対決⑥
どちらでもいい。
公平クンとサクラ。勝つ方がどちらであっても、いい。
二人の戦いに干渉する気はなかった。
私は虚数空間の性質を利用して、失ったモノを取り戻した側の魔女だ。同じことをしたいというサクラを止める理由はない。
私はサクラのことをほとんど何も知らない。彼女がどういう事情を抱えているのか、聞いてもいない。私と近い境遇であることくらいはなんとなく分かっていた。
ただサクラの味方をする気にもならなかった。それが少し不思議ではあった。
今では少しも不思議ではない。疑問に感じることは何もない。
「リイン。どういうつもりだ。キミが私の邪魔をするのか」
「ええ。邪魔するわ。邪魔しに来たんだもの」
サクラが私を睨みつける。レンズの向こう側の瞳は怒りに満ちていた。こんな顔も出来るのだなと少し驚いて、直後に当たり前のことであると思い直す。彼女が私に近い境遇であるならば、このタイミングで邪魔されるのは腹立たしいに決まっている。
それがこの私ならば、猶更なのだろう。
「理由がないだろう。キミと同じで、私は虚数空間の力を使おうとしているだけで……」
「そういう理屈じゃないんだよねえ」
「……なに?」
サクラに銃口を突きつける。もっと早く、その姿を見ていればこうはならなかったかもしれない。
「私はお前が気に入らないの」
サクラは何も言わなかった。ただ少しだけ、目を見開いたように見えた。
そうだ。それだけのことだ。
私はこの魔女のことが好きじゃない。
純粋な白い本性を黒い服で覆い隠して、物わかりのいいような振舞を見せるこの魔女が、気に入らないのだ。
「公平クンのことはまあまあ気に入っている。それだけ」
言い切ると同時に引き金を引いた。サクラは身体を横にして弾丸を躱す。ワンピースに弾丸が掠ったのか、大きく揺れたのが見える。
彼女の眼はずっと、私に向いたままだ。握り拳の力がだんだん強くなっていき、表情も一層険しくなる。
「……ふっざけんな!」
サクラが手を私に向ける。魔法の花びらの群れが、津波のように集まって、私に襲い掛かってくる。思いがけず、私は笑みを浮かべていた。その剥き出しのままの姿を、私は待ち望んでいたのかもしれない。
両手に『黒炎』。二丁拳銃を握り締め、花の大波に向けて、ぶっ放す!
「あはははは!」
魔法で作られたこの拳銃。装填された弾丸に限りはない。私が力尽きるまで幾らでも発砲できる。
『黒炎』の弾丸は復讐の黒い炎。どこまでも追跡し、執拗に追い詰める。一つの花びらに弾丸が当たれば、それは消えない火となって、次の花びらを燃やしていく。花の津波なんて焼き尽くしてしまえ!
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普通に戦っている。
リインもサクラも途方もないサイズに巨大化しているから規模は大きい。地上から見上げる二人の戦いは、まるで天変地異だ。
花びらたちが集まって空を覆い尽くす。黒い炎がそれを燃やしていく。花の色と青空がぶつかり合って、せめぎ合っている。
……これが世界規模の出来事に見えるのは、私が普通の魔女だからだ。リインやサクラと同じ、ランク100の魔女ならば、そんな風には思わない。
サクラが戦い方を変えた。燃えた花びらを爆発させることで、リインの黒い炎まで消してしまう。他の花びらに燃え移ることはない。リインを花びらで取り囲んでいく。
リインが新たな魔法を使った。白い雷が、花びらを伝って広がっていく。花びらは力を失ったようにはらはらと地上に落ちながら消えていった。
やはり普通に魔法のぶつけ合いをしているように思えた。スケールを無視すればそういうことでしかない。
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「……ち」
リインの表情に僅かに焦りの色が見えた。
頭に血がのぼっていたよ。正面から彼女と戦う必要なんてなかったんだ。私のやるべきことはずっと同じだ。
「時間稼ぎ……」
もう一度、戦い方を変えた。
攻撃としてリインに向けていた花びらの津波は、私を守る嵐の壁に変えた。弾丸が花びらに当たった瞬間に炸裂する。彼女の攻撃はここまで届かない。その上で、距離を取る。彼女の呟いた通り、目的は時間稼ぎだ。
ローズが戻って来るのを、待つ。ローズが生きた吾我レイジを連れて戻って来るまで待てばいい。それでこの世界は、真の意味で『失くしたものを取り戻せる世界』になる。誰も救済される世界になる。
公平クンたちの狙いはどうにかしてローズを追って、彼女に吾我レイジのことを諦めさせ、戻ってきた後に虚数化した過去を元に戻すことだ。ならば既成事実を作って、公平クンたちの方を諦めさせればいい。そうすればリインも私と戦う理由はなくなる。
一瞬、私はリインから目を離して、下に視線を向けた。公平クンたちが私たちの戦いを見上げている。手段もないのに殆どやけっぱちでよくやったものだ。けれど、ここまで。元々私たちの、ブルームの勝ちは、揺るがないのだ。
「……おーい。サクラ?こっちにおいでって!」
「お断りだ。私にキミを倒す理由はないが、キミにはあるんだろう。ならこの嵐を超えてこい」
「……くそっ」
話にならないと思ったのか、リインは二丁拳銃をやたらめったらに乱射する。白い雷が一気に花びらの壁を削るが、それでも私にまでは届かない。舌打ちしながら周囲を飛び回り、無駄打ちを続ける。隙のある箇所なんてものはない。守りに徹すると決めた私の守りは、崩せない。
「くっそ!」
「諦めろリイン。キミと同じことをするだけだよ」
「……」
「失くしたものを、取り戻すだけ……」
「私は、何も取り戻しちゃいない!」
「……え」
「だあああ!」
リインが一気に加速した。彼女の言葉に気を取られた一瞬の、心理的な隙を突かれた。これがあったから距離を取っていたのに。
「あの世界には人間の私がいる!私の時間は何も戻ってないんだよ!救われなかったわけじゃないけど、私は何も取り戻せていない!それが分かっていないのも、気に入らないんだよねえ!」
両手でガードをしながら花びらの嵐に突撃してくる。花びらが触れた瞬間に彼女の身体のいたるところで爆発が起こった。ただの魔女なら一つ一つが致命傷。けれど今の私と同じスケールに巨大化した、ランク100の魔女なら、ダメージを覚悟すれば強引に突破できる……!?
「おおおおお!」
「こ、いつ」
「おおおりゃああ!」
呼吸を忘れてしまった。リインが防御の中に飛び込んできた。血だらけの両腕を真っすぐに私に向けると、ニッと笑みを浮かべる。
「お返し、よ」
「──く」
「『黒炎』!」
避けるよりもまだ無事であった花びらでガードするよりも早くリインの指が引き金を引いた。一つ。二つ。弾丸は私の右の太腿に命中し、左のわき腹を掠めた。その反動に弾かれて、私は大きくのけぞってしまう。
「こ、の……!」
だが残りの弾丸は花びらで受けたぞ。決してダメージは大きくない。銃弾を二つ喰らったくらいで戦闘不能になるような魔女はいない。
「……ちぇ。やっぱエックス専門ね。その程度の痛みで済むかあ」
「……ふ、ふふ。なかなか驚いたが、残念」
「なに?」
「そろそろ時間だ。もうすぐローズが戻って来る」
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どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。
どこかでなにかを間違えたのかな。少なくとも今やっていることは、はちゃめちゃに間違えている気がする。指先のちくちくした痛みを自覚するたびにその感覚は強くなっていった
「この……!離せ!おいっ!」
右手に握り込んだ吾我レイジが幾度となく、私の人差し指を斧で叩いてくる。切れたりすることはないのだけれど、代わりに胸の奥を斬りつけられているみたいだった。
「貴様……何が目的だ!」
「えーっと。えーっとぉ……」
計画ではレイジが死ぬ少し前の時間に飛んで、彼を助けるはずだった。けれど実際に着いたのは、まだ彼が私に会うよりも前のタイミング。
何かがズレている。
けれど目の前に生きているレイジがいるのも事実。
これから先これ以上のチャンスが来るとも限らない。今度こそエックスに妨害されるかもしれない。
だったら、私は今ここにいる吾我レイジを説得して連れて帰るしかない。
彼が生きてさえいれば、私はそれでいいのだから。




