水着を求めて:出発
翌朝。
須磨舞人は、これで忘れたら父親の威厳型無しだとばかりに、朝一で駅前のレンタルショップへ行ってレンタカーを受け取って来た。
トヨタの定番車種アルファードである。
――アルファード。
正面から見ると、横長の黒いサングラスに黒いマスクのような凛々しい顔。
横から見ても、すっきりした頬を思わせる流線形ボディ。
後方から見れば、両端がやや吊り上がった赤いライトは、まるでヒーローを彷彿とさせる。
ドライバーに快適な操作感と満足感を与える重厚なコクピットに、居心地を追及した内部デザイン。
安全性、安定感、そして何より車に求められる、力強さまでも高水準で成立させたパワートレイン。
「これで満足できなければ、そもそも求めている車種が違うだろ」とまで言われる傑作シリーズである。
「なんてドヤ顔してるんだよ、父さん…」
玄関の外で待っていた楽人がそんな感想を漏らすほど、父親は顔がニヤついていた。
「フーハハハハハ。これが! これこそが! アルファードだ!」
調子に乗り過ぎである。
「はいはい。さっさと乗って買い物に行くわよ」
既に出掛ける準備を終えていた母親は、外の声を聞いて玄関から出て来ると、夫の高笑いを華麗にスルーした。
「母さ~ん…」
父親は当然落ち込んだ。
「全く、男の人は幾つになっても子供なんだから…」
心の棚が多い女性ほど、使いがちな定番台詞。
彼女は今、三つ棚に上げたが、全部夫と共有して愛されている部分だからこそ許されている。
もしそうでなければ、只の子供のマウントに過ぎず、円満な夫婦仲など続いていない。
「そういうものなんですか?」
この手の一過性の言葉に疎いサーニャが首を傾げた。
「サーニャちゃん、これは慣用句みたいなものだから、適当に流して良いわよ」
「はい、お義母様♪」
本気で言っていなかったからこそ言える母親の言葉に、それが本音だと分かるからこそ、素直に返事をするサーニャ。
こちらの嫁姑関係も円満順風満帆だった。
「広いなぁ」
車内を見た楽人は、普段見慣れた父親の車より遥かに広いスペースに感動した。
「でもアルクスには狭いから、アキラ君の隣で固定かな?」
アル・ラクスの体格を考えると、2列目3列目の3シート並んだ席では幅が狭く感じられた。
未就学児のアキラはチャイルドシートが必要なので、レンタル時にセットして貰った後列左側で固定となり、必然、アル・ラクスは後列中央となる。
「助手席を譲った方が良いかしら?」
「無理そうなら頼むよ」
「そうね。その時は遠慮なく言ってちょうだい」
百聞は一見に如かず。
本人が居ない場所でこれ以上離しても無駄だと、母子の間で見解が一致して話は終わった。
「それじゃあ出発するぞ。準備は良いか?」
いつも通り助手席に母親が座り、今日はセカンドシートの左に楽人、真ん中を空けて、右にサーニャが座った。
父親が初めて運転する車なので、左右の重量比を少しでも少なくしたのだ。
「は~い♪」
サーニャが代表して答えた。
レンタルカーの試運転を兼ねて、須磨家御一行は、駅前へと繰り出して行くのだった…。




