対決⑤
ランク100の魔法使いにできないことは、ない。
ただ願うだけでどんなことでも現実に起こしてしまえる。
山を吹き飛ばすような嵐を呼ぶことも海を炎に変えることも。
思うがままに命を生み出し滅ぼすことも。
夜空に輝く星を全て砕いて、もっともっとたくさんの星で夜を光で包むことも。
だから、人一人の心を折るくらいは容易いことだ。星を塵に変えるより、夜を朝に変えるより、よっぽど簡単なことだ。
なのに。
「だああああぁ!」
十三本の剣が、私の手の周囲に展開し、ネットワークを形成して、縛り付けてくる。
『断罪の剣・完全開放』とか言う魔法だ。
公平クンはとうとう呪文詠唱をやめた。呪文を唱えることで魔法はより強固なイメージとなる。それを捨てて、一秒でも長く自分の攻撃を悟られないようにすることを公平クンは考えている。そうして一瞬の隙を突いて懐に入り、最大火力をぶつけてやろうと目論んでいる。
けれど、無駄だ。仮に一秒長く時間を稼げても、いやそれが十秒でも二十秒でも同じことだが、ランク100である今の私と公平クンとでは魔法使いとして天と地よりも遠い力の差があるのだ。そして巨大化した私にとってはもはや魔法を使う必要もなかった。ほんの僅かな力さえ入れる必要はない。少し腕を動かせば簡単に公平クンの魔法を振り払い、私の周りで飛び回っている彼を薙ぎ払う。
私の一挙手一投足が海を荒れさせ暴風を起こす。大きいとはそういうことだ。そしてそれに巻き込まれた公平クンを、この手の中に捕えることが出来る。
「『魔剣・雷』!」
肩のあたりがほんの少し痺れた。ヴィクトリーの娘……ミライチャンの攻撃だった。目的はダメージを与えることではない。彼女もまた、たった一秒の時間を作るために足掻いている。そしてそれはワールドも同じ。私の身体を地球の磁場と重力が襲い、ほんの少しだけ動きが鈍くなった。そうして作った時間で、公平クンは私の手から逃げる。
明確な意図を感じる。ミライチャンもワールドも公平クンを守る意思がある。打ち合わせなどしていないだろう。ワールドと人間とで話は成立しないが、『最強の刃・レベル5』の力だけがランク100に匹敵しうるということは分かっているのだ。
……一刻も早く公平クンを止めなくてはならない。三人が三人とも己の身を無視して無茶苦茶をやっている。
ワールドは強引に星の力を引き出しているためにバックファイアで傷だらけ。
ミライチャンはもう魔力の限界が近い。無理やりに力を絞り出して強引に魔法に変えている。こんな無茶続けていたら魔法を使う機能がおかしくなってしまう。
一番最悪なのは公平クンだ。『レベル5』以外にもう一つ。ずっと公平クンが握っている、ガラスのような剣。魔法とも少し違う力……ローズが言っていた『聖技』の力で時間をどうこうしているのだ。
魔法よりは私に見つかりにくいと思ってのことだろう。実際その効果はほんの少しだが、ある。その代償として、『レベル5』と『聖剣』の反動を同時に受けてしまい、その小さな身体は壊れかけていた。
このまま続ければまず公平クンが、死ぬ。そうなる前に止めなくてはならない。
どうしてそうまでして邪魔をするのか、分からなかった。
命を投げ出してまで止めなければいけないほど、私は間違っているというのか。
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戦える。
冷たい風を受けて、超巨大なサクラの周りを飛び回る。視界の隅で氷山の一部が溶けて海に落ちるのが見えた。
さっきまでとは状況が違う。環境に気を遣った戦いなんてできない。魔法を使うことで物理的に発生した戦いの熱による影響を、俺は無視するしかなかった。
サクラはランク100になったのかもしれないが、エックスほどではない。これがエックスだったら『聖剣』による時間操作は無視してくるだろうし『レベル5』でも太刀打ちできない。ワールドやミライの妨害もどこ吹く風で俺を仕留めていたはずだ。躊躇いのせいだけとは思えない。普段エックスに鍛えられているから分かる。同じランク100でもエックスとは決定的に何かが違う。
「この……!」
戦いづらそうにサクラは顔を歪めた。
サクラが俺を狙っているのは分かる。俺を仕留めればサクラを倒す術はなくなるからだ。
魔法を使わないようにしているのも分かる。ランク100となったことで想像以上に魔法の出力が上がったせいで、逆にサクラは魔法を使えなくなった。こちらに致命的なダメージを与えることを恐れている。
そしてそのためにワールドやミライに攻撃できずにいることも分かった。空を飛んでいるサクラから地上にいる二人に攻撃する手段はないし、恐らく南極大陸が沈む恐れがあるから着地もしない。
ランク100になってサクラは圧倒的に有利となった。だがそのために想定外の不利を抱え込んでいる。この不利を克服される前に、サクラを何としても止めるのだ。
「『聖剣起動!レベル3!』」
時間は5秒。その5秒を1000倍に引き伸ばす。
俺から見てサクラの動きが一気に遅くなった。彼女の周りを飛び回り、炎の魔法のタネを蒔いていく。
胸が苦しくなった。心臓が張り裂けそうなくらいに痛い。どこかの骨は折れているかもしれないし、何かしら血管が破裂していても不思議はない。『聖技』と『魔法』を同時に扱うことが、死を覚悟するほどの苦痛だとは思っていなかった。今までやってこなかったからな。回復魔法を同時に使っていなかったら、きっととっくに死んでいる。
痛みは脳に止めろとアラートを発生させる。諦めてしまえと言ってしまう俺がいる。
時間が切れると同時に、一気に炸裂させてやると、ただ頭の中で唱えることで、苦しみを無視して突っ切った。
もうすぐに時間が戻る。3……2……1……!
時間がまともに動くのと同時にサクラの身体を電撃と重力と磁場が縛り付ける。ワールドもミライも俺の動きを察知してくれた。
応えないわけにはいかない。
「『アルダラ・ジ・メダヒード』!」
ほぼ同時にサクラを襲う俺の最大火力の炎が43個。太陽みたいに激しく熱い業火。南極大陸を溶かしてでも、この一撃は当てる!
「行けえ!」
手を前に突き出す。同時に炎が発射される。上下左右360度全方位。完全に躱し切ることは不可能だ。
「……『デュオリア』!」
「なにっ!?」
初めてサクラが呪文を唱えるのを聞いた。俺の炎が一瞬にして凍りつく。
……氷の魔法?あの炎を凍結させるほどの魔法、だと。
「はあっ!」
サクラが氷を殴りつけた。氷塊が腹に飛んでくる。身体の中の空気が一気に外に漏れた。ここまでの戦いの負荷のせいでもあるのだろうが、とうとう飛行の魔法も『レベル5』も維持できず、俺は、落ちていく。
呪文を唱えて、よりコントロールを正確にしたんだ。だから俺にほとんど影響を与えることなく、俺の炎だけを凍らせたんだ。
落ちていく俺にサクラが手を伸ばす。……まずい。捕まったら終わり。
サクラが手を握った。俺の身体は彼女の手から僅かに逃れていた。落下速度が上がっていた。重力操作だ。ワールドが俺を助けた。落ちてくる俺をミライがキャッチする。回復魔法を自分にかけて、もう一度立ち上がる。
「……まだだ」
「何故」
サクラが俺に問いかけてくる。困惑した巨大な目が俺を見つめている。
「何故まだ諦めないんだ。こんな戦い、これ以上やる意味はないだろう。勝ち目は無い。私たちのやりたいことに何の問題もない。なのに」
「嫌だからだよ!」
「……え?」
戦う理由を俺もミライも、もう言葉にできる。これだけ必死こいて身体も心も傷つけてでも止めないとならない理由を俺たちは既に理解していた。
サクラの理屈は失くしたものを取り戻す側の理屈だ。取り戻される側のことが、サクラには見えていない。
「仮に俺がここで死んでよお!過去の俺が俺の代わりに生きていくことになってよお!ソイツはこうして戦っている俺じゃない!俺じゃないやつが俺の人生を生きていくなんて嫌だ!俺じゃないやつが、エックスと生きていくのなんて、俺は絶対嫌だ!」
「……な、く……!」
サクラが動揺していた。言葉が出ないようだった。やっぱりサクラはいいやつだ。俺たちの気持ちを、真正面から受け止めてしまっている。
「そう。そういう理由。面白い。面白いじゃないの!」
「っ!?」
突然声がした。サクラが顔を上げる。銃弾の雨が地上に降り注ぐ。その向こうには白い女が黒い銃を持ってたたずんでいた。サクラと同じくらいに巨大な姿。
いつ現れたのか。いつから俺たちのことを見ていて、話を聞いていたのかは分からない。けれど一つ、確かに分かることはある。
「そういうわけで、私は面白い方の味方をする。魔女ってそういうものだから、恨まないでよね?サクラ?」
「リイン……!」
彼女はこれ以上なく、頼りになる味方だ。




