上目遣いで楽人を見た。
(よしっ!)
楽人は心の中でガッツポーズをして、
「それじゃあ…」
隣のサーニャから希望のオプションを聞いて、注文の呪文を教えた。
「野菜増し絡め増し柔らかめでお願いします~♪」
サーニャが嬉しそうに一息で呪文を唱えたが、まだまだ初心者。
発音が変な片言のイントネーションになっておらず、普通の注文っぽかった。
(ゲームの呪文みたいなもんだよなあ…)
楽人は中二病を拗らせて呪文の詠唱を真似してみた黒歴史を思い出した。
無論、最新の詠唱は“ミレニアム戦記”でのサーニャ専用の最強呪文、“デッドエンド・インフェルノ”である。
(ゲームの呪文の詠唱より、ラーメンの呪文の方がまともに聞こえるから不思議だ…)
楽人はシナリオで全く活かされない、サーニャの設定上最高峰の魔族という称号に、久しぶりに疑問を覚えるのだった…。
* * *
「美味しかったです~♪」
ラーメン屋を出ると、サーニャは片手でお腹を軽く擦りながら、もう片方の手を握った楽人を見てはにかんだ。
「お腹きつそうだな。大丈夫か?」
「平気ですよ。ほらっ♪」
サーニャは楽人の手を離して少し前に出ると、クルリと一回転して見せた。
涼し気なロングスカートがひらりと舞い、綺麗な足が垣間見える。
「…あっ!」
調子に乗ってバランスを崩しかけたサーニャを、楽人は手を掴んで引き寄せ、腰にもう片手を回して抱き止めた。
むにゅっ
サーニャの小玉メロンのように大きく形の良い胸が、楽人の胸に当たって潰れた。
僅かに遅れて触れた下腹部は、ボリュームのある次郎ラーメンを平らげたとは思えない程、いつもの美しいラインを保っている。
「サーニャ、太ったな」
楽人が何となく意地悪を言ってみる。
が~~~んっ
サーニャはショックのあまり、目を見開いて口をパクパクさせた。
「ふ、太ってませんっ!」
サーニャにしては珍しく大声を出して否定したが、その声は可愛らし過ぎて全く迫力が無い。
道行く人々が彼女の大声に振り返る。
「ヒューヒュー」
「けっ!」
「痴話喧嘩なら家でしろよ」
「エグっ…」
「キスは? ねえキスは?」
「…リア充爆発しろ」
「見せつけてんじゃねーよ」
「なんだ女か…」
しかし、楽人と抱き合っている姿を見ると、誰もが冷やかすか悪態を吐いて去って行った。
「ごめん、サーニャ…」
楽人はうっかり目立ってしまったことに気付いて、サーニャの――鍔広帽子を被っているので――後頭部を隠すように撫でて謝った。
「うぅ…」
サーニャが涙目の上目遣いで、楽人を見つめる。
楽人はそのまま顔を近付けて唇を重ねた。
彼女は目を白黒させたが、直ぐに目を閉じ、舌を伸ばして求め始めた。
帽子と手が邪魔で、その口元は野次馬からは見えない。
残っていた野次馬も、追加の野次馬も、呆れて、或いは飽きて、口笛を鳴らしたり悪態を吐いて去って行った。
「…んっ」
暫くして彼らを気にする野次馬が消えた頃、どちらからともなく唇を離した。
サーニャが蒸気した顔で満足そうに微笑む。
「行こっ」
二人は手を握り直すと、通行人の視線を一部遮るように立ちまわっていた両親と共に、再び目的地に向かって歩き始めた。




