お誘い:午前
トゥルルルッ、ガチャッ
『アル・ラクスだ。電話では初めてだね、ガクト君。今日はどのような要件かな?』
翌日。
朝食後の早過ぎない時間に、楽人はアル・ラクスのスマホに電話を掛けた。
電話番号は拉致事件で助けて貰った時に交換済みである。
「今、大丈夫か?」
楽人は相変わらず、アル・ラクスには敬語を使わない。
これは彼なりのヒーロー像の影響。
『構わないよ。アキラがライト君と遊ぶのは、いつも通り午後からだからね』
アキラの通う幼稚園は夏休み中だが、流石に一日中友達と外で遊ぶと言う訳では無く、何となく休み前と同じ時間帯だけが慣例になっていた。
「それは良かった。良かったら明後日、海に行かないか?」
『海?』
今まで一緒に出掛けるという機会が無かったので、アル・ラクスは訝しんだ。
「ああ。この前のお礼もしたくてさ。勿論、アキラ君も一緒に」
『ふぅむ、気にしなくて良いのに。私の方が先に助けられた身だよ。まだまだ恩を返し足りないくらいだ』
アル・ラクスは謙虚に、けれど心遣いを嬉しそうに答えた。
「それなら御相子と言うことで。両親も来るし友達も誘うから、遠慮しないでくれると助かる」
『ふふっ。そこまで言われたら断れないな。アキラや御両親に確認を取って折り返し連絡する』
「ああ、それじゃ」
『それではまた後で』
ガチャッ
「爽やか過ぎて脳がやられるかと思った。あれでそういうキャラじゃないんだよなあ…」
電話を切った後、楽人は独り言ちた。
世の中には偶に、他人に好かれようと努力しなくても、何故か好かれる人間が居る。
天然もののカリスマ性だ。
これはフィクションの世界でも珍しく無く、作者の意図とは別の方向で人気が出るキャラがそれに当たる。
ヒーローらしさに憧れるのは自然なことなので、彼がそうであることは必然と言っても過言ではない。
トゥルルルッ、トゥルルルッ…
楽人が待っている間に課題でもするかと教科書を広げて間も無く、電話が鳴った。
「はい、楽人で…」
『にいちゃん!』
楽人が電話だと思って取ったらテレビ電話で、耳元で聞き覚えのある子供特有の甲高い声が木霊した。
楽人は慌ててスマホを耳から離して画面を見ると、見覚えのある子供が映っている。
「アキラ君、こんにちは」
『こんにちわ!』
アル・ラクスの【共生者】である、未就学児の御影アキラだった。
『えとね、うみにさそってくれてありがと』
こんっ
テレビ電話だと言うのに、アキラは無邪気に頭を下げてスマホに額をぶつけた。
「どういたしまして」
『すん~~~~っごくたのしみ! うみでい~っぱいあそぼうね』
「うん、そうだね。一緒に遊ぼうね」
『ん~っと、じゃあバイバイ!』
「バイバイ」
楽人は知能指数が下がる会話をしながら思った。
(ショタコンお姉ちゃんの気持ちが少し分かった気がする。…いや、俺はノーマルだ。子煩悩なだけだ)
『見ての通りだよ。アキラも喜んでいる。マダムもガクト君ならと直ぐ許可をしてくれたよ』
楽人の自分に言い訳をする思考を遮って、アキラから電話を代わったアル・ラクスが相談結果を伝えた。
「早かったですね」
『アキラもマダムも近くに居たからね』
アル・ラクスの声は明るい。
『当日はガクト君の家に行けば良いのかな?』
「父さんが車を出すって言ってた。出発は朝になると思うけど、決まったらまた連絡するよ」
『承知した、私も楽しみだよ』
一日の大半を幼い子供の相手をして過ごすアル・ラクスにとって、他人と外出するのはこれが二度目――一度目は高町刑事とのガクト救出――である。
如何に成熟した心身を兼ね備えた【リアライザー】とは言え、彼もまた心ある者。
初めての友人の誘いに、文字通り分厚い胸を膨らませていた。
「これはホストとして頑張らないといけないな」
スマホに映るアル・ラクスの顔は、いつもと変わらない爽やかさ溢れるものだったが、楽人は何となく本当に楽しみにしていると思って気合を入れた。
『ははは。アキラも私も、君と遊べるだけで十分だよ』
「そう言って貰えると気が楽だよ。…それじゃあ、明後日」
『ああ』
ガチャッ
楽人は電話を切ると、開いただけで手を付けていないノートの隅にメモを取った。
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○アルクスとアキラ君
父さんに確認、迎えの時間、順番、皆に連絡
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* * *
「――渡良瀬警部と音無先生は仕事中だろうから昼休みにするとして、次は範子だな」
楽人は事前に考えていたことを口に出して再確認した。
“眼鏡オタク”は眼鏡が無いと絶対に断られることと予想されるので、自動的に眼鏡の音無先生の後となる。
『明後日、空いてるか?』
楽人はスマホでコネクトを開いて、範子当てに一言書き込むと、スマホを机の横に置いて勉強を始め…
トゥルルルッ
「早っ!」
僅か10秒足らずで電話が鳴り、また勉強はお預けとなった。
「はい、楽人で…」
『須磨っち~~~~~っ!』
電話が繫がった瞬間、電話では初めて聞く、塾では聞き慣れた声の聞き慣れた単語が、彼の自室に響き渡った。
先のアキラの件から学習していた楽人は、スマホを耳から離した状態で電話を受けたのだが、それでも耳を抑える羽目になった。
『須磨っちから電話なんて初めてであげあげだよ☆ 失恋したばかりのあーしを誘うなんてやっぱ須磨っちはあーしのことが?! やばみ! マジエモすぎてきゅん死しそうっ☆』
「違う」
楽人は冷静に否定したが、範子のテンションは留まるところを知らない。
『あ~、あーし困っちゃう☆ でも須磨っちだったらあーしいつでもいーよ☆ 今直ぐでもいつまででも☆ あっ、そうだ。スマホ越しで今からする?』
「しない」
『あっ、焦らしプレイってやつ? おけ、じゃ須磨っちはそこで見てて☆ あーしだけするから…』
「【リアライザー】」
『…へ?』
楽人から全く予想もしなかった言葉を聞いて、範子の暴走が止まった。
「お前が前に言ってただろ、俺が白黒ツインテールの女の子と一緒に居るところを見たって」
『…おん』
「彼女の【共生者】だって審査が終了したから、お前には紹介して置こうと思ったんだよ」
『…えっと……おにちく?』
範子は楽人の言葉を理解しようと咀嚼した結果、変な言葉を口にした。
「は?」
『だって失恋した女に恋人紹介するって佐渡ヶ島じゃん!』
(おにちく……佐渡ヶ島……鬼畜とサディストって言いたかったのか? 本当によくうちの高校に受かったなこいつ)
楽人は誤読に気付いて、失礼だが至極真っ当な感想を抱いた。
実際、高校入試の当日点が高過ぎて学校側も一度不合格を通知したのだが、久谷一家組長が直接出向いて話を付けた結果、補欠合格という形で合格になった結果であり、範子本人も父親が出向いたことは知らない。
「どうせだから、親睦を深めるために、皆で海に行くつもりだったんだけど、範子は不参加ということで…」
『行くっ!』
海と聞いて範子は即座に手の平を返した。
女友達の家に泊まりに行っても、家に監視が残るような家庭環境である。
海に行くのは初めてでは無かったが、女友達と行った時も視界内に大勢の黒服が居て、ナンパして来た男たちは連れて行かれて二度と顔を見なかったし、女友達とも翌日から疎遠になったという悲しい逸話が幾つもあった。
しかし、楽人は彼女の両親から信頼されているので、初めて普通に海で遊べる機会。
楽人への好意を別にしても、人生を楽しむことが信条のギャルが、これを逃すはずは無かった。
「そっ、そうか。それは良かった(他の人と一緒に紹介した方が安心だからな)」
『貴巫女っちも誘っていい?』
(きみっち……ああ、親友の綾波貴巫女か)
楽人はクラスの女子全員の顔を思い浮かべる。
貴巫女は範子と親友のギャルであり、楽人との接点は無い。
当然、塾で会話をするようになる前の範子と同様に、楽人の中では顔と名前が一致しなかった。
けれど拒否する理由も無い。
「いいぞ(範子のストッパーになってくれるだろ)」
と、安易な気持ちで楽人は許可をした。
『ありゃーと♪ 今からうれしみで…』
ガチャッ
「あっ、おい!」
浮かれた範子は人の話を最後まで聞かず、一方的に電話を切ってしまった。
「…仕方ない。後で時間とか待ち合わせ場所をコネクトしとくか」
範子の家は極道だ。
ネットで調べれば住所くらいは普通に出て来るし、範子の両親は楽人に好意的だが、いきなり知らない車が近くに停まったら一大事間違い無しである。
迎えに行く車と時間の連絡は必須事項だった。




