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対決④

 サクラには勝手に人の家の戸棚を開ける悪癖がある。

 勝手にしまっておいたお菓子やら茶葉やらを使ってしまうのだ。

 行儀が悪いからやめた方がいいと窘めたことが一度だけあった。その時に、彼女なりの意図を教えてくれた。

 退屈している子や寂しがりやの子が魔女には多い。特にヒトと友好的な関係を築こうとしている魔女は、その異端性とサイズの差のせいで、魔女とも人間とも真の意味で交われない。彼女らは誰かとつながることに飢えている。

 そういう魔女の懐に入ろうと思ったら、少し大袈裟なくらいに距離を詰める方がいい。多少強引にでも心のドアを開けて、嫌われることからのスタートでもいいからゼロではない関係性を築く。こちらが常に心を開いて好意を持って接すれば、そのうちに相手から心を開いてくれる。図々しいくらいが、ちょうどいい。

 サクラの言っていたことには理解できる部分はあったし、納得のいかないところもあった。少なくとも私がマネできることではないと思った。

 その日もサクラは私の家のお菓子を勝手にお皿に取り分けていたし、勝手に紅茶を淹れていた。

 勝負の日の前日でもサクラは変わらない。同居人だから今更とやかくは言わないけれど、実は相手と仲良くなるのが目的なのではなくて、単に癖になっているだけなんじゃないかな。

 てきぱきとした手際で私のティーセットと魔法でお茶の準備をするサクラをぼんやり見つめていると、不意に彼女が口を開いた。


「リインはどうしてランク100に到達できたと思う」


 突然のことでサクラの発言を一瞬咀嚼できなかった。何を問いかけられたのかを呑み込めた後も私は押し黙るしかなかった。答えようがない。私はリインという魔女に会ったことはない。エックスやサクラの話から、その人となりを想像することしかできない。わかるのは、多分いいひとだ、ということくらいだよ。

 私が困っているのを察したサクラは、苦笑しながらごめんごめんと謝って、ティーカップを差し出す。


「リインが言うには、普通に鍛えていたらランク100に至ったらしい。でも、それならもっと大勢のランク100がいたっていいと思うんだ」


 そうかもねと答えて、サクラの淹れた紅茶に口をつける。正直なところあまりサクラの話は入ってこない。明日、公平クンやワールドと戦うことになるかもしれないと思うとすごく気が重いのだ。


「なんだか身の入っていない返事だな。大事なことなんだよ」


 大事なこと、と言われてもピンとこなかった。すでにパズルのピースは揃っていて、最後に残った幾つかのピースを嵌めるだけの状態である。それ以外に大事な事柄が私には分からない。

 リインは恐らく私たちの邪魔をしないだろうとサクラは考えている。サクラがそう判断したのなら、それを前提にして私たちは行動するだけだ。

 ブルームの計画は綱渡りでサクラの直感や予測が要になっていた。元より不可能を叶えること。計画に無理が生じるのは覚悟の上。今回の場合はリインが邪魔をしにくれば終わりで、来なければそれでよしというだけのことだ。リインの強さを計算に入れる必要はない。

 私もブルームのみんなも当然そのように考えている。だから私はそのままサクラにそう言った。サクラは困った顔をして、「根拠のない妄想をそこまで信じてもらうと気恥ずかしいね」と言った。


「それなら、もう一つ、妄想を重ねてもいいかい」


 クッキーを齧りながらどんな?と尋ねる。サクラは一つおいてから、答えた。


「ランク100に、なろうと思っている」


 さっきと同じで、サクラの言っていることが一瞬理解できない私が、いた。


--------------〇--------------


 最強となったローズを囮に使う。ローズが公平クンやワールドの相手をしている間に、ランク100に到達する。それが私とローズの最後のプランだ。

 問題はランク100に到達する手段だ。解決のヒントはリインだ。

 リインは虚数空間上でランク100になり、それと同時に現実の世界に現れた。一方で現実の世界にはエックス以外にランク100は現れていない。

 ……そしてリインの他にもう一つ。私は虚数空間と現実の世界を行き来するランク100を知っている。

 海賊。

 サンプル数は少ない。だからあくまでもこれは妄想だ。それでもブルームのみんなは私の妄想を信じた。だから私も信じることにした。それで失敗をしても構わない。私がいなくてもローズがいれば、ブルームの悲願は叶う。

 現実の世界では無限のキャンバスを扱えない。エックスは特例だ。私が無限のキャンバスを手に入れることができるとしたら、それは現実の世界ではありえない。虚数空間上で、リインがやったように魔法を鍛え上げる。それが、私がランク100に到達する手段だ。

 妄想だ。根拠はない。ランク100になれなければ、虚数空間から帰ってこられなくなる。死んだも同然だ。こんなリスクを冒す理由はなかった。ローズは膨大な魔力を貯めており、前回より精度の高い過去の虚数化ができる。前回のような数十年単位のズレが発生しない可能性は高い。

 それでも私がランク100になる賭けを選んだ。何か引っかかったのだ。まだ言語化できない何かを見落としている気がしたのだ。

 ランク100になる魔女を私自身にしたのは単なる消去法に過ぎない。

 ブルームの計画は膨大な魔力と塔を建てるブルームの魔女とローズがいれば成立する。私の役割は既に終わっている。ここで失敗しても次の機会があるのだ。

 エックスに警戒されずにランク100に到達できるタイミングは今しかない。

 そして。


「はははははは!」


 高笑いしているのは高揚感と全能感に頭がどうにかなったからではない、と自分では思っている。圧倒的すぎる力を誇示し、公平クンやワールドに諦めてもらいたかっただけだと思っている。

 それでも溺れてしまいそうになる。魔女になった時も初めて魔法を使えるようになった時も、ここまでの全能感はなかった。  

 これが、ランク100。

 今ならば何でもできる。気がするという話ではない。本当になんだってやれる。

 だからやった。現実世界に戻ってくると同時に巨大化して見せた。魔女のサイズから更に1000倍。氷の大陸が一望できる。さっきまであそこで戦っていたのだと思うと信じられない。


「見ての通りだ。勝負はついたよ」


 返事はない。

 サイズに差がありすぎて、声が聞こえていないだけかもしれない。

 或いは、声なきままに不意打ちを狙っているか。

 背後に、いる。うなじの辺り。気配を殺していても今なら分かる。


「……驚いた。まだ戦う気があったんだね。公平クン」

「!」


 振り返る必要はなかった。小さな爆発音が耳に入ってくる。魔法を使うのに予備動作の類は必要ない。思うだけ……願うだけでいい。不意打ちを仕掛けてきた相手の不意を突いた反撃だって、簡単だ。

 それでも公平クンは諦めていないらしい。流石にランク100の魔女と同居しているだけのことはあって、他の二人に比べて耐性がある。落ちながら矢の魔法を放ち、私の背に向けて幾度となく放っている。

 矢を受けていることは分かるが、痛みはない。魔法やランク100の力ではなく、単純に圧倒的なサイズの違いで、もはや戦いにはならない。


「公平クン、これ以上は力を無駄にするだけだよ。もう虚数化は完了、する」


 そう願った一瞬で、世界の在り方は変わった。公平クンの攻撃が、その瞬間だけ止まった。彼も『何か』が変わったことに気付いたのだろう。

 確かに変わった。変わったことは間違いない。

けど。

けど、どうして……?

また、ズレた……?

 ……。……いや。少なくともローズの願いはこれで叶う。


「ローズ!3年前の過去を虚数化した!それより前に遡って、願いを叶えろ!」


 ローズの前に過去の通じる道である孔を開く。公平クンの攻撃が止まった。かと思えばローズのすぐ近くに移動している。私ではなくローズの方を止めるつもりだ。

 けれど、相手が悪い。ただ思うだけでそれが現実になるなら、私はキミを私の目の前にいる、と思うだけでいいのだ。


「……なに!?」


 小さな声がした。私には点のようにしか見えない。

 そんな相手にこういうことをするのは気が引けるが……。


「悪いが邪魔はしないでもらうよ。寝ていなさい」

「!?」


 平手で叩き落とす。どんなに手加減をしていても10kmのビンタ。咄嗟に回避は出来ない。私が死なないように意識をしないと殺してしまうことの方が気を遣った。

 公平クンが落ちていく。既にローズは過去に行った。孔も塞いだ。


「ローズの仕事が終わった頃にもう一度孔をあける。そして彼女は大切なものを取り戻して帰って来る。……これでもう終わりだ。止めようと思うなら私を倒して、孔を開けるのを防ぐしかない」


 不可能だ。諦めていい。できないことは仕方のないことだ。

 これ以上はもう、立ち向かってこないでほしい、のに。


「まだまだ……!」


 公平クンは立ち上がる。公平クンだけでは、無い。氷上にいる、公平クンよりも大きく見える二人の魔力も大きくなっていた。


「まだ分からない!ローズが、何も変えずに戻って来るかもしれない!そうしたら、過去の状態を元に戻す!」


 どうして、まだ立ち上がれるのか。

 どうして。

 どうして。


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