リアライザー
ガチャッ
「ただいま……」
楽人が塾から帰宅して玄関のドアを開けると、
パタパタパタ……
「ガクトおかえりなさ~い♪」
サーニャが廊下の奥から駆けてきて出迎えた。
涼しそうなワンピースのロングスカートが翻り、スリッパを履いた嫋やかで染み一つ無い綺麗な足が垣間覗く。
「……可愛い」
「きゃ~っ♪」
楽人から思わず零れた本音に、サーニャが全身で喜びを表して、その笑顔に彼の頬が瞬く間に緩んだ。
(……ちょっと待て)
しかし、彼は直ぐに重大な問題に気付いて、真剣な表情になった。
(サーニャは今朝、俺の古着を着ていた。俺は男で女装癖も無い。つまり……)
「母さんか」
「はい♪」
サーニャが爽やかな笑顔で答え、それを見た楽人の頬がまた緩む。
(いや、そうだけどそうじゃない)
そしてまた表情を引き締める。
「羽と尻尾、母さんに見られたのか?」
「はい♪」
サーニャの爽やかな返事は、アクセントまで先程と全く同じ。
楽人はまた頬が緩むのを感じて、続きはサーニャと一緒に自分の部屋へ向かいながら確認した。
「母さんはサーニャを追い出そうとしなかったか?」
「はい。しませんでした」
サーニャは楽人と並んで歩きながら笑顔で答えた。
「サーニャを怒ったり、怖がったりしなかったか?」
「しませんでしたよ」
言葉遣いは丁寧でも口調は明るく、そこに重苦しい雰囲気は感じられない。
「何か聞かれたか? 羽や尻尾のこととか、正体とか?」
「うん、聞かれた。でも何も言いませんでした♪」
楽人の真剣な質問を受け、サーニャは誇らしげに答える。
「母さんはそれで納得した? 何て言ってた?」
「え~と……あー、あー、こほんっ」
サーニャが発生練習をした。
その意味を知っている楽人は、表情を引き締めた。
「『サーニャちゃんにも色々事情があるんでしょうから、今は言わなくても良いわ。でも、言いたくなったら何時でも言ってね。私が相談に乗ってあげるから』……だって」
今からでも若奥様が務まりそうな仕草に、楽人は思わず見惚れた。
声自体は似ていないが、口調や仕草は彼の母親にそっくりだった。
(……いや、それよりも母さんだ。理解があり過ぎる。羽や尻尾が生えているのは、家庭の事情とは問題の次元が違うだろ、普通……)
「その前に何か無かったか? 俺が登校してからのことを順番に教えてくれ」
「わかった。え~と……」
* * *
サーニャの話を要約すると、母親の態度の変化はニュース番組が原因だった。
ニュースの内容は、楽人がネットで調べた内容と似たようなものだったが、大きな違いが一つ。
それは彼女たちに、仮名が付けられたこと。
【フィクション・リアライザー】
虚構を実現した者。
オーディオ機器が圧縮音源を還元する機能、「リアライザー」から名付けられていた。
同様に、【リアライザー】が現れた現象も、【リアライズ】と呼称されていた。
どちらも同様の装置が作られたら被りそうなネーミングである。
『無暗に刺激したりせず、落ち着いて対処しましょう。困った時はこちらまで連絡を0570-XXX-XXXX』
自称専門家たちの意見は概ね、「警戒しろ」「手を出すな」「情報を寄越せ」だった。
無論、彼らは有名無名を問わず、ネット上で叩かれている。
ニュースを見た後は、洗濯などを片付けた母親がサーニャと話をして、着替えが無いことを知って自分のお古を引っ張り出し、無理矢理着替えさせようとして羽と尻尾が発覚し、多少驚いたけれど大人の余裕を見せ、サーニャと仲良く俺の話をするに至った……ということだった。
「ルイサイファー君って誰ですか?」
「……知らない。誰だそれ?」
楽人は聞き覚えの無い横文字の名前に首を傾げた。
「お義母様が、『私にもルイサイファー君が来てくれないかしら』……と言っていました」
「母さん……」
楽人は情けない気持ちになった。
彼も逆の立場なら同じことを思うので、強くは批難できなかった。
「――っしょと」
話している内に部屋に到着し、楽人も私服に着替え終わった。
「それじゃあ夕飯にしようか」
「はいっ♪」
楽人とサーニャは、夕飯を求めて部屋を後にした。
* * *
「母さん、昼間どうだった?」
「サーニャちゃんなら、いい子にしていたわよ」
ダイニングに着いて早々、楽人が尋ねると、母親は鍋を温めながら振り返らずに答えた。
二人が普通に話している中、サーニャだけが楽人の少し後ろでソワソワしていた。
(母さん相手に腹の探り合いをしても仕方ない……)
「サーニャに何かあったら家出るから」
「△▼=♀>□×※●?!」
楽人は緊張の余り、うっかり本音を口に出してしまった。
それを聞いて、サーニャが美少女に許される範囲の顔芸と、言葉に為らない声で喜んだ。
(……あっ、間違えた)
うっかりに気付いたものの、彼に訂正する気は無かった。
それに対して母親は……、
「あら? サーニャちゃんと結婚するまで逃がさないわよ」
……一枚上手だった。
怪我の功名だったが、楽人は一番の憂いが無くなって苦笑した。
サーニャの顔芸が、更に違う驚きと喜びを表現する。
「テレビで見たんだよね」
「ええ、見たわよ。【フィクション・リアライザー】だったかしら」
母親の顎に手を当てて小首を傾げる仕草はいつも通り。
「じゃあ、もう気付いてるよね」
「ええ、勿論よ。母さんだもの」
根拠の分からない誇らしげな返事もいつもと変わらない。
「誰かに言った?」
「いいえ、誰にも。お父さんが帰ったら一緒に報告しましょう?」
積極的で協力的な提案。
「母さん大好き! ……サーニャの次に」
楽人は無邪気な満面の笑みで、母親に告白した。
「あらあら、嬉しいわねえ。私もよ……お父さんの次に」
真理は優しい母親の顔で、息子への愛情を伝えた。
(やっぱり俺の母さんは最高だ! 流石、父さんの選んだ女性。母さんで無ければ俺も惚れてる)
彼も思春期真っ盛りの高校生。
クラスメイトの中には、趣味の近い親を警戒する者も居たが、彼は心配をしていなかった。
何せ、舞人と真理は、今でもラブラブで夜の営みもお盛んな上に、二人目を作らないのをイチャイチャするためだと公言して憚らないオシドリ夫婦。
彼らが浮気をするようなら、世の中の全ての男女が浮気をしていると言っても過言では無いほどだからだ。
《フィクションの世界からこんにちは》
間も無くサーニャが復旧し、彼女たちは流行に逸早く乗った新番組を見ながら夕食を食べた。
その番組は、昨日の今日で本物を出演させたり、適当な漫画家をゲストに呼んだりと意欲的な内容で、初めての三人での食卓に話題を提供するのだった……。
* * *
「流石は俺の息子だ」
仕事から帰って来た父親は、サーニャの事情を聞くとあっさり受け入れ、親が言ってみたい台詞トップテンの常連を誇らしげに口にした。
「母さんとの出会いを思い出すなあ……」
父親が母親を見ると、彼女も彼を見返して見つめ合った。
楽人は嫌な予感がして、恐る恐る父親に尋ねた。
「まさか、母さんも【リアライザー】だなんてことは……」
「何莫迦なことを言っているんだ。母さんは歴とした日本人だぞ」
「うふふ、当たり前じゃないですかぁ」
「そうだよなあ、あははは」
父親が見も蓋も無く呆れ、母親がいつものように微笑んだので、楽人も安心して笑った。
≪ううん。今回だけ♪≫
楽人は昨晩のサーニャの言葉を思い出した。
仮に須磨真理が【リアライザー】なら、彼が生まれる前にも大騒ぎになっているはずだが、そんな話はネットにもニュースにも無かった。
「お義父様とお義母様の馴れ初めって、どんな感じだったんですか?」
サーニャが目をキラキラと輝かせて、食い入るように父親へ質問した。
「あっ、それは……」
楽人はサーニャの恋バナ好きを思い出して、彼女を止めようとしたけれども遅かった。
「そうかそうか。サーニャちゃんも聞きたいか」
「はいっ♪」
父親は浮かれて目尻が下がり、サーニャは期待に胸を躍らせた。
「あれは今から20年ほど前……。聖杯と聖槍を巡って第四帝国の末裔と争っていた時のことだ……」
父親が遠い目をして、ナレーションのように語り始めた。
サーニャは目を輝かせて、食い入るように聞き入る。
(今回は“仮面舞踏伝”の第二章か)
彼の父親は時々、武勇伝と称して、昔のゲームの内容を語る癖があった。
他にも、四つのクリスタルを巡る“アルティメットファンタジー”とか、神竜と時には協力、時には対立する“ドラゴンサーガ”、現代に復活した世界中の神々による最終戦争“偽神転生”など、枚挙に暇が無い。
「―――」
気持ち良く語る父親と、楽しそうに聞き入るサーニャを余所に、楽人と母さんは御茶をのんびり啜るのだった……。
父さんの黒い過去(黒歴史更新中)




