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対決③

 虚数空間から戻ってこられる保証はない。現実世界より遥かに広大な虚数の世界で迷子になれば、見つけることは殆ど不可能に近い。

 そう言うとサクラは「そうだね」と言ってから、「でも」と更に続けた。


「私は、もういなくてもいいと思うんだよ」


 南極に来る前。私の家でこの後のことを話し合っている時のことである。

 なんでそんなことを言うのだと私は反論した。ここまで計画を立てたのはサクラだ。ブルームの仲間を引っ張っているのもサクラだ。サクラというリーダー抜きで計画を完遂できるわけがないと。

 私はそういうリーダーとして役割は苦手だ。いつだって他の魔女の後ろにいた気がする。サクラがいなければ仲間を集めることもできなかったし、他の魔女の力を借りて巨大なキャンバスを構成するという作戦も思いつかなった。思いついても実行には移せなかったはずだ。

 サクラはサクラ自身のことを過小評価している。そう言うと彼女はクスクス笑った。


「私は先導しているんじゃなくて扇動しているだけだよ。初めから今に至るまで根拠のない妄想を信じて突っ走っている。リーダーの資質はない。どちらかというとたまたま上手くいっただけの詐欺師だ」


 そんなことは──と私が言う前に、サクラは続けるのだ。


「でもローズとブルームのみんなはここまで立派に成すべきことを成してきた。だからこの後、私が戻ってこられなくても、別にいいんだ。みんながいればきっと上手くいくだろう」


 その後何を言ったのか、あまり覚えていない。頭の中がいっぱいになって、とりとめのないわけの分からないことをまくし立てていたような気がする。その間、サクラはただ微笑んでいて、私はなんだかひどくつらくなった。


「勿論戻ってくるつもりだよ。戻ってきたら万々歳。その瞬間に大勝利だよ。でもそれも私の考えが正しかったらって話だ」


 間違っているわけがない。

 サクラはここまで正しかった。

 正しく私もブルームのみんなも導いてきた。それは運がよかっただけなのかもしれない。ずっと綱渡りでなにか一つ間違っていたら容易く崩壊してしまう危うい計画だったのかもしれない。

 けれどそうはならなかったのだ。だったら、きっと最後までサクラは正しい答えを出せているはずだ。


「そうかな。そうだといいな」


 きっとそうだと私は言うし、そうだと信じている。

 だから私は、躊躇ってはいけないのだ。


--------------〇--------------


 妙に甘い香りがした。

 ローズが両手を挙げている。彼女の背後にはその体躯より巨大な大樹が聳えていた。

大樹は、この氷の大地に芽吹いていた草原全てが溶け合うように一つになって、姿を変えたものだ。そのてっぺんに一つだけあった蕾が、音を立てながら勢いよく開花する。花は、俺を見下ろすように下を向いていた。

 光が花弁に集まっていく。魔力を。魔法を。命を。花はその存在全てを俺に照射しようとしている。南極大陸に広がる氷を一瞬で溶かしてしまうほどの熱量。星を大きく破壊しかねないその一撃が俺を焼こうとしている。

 眩しい。花に集まる光はまるで俺の目を焼くようだ。殆ど前が見えない。辛うじてローズの影だけは見える。大きな動きはない。この『終の光』という魔法は相当な集中力を使うのだろう。


「『最強の刃』」


 目の前の大樹と光に比べて頼りない銀の刃を構える。南極にいる限り逃げ場はない。どこにいてもあの光は俺を焼き払う。ローズの言葉に従って、この場から撤退すること以外に回避の手段はない。

 他に受けの選択肢があるとすれば、『最強の刃』くらいしか思いつかなかった。だがレベル1でどこまでやれるか分からない。直撃を避けられても、余波の熱で俺の肉体は蒸発するのではないか。

 ……考えるだけ、無駄か。結果論だがローズの草原は消えて、戦いやすくなった。

 目を閉じる。どの道、光のせいで目は使えない。

 魔力と魔法の感知に集中する。それだけでローズの位置も大樹の場所も分かる。

 足を思いきり前に出す。一瞬氷に足をとられて転びそうになった。ローズの草原に守られていた部分もあったのだなと思い知る。風の魔法を纏いながら、大地を蹴る。


「『バララ・ギ・メダヒード』!」


 同時に連続的に起こる爆炎で一気に上昇速度を上げていく。俺のいる高さを、ローズの想定から少しだけ超える。


「勝負だローズ!」

「──うぅ……!『終の』……!」


 花はいつまでも俺に照準を合わせているのだろう。

 俺は花に十分近づいたのだろう。

 このまま『終の光』が発射されたならば、想像通り俺は蒸発するのだろう。

 だからこそ、ローズは躊躇ったのだろう。

 ごめんな、と俺は心の中で謝った。この時を、俺もミライも待っていたんだ。


「『幻剣』!」

「はっ!?」


 氷の中から飛び出してきた声に、ローズは咄嗟に振り返る。同時に大樹ごと、ローズの身体をミライの刀が斬り伏せる。


「『五十八』」

「な、に……」

「ご安心を。みねうちです」


 地面に潜水し、相手の不意を突く『幻剣:五十八式』。

 ローズの攻撃を受けたミライは魔女化を解いて地面に潜った。そうすることで彼女はローズの死角に入った。地面の中という物理的な死角と精神的な死角。浮上と同時にミライは再び魔女の大きさになり、大樹もローズも斬ったのである。

 果たして大樹は折れた。光は消え、音を立てて倒れていく。

 ずんと音が響く。ローズが膝をついた。彼女のダメージは決して大きくはない。まだ十分に戦える余力は残しているだろう。ローズにとって致命的だったのは、疑似キャンバスとのリンクが切れたことだ。今のローズから感じ取ることのできるキャンバスの大きさは、ランク99を超えるほどではない。

 不意打ちに集中力が途切れたのか。或いは放たれる前に消失した『終の光』に余力を使い尽くしていたのか。理由は定かではないが、とにかくローズの圧倒的な有利は崩れた。

 座り込んで項垂れるローズの首元に、ミライが刀を向けていた。再び疑似キャンバスを使おうとしても、使えるようになる前に斬り倒すという構えである。サクラがいない今、もう一度疑似キャンバスを使う余裕はない。


「なあ。ローズ。もう終わりに……」


 一歩歩み寄って声をかけようとした時、ローズの手が動いた。俺のすぐ目の前に握りこぶしが叩きつけられる。氷に罅が入って、その衝撃で俺は吹っ飛ばされる。


「なっ……」

「その刀は飾りなの?」


 いつの間にかローズの手には『裁きの剣』が握られている。振り返りながら呆けていたミライの刀を弾いた。

 ふわりとローズの髪が舞う。彼女は跳び上がるようにして俺とミライから距離を取った。そうして俺たちに刃を向ける。


「ローズ……まだ……」

「どうしてそこまで……」


 ローズは答えない。答える代わりに、こちらに向かって一歩進んできた。まずい。ワールドがそろそろ脱出する。その前に決めなくて、また邪魔されてしまう。

 手を前に出して『ギラマ・ジ・メダヒード』を放つ。ローズは『裁きの剣』で受け止めた。

 嫌な煙の匂いがした。ローズは炎に圧し負けて、そのまま後ろに倒れた。

 重い音が響く。白い氷の粒が舞う。氷が砕けて、ローズの身体が海に落ちる。


「うそつき」


 咄嗟に駆け寄ろうとする足が止まった。涙が混じったようなローズの声が、冷たい空気に乗って聞こえてくる。


「何……?」

「遅刻よ。遅刻。もっと早く戻って来るって言ったじゃないの」

「ローズ……?一体何を」


 次の瞬間、圧し潰されそうなプレッシャーが突然に襲ってきた。空から、何か来る。俺とミライは同時に顔を上げた。


「空に、罅が」


 青い空に亀裂が入っている。亀裂の向こう側に何かいる。亀裂を無理やりにこじ開けようとする指先が見える。

 見えていること自体が、俺たちにとっては問題だった。

 亀裂は随分高いところにある。さっきまでローズと戦っていたから分かるが、100mどころの高さではない。もっともっと、ずっと高い。そんなところにある指がはっきりと見えていた。おかしな話だ。魔女の指だと考えてもサイズが狂っている。


「あれ。大きすぎませんか」


 ミライが呆然と言った。


「は」


 そんな指に力がかかった。


「はは」


 指は一気に、亀裂をこじ開ける。


「ははははは!」


 向こう側から聞き慣れた笑い声と一緒に、来ようとしている。



「ははははは!待たせたなローズ!」

「遅いんだよ、サクラ……」


 空気が歪んでいるように錯覚した。視界の隅でワールドがぎょっとした顔で上を見上げている。

 普通の魔女の大きさじゃない。数キロメートルは遠くにいるはずなのに、すぐそこにいるかのようだ。

 ここまで来たら、どうなるんだ。


「これは……ランク、100?」

「どうして、どうやってそんなことが」


 俺たちの声は聞こえているのか分からない。だがこちらの反応は分かっているのだろう。勝利宣言するみたいに、彼女は高笑いしていた。

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